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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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23 君の全てに口づけを

 

 それからしばらくして、リリナの傍で、ユーヴェハイドは静かに眠っていた。

 その手を握ったまま、微かに胸の鼓動が伝わってくる。二週間もの間、眠り続けていたリリナの回復を見守ったあとの安堵感が、眠りに落ちた彼の体からも伝わってくるようだった。


 だが、裏では騎士団へ要請が届き、ユーヴェハイドも出動しなければならない事態が生じていた。

 しかしリリナが起きたことを魔法通信で聞いていたシルバーとエルドは、やっと安らぎを得た彼を無理に起こさず、副団長に一任することを判断し、ユーヴェハイド不在のまま騎士団は出動することになっていた。


 そんな時、窓の外の影が、誰にも気づかれないうちに静かに揺れる――。

 なにかよからぬことが起きようとしているように見えた。


 ✼ ✼ ✼


 朝の光が、皇太子宮の窓から柔らかく差し込んでいた。


 リリナはまだ眠っている。熱はすっかり下がり、体の震えも落ち着いていたが、深く刻まれた背中の傷跡は包帯越しに滲み、完全には癒えていない。


 リリナが目を覚ますまでは医師が手入れを続けていたため、従者たちはまだ彼女の背中を見たことがなかった。

 ユーヴェハイドは、そのまま従者たちに傷跡を見せるつもりはない。そもそも、ユーヴェハイドだけが知っていれば十分だと考えていた。


 ベッドの傍に静かに座るユーヴェハイド。そっとリリナの手を握り、低く囁いた。


「リリナ、起きれるか」


 リリナはうとうととまどろむ中、手に伝わる温もりに気づく。目を開けると、ユーヴェハイドの手が瞼を撫でる。


「ん、ユヴィ様……」


 ユーヴェハイドは静かに頷き、慎重にリリナの背中の包帯に触れた。


「包帯の交換、……俺がやる。いいか?」


 その言葉を聞いたリリナは咄嗟に小さく体を丸め、手で背中を隠そうとする。


「だ、だめです……ユヴィ様、見ないで……!」


 その反応に、ユーヴェハイドは微かに呆れたように笑う。


「……そんなに怖がらなくていい」


 声には優しさが滲む。


「お前にどんな傷がつこうと、俺はお前しか見ていない」


 リリナは俯き、小さく震える肩をユーヴェハイドに見せながら、抵抗を続ける。


「でも……こんな傷、見せたくない……!」


 言葉の裏には、恥ずかしさと不安、そしてユーヴェハイドに嫌われたくないという思いが混ざっていた。


 ユーヴェハイドはその小さな体を優しく支え、手を握ったまま、軽く頭を傾けてリリナを見つめる。


「……お前の背中を見ても、俺の想いは変わらない」


 柔らかい笑みを浮かべ、リリナの抵抗を包み込むように言った。


「怖がらなくていい。俺に、お前の全てをくれないか」


 少しずつリリナは安心し、息を整えながら体をユーヴェハイドに預ける。


「……お願いします」

「あぁ、良い子だ」


 彼の手つきは丁寧で、傷に痛みを与えないように慎重に包帯を外し、新しい包帯を巻き直す。


 リリナは肩を小さく震わせながらも、ユーヴェハイドの動きをじっと見つめる。


「……ありがとうございます、ユヴィ様」


 ユーヴェハイドは最後にそっと包帯を固定すると、リリナの手を再び握った。


「これで少しは楽になるはずだ」


 リリナはまだ恥ずかしそうに顔を背けるが、手の温もりに安心し、深く息を吐く。

 二人だけの静かな朝のひととき――傷跡も、過去の孤独も、すべてが包まれていくようだった。


 ユーヴェハイドは静かにリリナを抱き寄せ、座ったまま背中に軽く体を寄せる。

 二人の体温が重なり、朝の光の中、傷跡の痛みも、不安も、そっと和らいでいった。


 ユーヴェハイドが布越しに触れる手つきは驚くほど優しく、けれど迷いはひとつもなかった。


「……痛くはないか?」


 リリナは小さく首を振る。

 声にできるほど気持ちが整理できていなかった。


 ユーヴェハイドはしばらく包帯を見つめ、深く息を吐く。

 その横顔はどこか苦しげで、愛しさを押し殺しているように見えた。


 そして――ゆっくりと身を乗り出す。

 リリナは何が起こるのか理解する前に、温かな感触が包帯越しの背中に触れた。


 唇。


 柔らかいけれど、拒む余地のないほど深く。

 ただ触れただけなのに、それは誓いにも似た熱を帯びていた。


「ひゃうっ」


 リリナの肩がびくりと震える。

 驚きと羞恥と、胸を満たす甘い疼き。


 ユーヴェハイドは唇を離したあと、包帯に触れずそっと手でリリナの髪を梳いた。

 視線は揺れず、真っ直ぐ彼女だけを見つめている。


 低く落ち着いた声――けれどその奥に隠しきれない情が滲む。


「……この傷ごと、すべて俺のものだ」


 その言葉は、優しい呪いのようにリリナの胸に落ちた。

 息が詰まる。視界が滲む。


「そ、そんな……傷なんて、ない方が……」


 震えながら否定するリリナに対し、ユーヴェハイドはすぐに首を横に振った。


「違う」


 その声は、静かで――だが、絶対に覆らない。


「お前がどんな姿でも、どんな傷を抱えていても……俺は欲しいと思った。他の誰でもない。リリナ、お前だけだ」


 リリナの瞳に涙が溢れ、頬を伝う。


 ユーヴェハイドはその涙に触れながら、小さく微笑む。

 その表情はいつもの冷静さとは似ても似つかず、あまりにも優しくて、少しだけ脆かった。


「怖がるな。もう離れない」


 包帯の上に触れた唇の余韻が、熱い。

 胸の奥まで響き続ける。


 リリナは泣きながら、小さな声で答えた。


「……ユヴィ様に、そう言ってもらえるなら……わたしも、離れません」


 ユーヴェハイドの指がまたリリナの手を探し当て、強く――しかし壊れ物を扱うように優しく握られる。


 二人の距離はもう、どこにも逃げ場がないほど近かった。


 そしてその近さが、どちらにとっても救いだった。


 ✼ ✼ ✼


 柔らかい朝陽が差し込む室内に、コン、コン、と控えめなノック音が響いた。


 ユーヴェハイドはリリナの背中に巻いた包帯の端を軽く押さえながら、音の方向へ静かに顔を向ける。

 呼吸一つ乱れていないが、その指先の力がわずかに強くなった。


「……少し待て」


 低く落ち着いた声でそう言うと、彼はリリナの肩を毛布でそっと覆い、最後に一度だけその頭を撫でた。

 まるで「大丈夫だ」と伝えるように。


 そしてゆっくりと立ち上がり、扉へ向かう。

 開ける瞬間、後ろにいるリリナへ視線を落とし――ほんの一拍置いてから扉を開いた。


 廊下にはシルバーとエルド。

 二人とも普段とは違う空気を纏っている。


 声を潜めるように、シルバーが告げた。


「殿下……副団長が指揮を執る騎士団から緊急の報せが入りました」


 ユーヴェハイドの表情は一切揺れない。


「……内容は」


「北区で魔物の襲撃が発生。鎮圧中に……何者かに襲撃され、民を庇った副団長が重傷です。現在治療班が対応中ですが――回復にはまだ時間が必要かと」


 廊下の空気が重く沈む。

 エルドが続けた。


「出動命令が出ています。判断を――」


 その言葉の途中、ユーヴェハイドはわずかに息を吐き、視線を室内に戻した。


 リリナはベッドの上で毛布を握りしめ、目だけが彼を追っている。

 表情は読み取れない。

 ただ――不安げな様子が痛いほど伝わる。


 ユーヴェハイドは廊下の二人に短く言った。


「すぐ向かう」


 シルバーとエルドは頷き、馬を用意する為に廊下を足早に駆けていく。

 ユーヴェハイドは再び室内へ戻った。


 リリナのそばに歩み寄り、ベッドの縁に膝をつく。


「一人にしてすまない。すぐ戻るから、良い子にしていろ」


 囁きとともに、彼はそっとリリナの頬に触れた。

 それだけで、リリナの呼吸が震える。


 そして――


 ユーヴェハイドはゆっくりと身を寄せ、リリナの唇に触れるだけのキスを落とした。

 深くはない。甘くもない。


 けれど――絶対の約束のように重かった。


 唇を離すと、ユーヴェハイドは静かに微笑む。


「必ず戻るから、待っていてくれ。リリナ」


 その言葉を残し、立ち上がる。

 振り返らず、まっすぐ扉へ。


 廊下へ出る瞬間、その横顔には戦う者の冷たさが戻っていた。


 扉が閉まり、音が消える。


 静けさの中、リリナは唇に触れ――小さく、震えながら呟いた。


「……お気を付けて、ユヴィ様」


 その声は誰にも届かず、その代わりに

 部屋の空気だけが震えていた。

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