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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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24/28

24 繰り返された選択の先で

 

 王都北区は静まり返っていた。

 魔物の残骸と焦げた匂いだけが残る通り。

 鎮圧は終わったはずなのに、空気のざわつきは収まらない。


 ユーヴェハイドは抉れた石畳を見下ろす。

 そこには、不完全な魔法陣の焦げ跡――いや、自然に刻まれたかのような痕跡が残っている。


「ルヴェインはここで倒れたのか」


 シルバーが頷いた。


「魔物を倒した直後、何者かの気配。次の瞬間、吹き飛ばされたと。誰も攻撃を“視認”していません」


「……見えなかった、か」


「はい。斬撃痕、魔力痕、どれも残っていない。ですが――」


 シルバーの声に緊張が走る。


「副団長は、『女が笑っていた』と言っていました 」


 ユーヴェハイドの目が細くなる。


 その瞬間――

 すう……と風が吹いた。


 方向は説明できない。

 建物の隙間でも、天空でもない場所から吹き込む、異様な風。


 そして――ほんの一瞬、鼻歌。

 ぞくり、と空気が震える。


 全員が振り返った先に――少女が立っていた。


 年齢は十七ほど。

 黒髪は肩で揺れ、瞳は夜を溶かしたような深い赤。

 服装は古い儀式服のような黒いドレス。


 だがそれ以上に異様なのは――

 彼女にだけ、光も影も触れていないこと。


「こんにちは!」


 声は澄んで無邪気。

 しかし、その奥は底なしの虚無。


 エルドが警戒し、一歩前に出た。


「名を名乗れ。どこから来た」


 少女はくすりと笑う。


「まだ名乗っちゃだめなの、怒られちゃう」


「誰がそう言った」


 少女は答えず、空のどこかを見つめた。

 まるで――見えない誰かに確認するように。


 そして視線を戻し、ユーヴェハイドだけを見る。


 その瞳は無垢――なのに残酷だった。

 ユーヴェハイドに微笑みかけながら口を開く。


「ねぇ、貴方はこのままで幸せになれる?貴方の望みはもっと深い、深淵にあるんじゃないの?」


「何が言いたい?」


 ユーヴェハイドの声には答えず、言葉遊びのように少女は続ける。


「もうすぐ、私を“止めてる人”がいなくなるよ」


 ――ユーヴェハイドの眉がわずかに動く。

 少女はまっすぐに彼の目を見た。


「そうしたら――王都は“正しい形”に戻るよ。私と貴方が望んだ、本当にあるべき姿に」


 シルバーが息を呑む。

 ユーヴェハイドは声色を変えず問う。


「俺が望んだ?お前は、一体何をしようとしている」


 少女は答えない。

 代わりに――愉しげに続けた。


「あなた、まだ知らないんだね。自分の運命を」


「何をだ」


「あなたはまたあの子を選んだ。だけどもう止めてる人がいなくなる。全部、底に沈めちゃえば楽だよ」


 言葉の意味が理解できないはずなのに、その響きだけで、空気に亀裂が入るような圧が走る。


 少女はゆっくりとユーヴェハイドの横を通り過ぎる。

 歩くのではない。滑るように。


 そして囁いた。


「壊れる前って綺麗だよ。まだ形を保ってるときが、いちばん脆い」


 ユーヴェハイドは間髪入れずに剣を振り翳すが、少女は影と共に消えていた。


 風だけが残る。

 沈黙のあと、ユーヴェハイドは低く命じた。


「城の防衛を上げて、全区画に警戒。それと……」


 ほんの一瞬だけ、視線が遠くを見た。


「本人には気付かれないように、リリナの周囲の警備を倍にしろ。必ずだ」


 シルバーとエルドが頷く。

 ユーヴェハイドの声だけが残る。


「正体の分からぬ“敵”ほど厄介なものはない」


 そして夜は、静かに、しかし確実に崩れ始めていた。


 ✼ ✼ ✼


「ルーク様。こちら魔塔に届いた、西方の国々から飢饉を救って欲しいという嘆願書でございます、ご確認ください」


 ヴァレンディエル帝国の上空に聳え立つ魔塔の最上階、魔塔主ルークの一室に、側仕えの魔導師の声が響いた。


 ルークはその声を聞きながら、北区方面で揺らいだ魔力の歪みに意識を集中させる。

 瞼を閉じたまま、遠く――王都の魔力の流れに意識を沈めていた。


 北区の一点、黒く濁った魔力。

 そこには――あの少女と、封じられていた存在の影が蠢いている。


「……動き始めたか」


 低く、吐き捨てるような声。

 廊下の向こうでは、まだ先程の魔導師が呼び掛けている。


「ルーク様?お返事を……」


 ルークの苛立ちは限界に達していた。


「煩い」


 短く鋭い声が空気を切る。

 だが魔導師は諦めず、遠慮がちに扉を開く。


「失礼いた――」


 次の瞬間、彼は息を飲んだ。


 天井から床まで流れ落ちる膨大な魔力の糸。

 その中心で、ルークは片手を額に当て、まるで誰かを押し返すように魔力を放っていた。


「……、………れ、……る」


 聞き取れない程複雑な言葉で紡がれる呪文だが、並大抵の魔導師ではそれがどんな呪文かさえ理解できない。


 ぼた、と赤い滴がルークの鼻から口を伝い落ちる。


 鼻血。


 しかしその色は――人の血より深く、黒に近い。

 魔導師が慌てて駆け寄ろうとする。


「る、ルーク様!?魔力過負荷です!もう限界――!」


「触るな」


 冷たい声音に、魔導師の足が止まる。

 ルークの瞳がゆっくりと開かれる。


 その虹彩は燃え盛る炎の色。

 だが奥に燃えているのは、焦りとも恐怖ともつかない濁った感情。


「今、手を離したら――あいつが目を覚ます」


 魔導師は震えた。


「“あいつ”とは……?ルーク様程の魔導師様がそこまでして、一体なにを封じているのですか!?」


「相変わらず、どの世界線でも煩いなお前は」


 息を荒くしながら、ルークは苦笑する。


「俺が抑えているうちはいい。だが……」


 塔全体が低く唸る。


 床石に刻まれた魔法陣が、自律的に動くかのように淡く脈動する。


「もう時間がない」


 魔導師は恐る恐る問う。


「……止めねば、どうなるのですか」


 ルークは視線を北へ向けたまま、答える。


「壊れる」


 その声は希望もためらいもなかった。


「城も、王都も、この国も。そして――今回こそは……完全に壊れるぞ、リリナ」


 魔導師の顔が凍り付く。

 ルークは血の付いた指先で鼻血を拭い、険しい目のまま呟いた。


「……ユーヴェハイド。間に合うか。お前は――また同じ結末を選ぶのか」


 魔法陣の光が強くなる。

 空気が軋む。


 そしてルークは静かに、しかし必死に詠唱を深めた。


「まだだ。まだ終わらせない――」


 彼の声はかすれ、震え、しかし確固としていた。


「封印は、俺が保つ。リリナが……力に目覚めるまでは」


 風が塔を揺らした。


 まるで、外側から誰かが――扉を叩いているかのように。


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