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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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26/28

26 わたしの前だけのユヴィ様

 

 王都はそれはもう鬱陶しく思える程に騒ぎ立てられていた。


 全国民が目にする魔導掲示板。

 空に浮かぶその掲示板に書かれていたのは、大魔道武闘会のこと。


 普段なら皆、少し目を向けて終わるだけなのだが、今日は違っていた。


 《ユーヴェハイド・ディア・リ・ヴァレンディエル皇太子殿下出場決定》


 その一報は、王都のみならず地方や辺境の地にまで轟いた。

 出場するとなれば辞退者が増え、いざ試合開始となったところでユーヴェハイドを前にしたら動けず終わるということが殆どだった。そのためユーヴェハイドはここ数年は出場さえしなかった。


 ユーヴェハイドがいないならばと参加を決めた者が殆どだろう。


 その発表がされた直後からだ。

 帝国宛に抗議や辞退の連絡が届き始めた。


 結果として、五百名ほどいた出場者のうち、約半数が出場を辞退した。

 ユーヴェハイドの出場が発表されてから半刻もしない内にだ。


 しかしユーヴェハイドも、国王アシュレイも一切揺らがなかった。


 ユーヴェハイドが出場を決めた一番の理由はもちろん《愛しい婚約者》からの熱烈なお願いだったが、彼が出場するということは一国が揺らぐほどの衝撃を与えるもの。

 一国の王と皇太子として、何も考えていない訳ではなかった。


 昨日、王都を襲ったあの素性不明の少女と、魔物の出現。

 それに対してユーヴェハイド率いる王宮第一騎士団は警備を強化している。しかしそれだけでは王都全て、帝国全てを護りきるには人手が足りない。

 第二、第三騎士団や、魔塔から王宮に仕える魔導師の他にも優秀な人材を確保する必要があった。


 そこでこの武闘会はぴったりなのだ。

 しかし国を護る要とならなければならぬ人材が、ユーヴェハイドを前に出場辞退するような怠け者であって良いはずがない。


 そこで王は、ルールを一つ追加した。


 《皇太子殿下ユーヴェハイド・ディア・リ・ヴァレンディエルに 一太刀でも触れた者には、賞金百万ベリンを与える。》


 ただの一撃。

 致命傷でも、勝利でもない。


 触れればいい。

 殿下に、傷を――つけられるなら。


 その内容が魔導掲示板に表示された瞬間、王都が息を呑んだ。


 次に起きたのは――爆発だった。


 ざわめき、叫び、嬌声、歓声、皮肉、怒号、狂気、希望。


 例えるなら、眠っていた世界の魔物の欲望を直接叩き起こしたような騒ぎ。


『たった一太刀で百万ベリン!?』

『いやいや無理だろ!あの殿下だぞ!?』

『触れられる訳が――いや……いや、待て……魔法の種類次第では……』

『殿下は魔術にも剣にも強い。勝つ必要はない。触れればいいんだぞ?』


 それはまるで。


 人々の中に眠っていた“野心”に火をつける呪文だった。


 そして――噂は瞬く間に世界中を駆け巡った。


 ⸻


 翌日。


 大会運営本部の前に、現地出場希望者の新たな列ができていた。


 屈強な武人に砂漠民族、獣人、竜種の加護を受けた部族。それだけでなく魔塔の元魔導師や傭兵団の人間に賞金稼ぎ。

 そして、明らかに戦闘経験などなさそうな一般人までもが。


 運営は目を疑った。


 辞退が止まらなかったはずの大会が、史上最大の参加者数に到達しようとしていた。


 他ならぬ――


「皇太子に触れられたら金になる」


 という、余りにも分かりやすく、卑しく、そして残酷な理由で。


 ⸻


 それを遠くから見下ろすように、王宮の高窓でユーヴェハイドは表情を変えないまま呟いた。


「……想定より反応が早いな」


 ユーヴェハイドに付いていた騎士団員が、肩をすくめる。


「殿下、貴方は化け物の象徴みたいなものですから。挑戦できる、試せる、触れられる――それだけで男どもは燃えるものです」


「そうか」


 ユーヴェハイドは淡々と言う。

 だがその声音にはわずかに温度があった。


「……ならば丁度いい。弱い者を国の中枢に置く訳にはいかない」


 そして言葉を静かに継ぐ。


「勝てなくともいい。折れても、倒れても、泥を啜ってでも――前に立とうとする者だけが、この国を護る資格がある」


 その横顔は静かで、美しく、冷徹だった。

 しかし――その指先だけは。


 ほんの僅かに震えていた。

 まるで。

 あの少女の、柔らかく触れてきた唇の温度を――

 まだ忘れられずにいるように。


 ✼ ✼ ✼


 魔道武闘会の追加ルールが発表されてから数日。


 王宮は活気……というより戦場前夜の空気に包まれていた。


 第一騎士団も例外ではなく、彼らは任務と並行して鍛練に励んでいた。

 理由は単純。


「殿下の足を引っ張る訳にはいかない」


 それが団員全員の共通意識だった。


 そのせいで、リリナの生活も少し変わった。

 ユーヴェハイドと過ごす時間が前より減ったのだ。


 寂しくないと言えば嘘になる。

 いつも彼の腕の中で安心して眠れていたから、なおさら。


 けれど、リリナは知っている。

 彼が休む時間を削ってまで大会準備をしている理由は――


(……私のお願い、叶えてくれてるんだもん)


 だから、文句なんて言えなかった。

 胸の奥がくすぐったくなって、頬が自然に緩む。

 寂しさと嬉しさが混ざって、どうにも言葉にできない感情になる。


 そんな夜が続くうちに、ひとつだけ習慣ができた。


 ユーヴェハイドが遅く戻った夜。


 部屋の扉が静かに開く音で、リリナは薄く目を開ける。


「……起こしたか?」


 低く掠れた声。


「まだ起きてましたよ、今戻ったんですね」


「訓練が伸びた。すまない」


 ユーヴェハイドは魔法でパッと身なりを整えると、そのままリリナを抱きしめるようにベッドへ滑り込んだ。

 胸に顔を埋めたまま、ゆっくり呼吸が落ち着いていく。


 リリナはそっと彼の髪を撫でた。


「……おつかれさまです」


 返事はない。

 けれど腕の力が少し強くなる。

 すぐに規則正しい寝息がリリナの耳をくすぐる。


 その落ち方はあまりにも突然で、少し可笑しい。

 同時に、胸の奥が温かくなる。


(……かわいい)


 世界中が恐れる皇太子。

 触れれば一撃で命を奪う剣。

 冷徹で、完璧で、揺るがない男。


 そのはずなのに。

 今ここにいるのは――


 疲れて、リリナに触れた瞬間に眠るほど安心しきった、ただのひとりの男。


 リリナはそっと、額に唇を寄せた。


「……大会、絶対勝ってね。応援してます」


 眠っているはずの彼が、ほんのわずか眉を寄せ、抱き寄せる腕に力を込めた。


 まるで返事の代わりのように。

 リリナはくすっと笑い、その胸に頬を預けた。


(しあわせだなぁ……)


 そのままリリナも、静かに眠りへと落ちていった。


 ✼ ✼ ✼


 訓練所には重い呼吸と汗の匂いが満ちていた。

 ユーヴェハイドの容赦ない指導に、団員たちはほぼ魂が天へ昇りかけている。


「……っは……っ、死ぬ……」

「いや、もう死んだかもしれん……体が動かん……」


「手を抜くからだ。立て」


 ユーヴェハイドの冷たい声が飛ぶだけで、全員がビクリと震えながら姿勢を正す。

 まさに氷の皇太子。恐怖そのもの。


 そんな空気が張り詰めていた訓練場の隅で――


「……あれ?」


 ふと騎士団員の一人が気づいた。


「殿下、あちらにおられるのは婚約者様では?」


 その言葉を聞いた途端。


「は、リリナ?」


 冷たい氷の顔をしていたユーヴェハイドの表情が、一瞬で溶けた。


 リリナを見つけると、ほんのり嬉しそうに笑みを浮かべ、柔らかく目尻が下がる。

 団員たちは息を呑む。


(え……誰?今の優しい顔……?)


(いやいや、さっきまで地獄の番人みたいな目してたじゃん?!)


(あれが……氷の皇太子……?いや別人では?)


「リリナ!どうしたんだ?」


 歩み寄る声さえ、さっきとは別物のように温かい。

 リリナは少し緊張しながら差し出した。


「えっと、差し入れです。みなさん、毎日頑張ってるから……その、シェフに教わりながらクッキーを焼きました」


 その瞬間。

 沈んでいた騎士たちの目に、生気が戻った。


「……天使……?」

「いや、女神……?」

「尊い……」

「俺……第一騎士団でよかった……!!」


 誰かが叫んだ。


「リリナ様ーーーー!!!!!」


 その熱量にリリナがびくっと肩を震わせるが、すぐにユーヴェハイドが守るように肩に手を添える。


「……お前ら落ち着け。リリナが驚くだろう」


 そう言っても、興奮した騎士達は半泣きでクッキーを受け取り、


「うまっっっ!!!」

「皇太子殿下の婚約者……最高すぎないか……?」


 とすでに崇拝モード。


 ユーヴェハイドは少し照れたように、だが誇らしげにリリナの腰を引き寄せた。


「紹介しよう。リリナ・グレイランジュ。――俺の婚約者だ」


 その言葉に、騎士団全員が背筋を伸ばし、声をそろえて叫ぶ。


「リリナ様!!!!!どうか……どうか……殿下をよろしくお願いいたします!!!!!!」


 リリナは慌てて手を振りながら、


「み、みなさんも……あまり無理せず、頑張ってください……!」


 その声に――


「「「女神……!!!!!」」」


 と、訓練場に熱量の高すぎる崇拝が響いた。


 ユーヴェハイドはそんな団員たちを見て溜息をつきながらも、どこか楽しそうだった。


「……帰ったら、夕方まで俺の時間を空ける。今日は一緒に過ごす」


 小さく囁くと、リリナは嬉しそうに微笑んだ。

 その顔を見たユーヴェハイドは、ほんの少し目を細める。


(……可愛い)


 そう思ってしまった瞬間、表情が緩んでしまうのをどうしても止められなかった。

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