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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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8 二人の護衛騎士

 

 目を覚ました瞬間、リリナはまず天井を見つめ、そして固まった。


(……ここどこ?)


 いや、知っている。

 皇太子宮。ユーヴェハイドの部屋。


 原作の乙女ゲームで何度も見て、大量にスクショ保存して現像までしたユーヴェハイドの自室だ。

 そこまで思い出して、脳内で昨夜の出来事が一気に逆再生される。


 ユーヴェハイドに抱き上げられ。

 怒られて、追及されて。

 顔が近づいて、頬や額、首筋へキスの嵐が降り注ぎ


『なら、絶対落としてやる』


 あの低音ボイスが耳元で再生され、リリナは布団に顔を埋めた。


「うわああああ!!死にたい!!!」


 布団ごとバタバタと暴れたが、羞恥心は消えてくれない。


(なにあれ!?反則では!?顔が良くて声が良くて言動すべてが乙女ゲームの破壊兵器!!)


 落ちるとか落ちない以前に、命が持たない。

 そうして悶えていたその時、ノックが控えめに響く。


「リリナ様、起きておられますか?」


 落ち着いた優しい声。


「は、はい……!」


 返事をすると、扉が静かに開き、侍女が一人入ってきた。

 年はリリナと同じくらいか少し上。柔らかい茶色の髪をまとめ、優しい雰囲気の女性だ。


「失礼いたします。本日よりリリナ様にお仕えすることになりました、セレナと申します。お目覚めになられて良かったです。殿下は騎士団より至急招集があり、夜明け前に宮を出られました。戻りは夕刻になるかと」


「そ、そうなんですね……」


(よかった……というか私付きの侍女!?!?)


 気持ちが忙しい。

 侍女はそっと微笑む。


「……それと。殿下より伝言です」


(やめて、伝言はだめ。絶対爆弾)


 そう思う間もなく、


「『逃げるな。戻るまでそこにいろ』」


(ですよねええええええ!!!??)


 リリナはうつ伏せに突っ伏した。

 侍女は慣れたように微笑み、肩を揺らし笑いそうになるのを堪えている。


「あ……あの……殿下っていつもあんな感じなんですか……?」


 恐る恐る聞けば、侍女は小さく首を振る。


「いいえ。殿下があれほど感情を露わにされたのは……長らくお仕えしておりますが殆ど見たことがありません」


「…………ひぃ」


(え、つまり……私は歴史に名を刻んだってこと……?)


 現実逃避したい。

 侍女はそっと優しい声で言った。


「殿下は……ずっと人と距離を置かれていました。感情を見せることすら、ご自分を縛る鎖にしていた方です」


 リリナは目を瞬かせる。


「……そんな人が、リリナ様にだけあんな態度を取られる。殿下が何故そうなるのか……多分ご本人も困惑しておられます」


 思わず口が開く。


(……それ、なんか乙女ゲームの好感度MAX後の隠しルートで聞くやつじゃない?)


 侍女はふっと微笑み、言った。


「なので……怖がらず、逃げず。ゆっくり向き合って差し上げてください」


 リリナは膝の上で手をぎゅっと握る。


(推しとして好きだったのに。キャラとして見ていたのに。……でも今のユーヴェハイド様は、台詞でもCGでもなくて……)


 現実の熱と、触れた時の息遣いと、あの必死な目が蘇る。

 ──生身の、ひとりの人間だ。

 胸の奥がちくりと疼いた。


「……できるか分からないです。でも……頑張ってみます」


 リリナがそう言うと、

 侍女は満足したように微笑んだ。


「はい。まずは……朝食をお持ちしますね。気を失ったまま寝てしまわれたとお聞きしたので、お腹が空いておられるでしょう?」


 その瞬間リリナは思い出し、顔が真っ赤になる。


(ああああ……そうだ……私、気絶して……ユーヴェハイド様の腕の中で……)


 羞恥心で再び布団に沈む。

 侍女はくすっと笑った。


「殿下の腕の中で眠られた方なんて、きっと史上初ですよ」


「やめてええええ!!!」


 部屋にリリナの悲鳴が響いた。


 ✼ ✼ ✼


 朝食と支度を終えたあと、セレナは丁寧に髪を整えながら告げた。


「本日、殿下より命じられております。皇太子宮の案内をさせてほしいと」


「案内……?」


(え、まって。これつまり本格的に住む前提?逃げられない固定ルート??)


 リリナの心が崩れ落ちる間に、扉がノックされる。


「入りま〜す」

「失礼します」


 元気すぎる声と落ち着いた声、二つ。

 扉が開くと、背の高い騎士が二人現れた。


 一人は明るい銀の髪。笑顔が軽やかでスポーツ少年みたいな空気をまとっている。

 もう一人は黒髪で静か、涼しい目元をしているが柔らかい雰囲気。


 そんな二人のことをセレナが紹介する。


「こちら、殿下よりリリナ様にお付けするよう命じられた護衛、シルバーとエルドです」


 銀髪のシルバーが手を振る。


「俺がシルバー!よろしくな、リリナ様!」


「エルドです。危険がないよう最善を尽くします」


 二人の雰囲気は、ユーヴェハイドと真逆。

 圧がない。殺気がない。呼吸できる。優しい。


 リリナは涙が出そうになった。


「よ、よろしくお願いします……!」


 シルバーは胸を張りながら笑う。


「殿下からな、こう言われてるんだ。『リリナに変な虫がつかないように見張れ。逃げたら捕まえろ』って」


「………………」


 リリナは冷たく微笑んだ。


「考えてはいたけど、逃亡前提なのやめてほしい……」

「ごめんな。俺ら、殿下に逆らうと死ぬから」


 シルバーが真顔で謝り、エルドも静かに頷いた。


(ほんとに死ぬやつだ……)


 ✼ ✼ ✼


 セレナとシルバー、エルドの三人と共に皇太子宮を歩きながら、リリナはぽつりと口を開く。


「……あの、お部屋……ユーヴェハイド様と別にしてほしい、ってお願いしたいのですけど……」


 その言葉で、護衛二人が一瞬でリリナから目をそらした。

 シルバーが先に口を開き、


「……悪い。生きて家に帰りたい」


 エルドも淡々と続けた。


「殿下にそれを提案するという行為自体が、我々の命に関わります」


「…………ですよね」


(そうだよね。知ってた。言う前から答え分かってた)


 二人は歩きながら苦笑する。


「しかし……殿下がここまで人に執着するなんてな〜」


「信じられませんね。昔の殿下なら、例え他人を気に入っても離れたいと言われれば距離を置かれたはず」


 シルバーが振り返り、ニッと笑う。


「だから逆に安心した。リリナ様、本当に殿下に大事にされてるんだな」


 リリナは胸の奥がくすぐったくなった。


(……そう、なのかな)


 ✻ ✼ ✼


 案内が終わり、皇太子宮と王宮の間にある庭園へ出たときだった。


「──そこの女!!」


 甲高い声が響く。


 振り向けば、装飾過多のドレスを纏った令嬢が、ふんぞり返りながら近づいてくる。まるで歩く万華鏡だ。目が痛い。


 リリナを見る目は剣のよう。


「貴女みたいな女が皇太子宮にいるなど許されないわ!殿下は私の婚約者になるべきお方!身の程を知りなさい!」


 シルバーが眉をひそめる。


「お嬢さん、一応言っとくが──」


 エルドが淡々と続けた。


「リリナ様は侯爵家のご令嬢です。態度を改めてください」


 令嬢は一瞬黙り──しかしすぐ唇を歪めた。


「家柄なんて関係ないわ!殿下は私を選ぶの!私こそがふさわしい!」


(あ、これはあれだ。チュートリアル暴走令嬢。乙女ゲーあるある)


 リリナは自分が侮辱されたことには怒らない。そんなことを気にしていればオタクなんてやってられない。しかし、『ユーヴェハイド』のことなら別だ。

 令嬢が言った言葉の続きに、リリナの穏やかだった表情がゆっくりと変わる。


「殿下は権力も地位も名誉も持っている。だから私がふさわしいの。殿下が私を選ぶのは当然──」


「それは違いますよ」


 リリナが静かに令嬢の言葉を斬るようにして、言葉を挟んだ。

 令嬢は驚いたように瞬く。


「ユーヴェハイド様は、その権力のみを欲しがっている人をお側に置く方ではありません」


 リリナは真っ直ぐ、令嬢の目を見た。

 その声は震えていない。


「殿下が欲しいのは地位ではなく……“彼自身を見てくれる相手”です。貴女は、殿下の何を見て、何を好きだと仰っているのでしょう?」


 護衛二人が息を呑む。

 令嬢は怒りに震え、叫びながら手を振り上げた。


「黙れ!!誰がこんな──!」


 その腕が振り下ろされる寸前。

 シルバーが手首を掴み、エルドが一歩踏み出す。

 空気が変わる。

 優しさは消え、王宮騎士団員の威圧が女を支配した。


「殿下の許しなく、リリナ様に触れるな」と言うシルバーの声は底冷えするほど低い。

「これ以上無礼を働けば──皇太子の命により拘束します」エルドの声も先程までの優しさは無い。


 令嬢の顔は青ざめ、震える。やがて泣きそうな声で逃げていった。

 静寂。

 リリナがぽつりとつぶやく。


「……怖かった、けど」


 次の言葉に、二人の目が見開かれた。


「ユーヴェハイド様のことを、勝手に所有物みたいに言われたのが……嫌でした」


 シルバーはぽかんと口を開け、エルドは小さく笑った。


「……ああ。やっと分かりました」


「殿下が惚れた理由」


 リリナがきょとんとする中、シルバーが明るく叫んだ。


「リリナ様、最高だわ!」



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