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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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4 皇太子からは逃れられない

 

 馬車は空気を切り裂くように走っていた。


 メルモンドからヴァレンディエルまでは、転移魔法を使えば一瞬だ。

 だがユーヴェハイドは、腕の中で眠るリリナを見つめながら、静かに思案していた。


(……直前になにか魔法を使ったのか、魔力酔いを起こしているな。今、転移魔法を使うのは避けた方が良いだろう)


 そしてもうひとつ、心の奥で考えが芽生える。


(それに……今は、離したくない)


 リリナは小さく呼吸をしている。先ほどまで涙をためていた目元にはまだ赤みが残り、肩には震えの余韻が残っていた。


(泣くほど怖い思いをしながら、俺のために怒ったのか。やはり、変な女だ)


 小さな手。頼りない体。

 だが――ユーヴェハイドを売るくらいなら死ぬ、と叫んだその声は、何より強かった。


 ユーヴェハイドはふっと微笑む。


(守りたい。……俺のものにしたい)


 冷徹無比と恐れられた氷の皇太子の瞳に、微かな温度が灯った。

 リリナという存在が、ユーヴェハイドの中に巣食う何かを和らげていく。


 馬車の揺れは柔らかく、静かな森を通る風の音だけが響いていた。


 リリナは疲れ果て、ユーヴェハイドの胸元に顔を埋めて眠り続けている。

 彼は片手で毛布を整え、もう片方でリリナの背にそっと触れ続けていた。


 冷たいはずの指先は、不思議と温かい。


 ✼ ✼ ✼


「……ん」


 ふと、リリナが身じろぎし、まぶたが震える。

 ユーヴェハイドは目線だけを動かし、静かに問いかけた。


「起きたか」


「……ん……ここは…………?」


 声は掠れていた。

 泣き疲れて眠ったばかりの子どものようだ。


 リリナは状況を思い出したのか、一瞬で顔を青ざめさせ、体を起こして首や体を撫で回すように確かめる。


「えっ……わ、私、まだ生きておりますか!? 勇者様は!? 国王陛下は!? 処刑は!? 首は!?」


 完全に起きた。

 ユーヴェハイドは無言でリリナの頭をひと撫でして制し、言葉を向ける。


「安心しろ。生きている。……少なくとも、俺がいる間はな」


「えっ!? その言い方、怖すぎませんか!? “いずれ死ぬ”ようなニュアンスが入っておりませんか!?」


「入れていない」


「絶対入っておりましたよね!? 今の“……間は”の余韻がすごかったです!!」


 リリナが必死で抗議する間、ユーヴェハイドの胸元の位置から、小さく笑う音が漏れる。


 リリナは一瞬固まった。


(……え、今……笑った?)


 氷の皇太子と呼ばれる男が、ふっと柔らかく。

 リリナがまじまじと見上げると、ユーヴェハイドは目線をそらし、そっけなく呟いた。


「うるさい。声を抑えろ。起きたばかりだろう、頭に響くぞ」


「い、今、絶対に笑っておられましたよ! お声も聞きました!!」


「気のせいだ」


「気のせいではありません! かわいい声で笑っておられました!!」


 ユーヴェハイドは冷静に返す。


「俺の声に“かわいい”という形容詞は不適切だ。訂正しろ」


「では……“尊い”で……」


「…………なんだそれは。まぁ良いだろう」


「えっ!? 受け入れてくださったのですか!?」


 一瞬にして馬車内の空気が不思議な方向へ転がった。

 リリナはふと外の景色を見る。


 まだ朝の光が柔らかい森道。

 鳥の声。澄んだ空気。


 ……少し、落ち着いてきた。


 だが同時に、胸の奥からじわりと恐怖が蘇る。

 あの広間で、死ぬとわかった瞬間。

 勇者の剣が振り下ろされる寸前――。

 ――あの冷たくて鋭い空気。


(……怖かった……)


 震えが再び指先に集まる。

 それに気づいたユーヴェハイドは、無言でリリナの手を包んだ。


「震えている」


「……少し、思い出してしまって……」


 声は微かにかすれた。

 リリナは平気を装ったが、強気な笑顔がすぐに崩れる。


「……でも、助けてくださってありがとうございます。本当に……皇太子殿下がいらっしゃらなかったら……」


 途切れた言葉の代わりに、涙が滲む。

 その瞬間、ユーヴェハイドはリリナをそっと抱き寄せた。

 今度は、守るように。壊れ物を抱くように。


「――遅れて悪かった」


 低く、静かで、どこか苦い声だった。

 リリナは驚いて顔を上げる。


「遅すぎるなんて……そんな……」


 だが言い終える前に、ユーヴェハイドは続けた。


「二度と、お前に手を出させない。例え国であろうと、勇者であろうと――神であろうと」


 リリナの心臓が跳ねる。

 その声は氷のように冷たいのに、なぜか胸の奥が熱くなる。


「……そんなことをおっしゃって……私など守っていただいても、何も得はございませんよ?」


 震え混じりの冗談めいた声に、ユーヴェハイドは短く言い切った。


「得している」


「え……?」


「お前が生きている。それだけで十分だ」


 その言葉は、リリナの心の奥深くにすとんと落ちた。

 彼女はうつむき、小さく笑った。


「……なんだかずるいです、それ」


「ずるいのはお前だ」


 ユーヴェハイドはゆっくり息を吐き、


「俺がここまで誰かを欲すると、思わなかった」


 そう呟いた。


 リリナは返事ができなかった。

 胸がいっぱいで、息が苦しいほどで――

 それが推しに対する感情なのか、そうでないのか、答えは出なかった。


 ✼ ✼ ✼


 馬車が街道に入り、遠くに高くそびえる城壁が見え始めた。


 城への入口に立っていた騎士たちがざわめく。


「ユーヴェハイド殿下がお戻りだ! メルモンドから戻られた!」

「急に一人でメルモンドに……、何をされていたのだ?」


 城門付近がざわつき、戦場より騒がしい空気が生まれる。

 馬車が止まると、ユーヴェハイドはリリナを抱えたまま降り立つ。


 騎士も侍女も、王宮の全員が息を呑んだ。


(あの氷の皇太子殿下が、女性を抱き抱えている!!?)


 視線の殺傷力に、リリナは縮こまる。


(わ、私……このままじゃ視線で射殺される!)


 怯えながらもリリナはユーヴェハイドに小声で囁く。


「も、もう降ろしてくださいません!? 目立ちすぎ……地味に歩くとか、物陰に隠れるとか……!」


「しない」


「……即答……!!」


「隠す必要があるか?」


「あります!!!」


 だが、彼の答えに取り合う気配はない。

 リリナがジタバタしようとすると、低く鋭い声が届く。


「暴れるな。落ちる」


(……ひぃ、どうしよう……また死亡フラグの大地雷に突っ込んでいる……)


 そうこうしていると、ユーヴェハイドの元に、彼が団長を務める王宮騎士団の副団長ルヴェインが駆け寄ってきた。


「ユーヴェハイド殿下……ご、ご無事でしたか! 何か問題は……」


「問題ない」


「も、問題……ない……?」


 ルヴェインの視線がリリナに注がれる。

 ユーヴェハイドは特に問題視していないが、この場にいる騎士や従者からすれば、皇太子が女性を抱えていること自体が大問題だ。


「……その……方は、いったい……?」


 副団長の問いかけに、ユーヴェハイドは迷わず答える。


「俺の婚約者だ」


「は、はい!?!?!?」


 思わずリリナの叫びと周囲の叫びが重なる。

 リリナは思考停止したようだ。


(何がどうなってるの!? 死亡フラグどころか、もう棺桶の中に入っちゃってる!! いつ死んでもおかしくない!)


 ユーヴェハイドの爆弾発言に、侍女は震え、騎士たちはざわつく。

 あの女嫌いで有名な氷の皇太子に、一体何があったのか。

 ユーヴェハイドはこれ以上リリナを他人の目に触れさせたくないという独占欲で、それ以上立ち止まることなく城内へと足を踏み出す。


 その中で、リリナは小声で抗議を続けた。


「ま、待ってください! 私、何も言ってないです! 何が起きたのか説明してください!?」


「説明は不要だろう、お前が俺のものになるということだ」


 ✼ ✼ ✼


 王の執務室。

 国王は書類に目を通しつつ、大臣たちと議論を交わしていた。

 扉が開き、ユーヴェハイドがリリナを抱えたまま入ってくると、室内の空気が一瞬で凍りついた。


「ユーヴェハイド、戻ったか」


 国王の視線が鋭く光る。


「はい、陛下」


 ユーヴェハイドは淡々と応じる。

 国王の目が皇太子の腕の中のリリナに向かった。


 その瞬間、国王の眉が跳ね上がる。

 突然、なんの連絡もなしにユーヴェハイドが一人で隣国メルモンドに向かったと思えば、直々に「婚約者にしたい令嬢を連れて帰る」との報告が届いたのだ。


 息子であるユーヴェハイドの女嫌いを知らぬはずもない。

 そんな息子が突然令嬢を抱いて連れ帰ったのだ。

 しかもわざわざ隣国に出向いた令嬢を追いかけたのだという。


「――その令嬢か?」


 ユーヴェハイドは落ち着いた声で答える。


「はい。報告の通り、俺の唯一です」


 執務室に静寂が訪れる。

 大臣たちや控える侍女たちは息を呑み、リリナは驚きで縮こまり、声も出せない。


 国王は馬車の中で受け取った手紙を思い出す。


(ユーヴェハイド、事の次第は知っておる……だが……本当に……)


「……其方があのメルモンドで、果敢にもユーヴェハイドのために立ち向かったことは知っておる」


 国王は机を軽く叩き、興奮を隠せない。


「よくやった! 息子を守り、国を守ったその勇気! 献身! 愛……完璧だ!」


 リリナは小声で抗議する。


「ち、違います! 愛はございますが……人質スレスレで……!!」


 しかし国王は耳に入れず、視線を再びユーヴェハイドへ向ける。


「その娘を、正式に婚約者として認めよう」


 国王とユーヴェハイドの会話に大臣たちが口を挟もうとした瞬間、ユーヴェハイドは鋭い視線で制す。


「余計な言葉は不要だ。黙って従え」


 リリナは心の中で呟く。


(……あ、終わった。本当に、グッバイハッピーライフ。グッバイモフモフ。そしてようこそ我がお墓……)


 案の定、ユーヴェハイドの腕の中で、リリナは静かに気を失った。

 彼は微笑み、抱き直す。


「……もう二度と逃がしてやるものか」


 執務室にいた全員が理解する。

 氷の皇太子が誰かを手に入れるとき、それは個人の感情ではなく、国家規模の決定事項なのだと。


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