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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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25 余裕が剥がれるとき

 

 ユーヴェハイドは国王に被害状況を報告するため、静かな回廊を進む。

 歩くたび、周囲の空気が徐々に緊張を帯びていく。


 すれ違う騎士や従者たちは口を開かない。

 ただその背筋だけが、無言の敬礼であるかのように伸びた。


 王の執務室へ辿り着くと、兵がすぐさま扉を開く。

 ユーヴェハイドは迷いなく足を踏み入れた。


 そこには、王――アシュレイ。

 書類に目を落としたままだが、息子の帰還にはすでに気づいている。


「……戻ったか。報告を聞かせてもらおう」


 交わされる声音は淡々としている。

 親子ではなく、王と指揮官の距離だ。


 ユーヴェハイドは直立し、簡潔に口を開く。


「北区にて異常を確認。魔力痕跡、結界の歪み、素性不明の人物がひとり」


 王の手が止まった。


「被害は?」


「住宅地外れを魔物が荒らした形跡のみ。数日で復旧可能です。民への死傷なし。ただし――副団長として騎士団指揮を任せていたルウェインが負傷。加えて、重要な報告があります」


 短い沈黙が落ち、空気がひとつ深く沈む。


「魔塔による帝国第三層結界が突破されていました」


 アシュレイの視線がゆっくりと上がる。


「……突破されていた。つまり犯人は外部からか」


「術式の改竄痕跡はなし。結界を傷付けた痕もありません。どちらの可能性も考えられます」


 王の表情が徐々に険しさを帯びていく。


「国内に、その層へ干渉できる術者は――」


「いません。あれは魔塔が張った結界。触れられる者などそうそう存在しない」


 断言された事実が、場の温度をさらに落とす。


 ユーヴェハイドは続けた。


「相手は――恐らく、こちらをよく知っている」


 王の眉がわずかに動き、腕が組まれる。


「接触は?」


「直接の戦闘はなし。一定距離を保ち……こちらの行動を“読んでいた”ように」


 王は視線を手元の地図へ落とし、思考を巡らせる。


「目的は読めるか」


 ユーヴェハイドは首を振る。


「現時点では不明。ただ――“何かのタイミングを待っている”印象です」


 空気がさらに静まり返る。

 ユーヴェハイドが最後に結ぶ。


「状況はまだ動きます。俺の判断でリリナの警備を強化しました。今回の事象は、彼女が召喚された時期と近すぎる。俺が宮を離れることも増えるでしょう。その間……リリナを気にかけていただければ」


 王は即答し、短く頷いた。


「よかろう。権限はすべて渡す。……今は矢よりも、お前の判断のほうが必要だ。リリナ嬢にも不安を与えぬよう、こちらでも配慮しよう」


「感謝します」


 ユーヴェハイドは踵を返し、扉へ向かう。

 執務室を出る直前――


 アシュレイが呼び止めた。


「ユーヴェ」


 その声は、王ではなく父の声だった。


「……なんです?」


 振り返ったユーヴェハイドの表情には、まだ戦場の緊張が残る。

 焦燥と苛立ちと、守るべきものへの焦り。


 アシュレイは一瞬、考え――静かに息をつく。


 このままの顔でリリナのもとへ行けば、きっと彼女を怯えさせる。

 そしてその結果、息子がまた不器用に落ち込む。

 ――そんな未来を父親として見たくはなかった。


 だから、ほんの少しだけ空気を和らげる言葉を選ぶ。


「時間が合えば、また三人で夕食を共にしよう。……あのお前らしからぬ可愛らしい『ごめんなさい』も、また聞かせてもらえるか?」


 ユーヴェハイドの眉がぴくりと動く。


「……ぶった斬りますよ」


「うむ。それもまた良いなぁ」


 小さな会話の熱だけが、重苦しい空間にひっそり残った。


 ✼ ✼ ✼


 ユーヴェハイドが報告のため執務室へ向かっていたころ。

 ユーヴェハイドを待つリリナの元へ戻ってきたのは彼ではなく、シルバーとエルドだった。


 シルバーとエルドは基本的にリリナの護衛であるため扉の外に控えていることがほとんどなのだが、今日はユーヴェハイドに着いていくため他の団員と交替していたのだ。


 二人の代わりに控えていた団員に挨拶をして交替してから、コンコン、と控えめなノック。


「リリナ様、戻りました。入っても?」


「はい、どうぞ」


 リリナの返事を聞いて、二人は部屋に入る。

 先ほどまで緊迫した空気の中にいたとは思えないほど、どちらも表情は普段通りのものだった。


 だがその背筋には、今朝よりも確実に警戒心が宿っている。


 エルドが静かに告げる。


「殿下は王へ報告のため執務室に向かわれました。戻りはもう少し先になるかと」


「そうなんだ。じゃあ、待ってる間……話しててもいい?一人はつまらないから」


 そう言うと、シルバーが笑う。


「もちろん!むしろ、殿下が戻るまで退屈しないよう努めるのが俺たちの任務ですからね〜」


 リリナはくすりと笑い、小さく肩の力を抜いた。

 緊張していたのは、彼女も同じだったから。


 三人はソファに移り、ほんの束の間の休息時間が始まった。


 最初は他愛ない話。

 ユーヴェハイドによる過酷な訓練の愚痴や、最近シェフがリリナのために新作のイチゴスイーツ作りに励んでいる話など――


 けれど話題がふと変わった瞬間、空気が少しだけ色づいた。


「そういえばリリナ様、もうすぐですよ」


 エルドの言葉に、リリナは首を傾げる。


「え?なにかあったかな……」


「大魔道武闘会です」


「……だいまどうぶとうかい……」


 そう繰り返したリリナは、『原作ゲームの世界』の記憶として知っているその大イベントを思い出して目を丸く見開いた。

 騒々しい日々の中ですっかり記憶から抜けていた大イベント。


「知ってるわ!長い歴史を誇る伝統的な大会ですよね!国内外から強者が集まって、魔術、剣術、召喚術――あらゆる力量を競う、大規模な武闘祭!わ〜っ、私としたことが、こんなビッグイベントを忘れてたなんて〜っ!」


 シルバーがリリナのはしゃぎ様をみて笑う。

 エルドが話す。


「殿下も毎回招待されてますが、出場希望者が勝手に怯えて辞退するので、ここ数年は出場されてないですけどね」


「出る前から相手が折れる競技に意味はない。なんて言って今年も出ないらしいけど」


 シルバーが呆れたようにため息をつくと、エルドが肩をすくめた。


「ユヴィサマ……デナイ?」


 先程までのはしゃぎ様はどこへ行ったのか、ユーヴェハイドが出ないと知って萎れていくリリナ。

 あまりにショックでソファに沈み込み、人形のように放心してしまった。


 シルバーが慌てて彼女の肩に手を置き、声をかける。


「えっ、リリナ様!?そんなに落ち込む!?」


 リリナは小さくうなずき、深呼吸をしてようやく少し落ち着いた。

 でも目にはまだ、諦めきれない気持ちが残っている。


 しばらく考え込んでいたシルバーが、にやりと笑った。


「あ!でも、リリナ様がお願いすれば、殿下もきっと……イチコロですって〜!」


「えぇ?そんなこと……」


 リリナは戸惑った様子を見せるが、そんな彼女にシルバーが続けた。


「リリナ様からキスして上目遣いで迫ってみたらあの氷の皇太子でも流石に溶けますよ〜、なんちゃって……」


「わかりました!!やってみます!ありがとうシルバー」


「エッ、あ、いや……リリナ様、それ俺が言ったのバレたら殿下に殺されちゃうから……」


 冗談のつもりだったシルバーがリリナにそう言うが、瞳を燃やすリリナには届かない。

 ぷるぷる震えるシルバーの肩に、そっと手を置いたエルドが諦めろと言わんばかりに首を振った。


 そこでユーヴェハイドが部屋に戻り、エルドと共に入れ替わるようにして部屋を後にしていく。


「ユヴィ様、おかえりなさい。怪我はありませんか?」


「あぁ、怪我は無い。一人にしてすまなかった、大丈夫だったか?」


 ユーヴェハイドは魔法でパッと服を変えながらリリナの頬に触れる。

 撫でるように手のひらを頬に滑らせると、少し頬を赤らめて、恥ずかしがりながらも擦り寄る姿にユーヴェハイドの喉が上下する。


「あっ、その……これは……っ」


 自分から擦り寄っていたことに気付いたのか、慌てるリリナを見て、ユーヴェハイドは先程までの空気から、リリナと共にいる幸せな空気を纏う。

 柔らかく笑い、彼女を抱き寄せながらも背中の傷が痛まないよう慎重に手を添えて抱き上げる。


「わ、ユヴィ様?」

「なんだ?」

「いや、その……近過ぎます〜っ!」


 ソファに座ったユーヴェハイドの膝の上に乗せられたリリナ。


「近い?これが?俺はもっと近付いたっていい。婚約者なんだからな」


「もっと!?」


 慌てふためくリリナ。

 そんなリリナを余裕そうにからかうユーヴェハイド。


 リリナが頭の中で考え込んでいる次の行動が、どれほど自分を揺さぶることになるかなど、今のユーヴェハイドが知る由もない。


 リリナは胸の前でぎゅっと拳を握った。


 ――今だ。言うなら、今。


 ユーヴェハイドは膝の上の彼女を抱いたまま、まだしばらく離す気はないらしい。

 彼の指先が、意味もなくリリナの髪をすくう。

 触れられるたび、声が漏れそうになるほど心臓が跳ねる。


「……リリナ?」


 何か言いたいのに言えないその様子に、ユーヴェハイドが覗き込む。

 宝石のように輝く青の瞳が近い。

 近すぎて息が止まりそうだった。


 リリナは小さく深呼吸し――意を決した。


 そっと、ユーヴェハイドの頬に小さく手を添え、唇を近づける。

 不意を突かれた彼が、僅かに目を見開いた。


「リ、リナ……?」


 そして、ちゅ、と短く触れるだけのキス。


 ――けれど、触れた瞬間、空気が変わった。


 ユーヴェハイドの呼吸が止まる。

 腕に入る力がほんの少し強まる。


 リリナはそのまま、シルバーに言われた通り、彼の胸元に指を絡め、上目遣いで見上げた。

 声は震えていたけれど、想いは真っ直ぐだった。


「ユヴィ様……あの、お願いがあります……」


「……なんだ」


 低い声。

 いつもの冷静さとは違う、押し殺した熱を含んだ声。


 リリナは唇を噛んでから、勇気を振り絞る。


「大魔道武闘会、出て欲しいな……って……。かっこいいユヴィ様見たいです」


 ほんの一瞬、ユーヴェハイドは言葉を失った。

 その代わり、彼の瞳の色が濃くなる。


 ゆっくりと、リリナの顎を指で持ち上げる。

 逃げ場を奪うように、視線を絡めたまま言った。


「……リリナ」


「……はい」


「それを言うためにキスをしたのか?」


 リリナは真っ赤になりながら頷く。


「し、シルバーが……その……キスしてお願いしたら……叶うって……」


「あいつは後で埋める」


「えっ、駄目ですよ!?」


「冗談だ、埋めたらちゃんと掘り返してやる。忘れてなければ一年後あたりに」


「フォローになってないですよ?」


 しかしユーヴェハイドから次に向けられた言葉は、驚くほど優しかった。


「そんなことをされなくても、リリナのお願いなら、出る」


 リリナの目がぱっと花開くように輝く。


「本当に!?やった……!ありがとうユヴィ様っ!」


 嬉しさのあまり、勢いよく抱きつくリリナ。

 ユーヴェハイドは思わず笑みを零し、彼女を抱き締め返す。


 その声音は柔らかく、しかし底に揺るぎのない誓いを宿していた。


「必ず優勝するから、ちゃんと俺だけ見てろ」


 リリナは胸元に顔を埋め、くすぐったそうに笑った。


「ひとつだけ、教えてやる」


 ユーヴェハイドは低く囁くように付け足した。


「……次に俺をその気にさせるなら……キスは、一瞬で終わらせるな」


 リリナの肩がビクッと跳ねた。


「な、なななっ――」


「逃げるな」


 リリナがユーヴェハイドを煽ったのだ。仕方がない。


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