7 逃げ場の無い独占
ユーヴェハイドはリリナを抱き上げたまま、無言で歩き続ける。
誰が見ても不機嫌そのものの様子に、従者たちはそそくさと道を開いた。
リリナも最初は抵抗しようとしたが、ユーヴェハイドに「俺はいつでもお前にキスできるからな」と言われてしまえば、抵抗などできず、推しからの過剰な供給に抜け殻のようになってしまった。
皇太子宮の自室に入るや否や、ユーヴェハイドは抱き上げたままベッドに腰を下ろし、彼女の肩に額を押し付ける。
「なんなんだ、お前は……」
唸るような声に、ぼうっとしていたリリナの意識が戻る。
「へ……?」
向けられた言葉の意味が分からず戸惑う声を漏らすと、ユーヴェハイドは不機嫌な表情のまま彼女を見下ろした。
「突然奇妙な告白をして、俺の気を引いておいて……こちらから近付けば逃げ惑い、挙句の果てに他の女と婚約しろ、だと?」
苛立ったように髪をぐしゃりと掻き上げるその姿さえ、リリナには特大の爆弾のようだった。
彼女は体を小さく震わせ、ベッドに押し付けられたまま視線をそらす。
(な、何言ってるの……?どうしてそんなに怒ってるの……?)
「俺はお前だけを見ているのに……お前は何を考えている?」
ユーヴェハイドの声は低く、重く、胸の奥に響いた。
リリナの心臓は早鐘のように打つ。
「そ、そんなつもり……じゃ……ないです……」
言葉が震え、体は熱く、手はベッドのシーツを握りしめる。
ユーヴェハイドは眉間に皺を寄せ、彼女の頬に指を這わせた。
「じゃあ、なぜ……俺を意識させるようなことを言った?」
「うぅ……!」
思わず小さな声が漏れる。リリナは顔を背けたいのに、ユーヴェハイドの手の温かさに逆らえない。
指先が頬に触れるたび、胸の奥が締め付けられ、体が小さく跳ねる。
「……答えろ」
その視線は冷たいのに、独占欲に満ち、逃げ場がない。
リリナは必死に口を開こうとするが、言葉は出ない。
「お前のあの告白は、偽りだったのか?
俺をここまで狂わせたのはお前だ。
今更手放そうとしても無駄だ。お前が何をどうしようと、俺はお前しか選ばない」
ユーヴェハイドの言葉は、隕石のようにリリナの心臓にぶつかる。
意識が飛びそうなほど心臓は高鳴り、彼に陥落しそうになる。
「ユーヴェハイド様には、私より……もっと素敵な方が……!」
思わず絞り出すリリナに、ユーヴェハイドの目が鋭く光る。
その瞳は怒りと独占欲で燃え、氷のように冷たいが、同時に熱を帯びて脈打っていた。
「……俺に告白して、ここまで狂わせておいて……。簡単に棄てられると思っているのか?」
低く震える声は重く、抱き上げた腕の力は緩むことなく、彼女を逃さないと全身で示していた。
「そ、その……でも、ユーヴェハイド様は……私の……推し……」
「推し、……?」
「私が元いた世界では……空想上のキャラクターや有名人に夢中になることを『推し』って言うんです……。
ユーヴェハイド様は、その推しなんです……!」
リリナの言葉に、ユーヴェハイドの表情は一瞬固まる。理解はできない。
しかし胸の奥で燃える感情は理屈を超えていた。
「……俺のどこが、お前をそんなに惹きつけるんだ?」
「え……えっと……顔も、声も、仕草も……全部、好きです!」
小さく震える声に、ユーヴェハイドは唇をきゅっと結び、呼吸を整える間も惜しむようにリリナに近づく。
額に、頬に、耳に──次々と唇を触れさせ、至近距離で低く呟いた。
「なら、絶対に落としてやる」
冷たくも、抑えきれない独占欲と執着で熱を帯びた声。
リリナの胸は締め付けられ、体は小さく震える。
もう逃げ場はなく、ユーヴェハイドの全てに支配される感覚に、意識が揺れた。
「わ、私……」
頭では「ユーヴェハイド様は好きだけど、付き合うとかそういうのは違う」と思っても、体は熱く、心臓は早鐘のように打ち続ける。
唇が耳元で息をかけられるたび、理性が少しずつ溶けていく。
「……言い訳は不要だ」
ユーヴェハイドはそう言うと、リリナの顎を指で軽く持ち上げ、真っ直ぐ目を合わせた。
その瞳は愛情と独占欲に狂い咲いた嵐そのもので、リリナは小さく息を飲むしかなかった。
「俺がどれほどお前を求めているか、これから嫌というほど分からせてやる」
低く響く言葉に、リリナの体は熱に包まれる。
ここで逃げても、抵抗しても、もうユーヴェハイドから離れられない──そう理解した瞬間だった。
ユーヴェハイドはリリナの震える睫毛を見つめたまま、ゆっくり手を伸ばして彼女の頬を包み込む。
指先は優しいのに、逃がす気など微塵もない支配力を帯びていた。
「顔が好きだと言ったな」
囁き声は低く甘く、耳に触れる直前の吐息だけで、リリナの背筋が跳ねる。
「こ、これは……違……」
否定しようとする声は震え、うまく言葉にならない。
ユーヴェハイドは意地悪く小さく笑う。
「声も、好きだと言った」
そして、リリナの耳元に唇を寄せ、
「……なら聞け。逃げずに、全部だ」
囁きながら、あえてゆっくり息を吹きかける。
ただそれだけで、リリナの肩がびくりと跳ねる。
「ひゃ……っ」
可愛らしい声が漏れた瞬間、ユーヴェハイドの表情に満足げな光が宿る。
「……可愛いな」
低く艶を帯びた声音は、砂糖水より濃い執着で溶けていた。
リリナは視線すら定まらず、心臓は壊れた時計のように暴れ続ける。
「や、やめ……心臓……しんど……」
震える声で訴えるが、ユーヴェハイドは逆に目を細めて嬉しそうに微笑む。
「限界だと言うなら余計に、逃がすわけにはいかない」
そう言うと、そっとリリナの髪を指に絡め、額に口づけを落とす。
甘く、しかし息が止まるほど強烈な一撃。
「好きだと言った顔で、」
頬にも軽く触れるキス。
「好きだと言った声で、」
耳に触れた唇が微かに震えるほど近く、
「お前を落とす」
囁き声が最後の引き金だった。
リリナの視界が白く滲む。
心臓は爆発寸前、頭は真っ白、理性はとうに蒸発。
「む、無理……ムリムリムリ……」
小さく掠れた声を残し、リリナはそのままユーヴェハイドの胸に倒れ込む。
ぐったりと意識を手放し、深く息を吐く。
――完全にキャパオーバー。
ユーヴェハイドはしばらく呆然と彼女を見下ろし、ゆっくり深く息を吐いた。
「……やはり、俺を狂わせるのはお前だけだ」
小さく笑い、リリナを抱きしめたままそっとベッドに仰向けに横たわらせる。
彼女の頭を腕の中に収め、眠るその表情を指先でなぞる。
「逃げても、拒んでもいい。……だが覚悟しろ」
静かで、それでも燃えるような声で告げる。
「俺はもう、お前に触れられない生き方などできない」
眠るリリナの耳には届かない言葉。
しかしその声には、支配と恋情が絡みついた、重く甘い未来が宿っていた。




