表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/28

20 痛む心は誰のせい

 

 ルークの言葉が空気に沈んだあと、リリナはぎゅっと唇を噛んだ。

 ユーヴェハイドの手はまだ離れず、まるで「答えを待つ」ように温もりだけを彼女に伝えてくる。


 ルークは淡く息を吐き、遠くを見るような目をした。


「……少し話そう。俺が何をしてきたかを」


 リリナが顔を上げると、ルークは静かに語り始めた。


 ✼ ✼ ✼


 夜空に浮かぶ赤い月。

 世界の端が崩れる音。


 その中心に――アリアがいた。

 それは笑っていた。


 枯れた黒い花の冠をつけ、真っ赤な血のようなドレスを纏い、「自分こそがヒロインだ」と言うような圧。

 けれどその瞳は底なしの闇。


 そして背後には――巨大な影。

 角と牙を持ち、世界を喰らう存在。


 悪魔。


「――やっぱり、世界は歪めば歪むほど綺麗ね」


 アリアはそう呟いた。


 その声は、聖なる少女ではなく、裏返った祈りと狂気の愛に沈んだ“別の何か”だった。


「私に相応しいのは魔王。魔王となったユーヴェハイドこそが私に相応しい。世界崩壊の後に、闇の世界で幸せになるのよ」


 ルークはその前に立ち塞がる。

 魔塔主として、世界の核に最も近い存在として。


「アリア・ローゼンベルグ。世界の均衡を乱す契約は禁忌だ」


 アリアはくすりと笑う。


「あなたがいなくなれば、禁忌だとしても誰も止められないわ」


 その瞬間、世界が裂けた。


 魔塔の力がアリアへ吸われ、悪魔の影が世界に根を伸ばしていく。


 世界が壊れる音がした。


 その崩壊の中で、ルークはただひとり立ち向かった。


(俺が止めなければ、このままではユーヴェハイドとリリナが……)


 魔力を燃やし、存在そのものを削り、ただひたすら抑え込んだ。


 世界に亀裂が走り、時空が歪み、記憶が書き換わり――

 その果てで、本来選ばれていたヒロインの存在が消えた。


 リリナ・グレイランジュという名も、幼き日の笑顔も、ユーヴェハイドが愛した彼女の記憶さえ、すべてがこの世界から跡形もなく消えていった。


 アリアは消耗した闇に近い魔力を取り戻すため、深い眠りに落ちていく。


 ただ、アリアは一つだけミスを犯していた。


 アリアはリリナに関する記憶を世界から消したつもりでいたが――

 ただ一人、ルークだけは自身の魂に傷を負ってまで、リリナの記憶を守り抜いた。


(――忘れられていいはずがない)


 世界が滅びても守る。

 たとえ自分が消えても、この歪みを正す。


 それがルークが縛られた、ただひとつの誓いだった。


 ✼ ✼ ✼


 そして現在。

 抑え続けた悪魔の契約は――もう限界に近い。


 ルークは微かに笑った。


「俺の存在はいずれ消えるが、アリアはもう止まらない。そのとき、この世界で彼女に対抗できるのは――君とユーヴェハイドだけだ」


 リリナの手が震える。


 わかってしまった。

 ユーヴェハイドの手は温かい。

 けれど――その温もりの先には、血と悲劇と戦いがある。


 ルークの声が重く落ちる。


「君がユーヴェハイドを選べば、彼は運命から逃げられない。魔王になる素質を持つ者が愛を得たとき――世界が彼を試し始める。しかしこのままリリナがユーヴェハイドから手を引いたとして、アリアの元で彼が幸せになれるかは分からない」


(……運命……試練……)


 胸が痛い。

 でも――その痛みより強い何かが胸の奥にある。


(ユーヴェハイド様は、魔王なんかになったりしない。私が、させない……)


 ルークは静かに問いかける。


「――どうする? リリナ一人なら、俺の残りの力でもアリアの手が届かない世界に飛ばせる。俺は君が大事だからね。どうしても守りたい。だが君が戦うことを決めるなら、俺は君のために戦う」


 リリナはゆっくりとルークを見つめた。


 長い睫毛。

 苦しげで、それでも静かに佇む姿。


(ルーク様は、ずっと一人で戦ってたんだ……)


 胸の奥が熱くなる。

 涙がこぼれそうになるのを堪えて、リリナはそっとユーヴェハイドの髪を撫でた。


 そして――迷いなく答えた。


「……ユヴィ様が苦しむ未来なんて、絶対いやです。ルーク様がいなくなる未来も、絶対いや」


 声は震えていた。

 でも、逃げる言葉ではなかった。


「怖い未来でもいい。逃げたくなる運命でもいい。……それでも私は、ユヴィ様の傍にいたいんです」


 眠ったままのユーヴェハイドの手が、ぎゅっと握り返した。

 ルークは目を細め、微かに笑う。


 それは――祝福とも、諦めともつかない笑み。


「……ああ。やはり君は――」


 静かに、崇拝するように。


「この世界の“選ばれた少女”だ」


 その瞬間、空気が震え、遠くで――鐘が鳴った。

 世界が動き始めた合図のように。


 ✼ ✼ ✼


 夜霧はさらに濃くなり、石畳の空気はひんやりとしていた。

 ユーヴェハイドの髪が夜の光を受け、冷たい水面のように光っている。


「――俺はそろそろ戻るよ」


 ルークは肩をすくめ、冗談めかした声音で言ったが、瞳の奥には深い疲労が滲んでいた。


「アリアと悪魔を抑える結界は、俺の力が前提で成立している。もう無茶はできない。……彼女が完全に覚醒する前に備えないと」


「……ルーク様」


 思わず声が震えた。

 ルークは強がるように笑う。


「心配するな。俺はすぐに死んだりしない。世界が作り替えられようとする中で、リリナはもう一度ユーヴェハイドに出会った。本来、二人はもう出会うことすらなかったはずなのに。――だから、俺の未来も変えてみせるさ」


「ルーク様……でも、」


 言いかけた瞬間、ルークがそっと人差し指をリリナの唇に置いた。


「それ以上は言わなくていい。未来を知ることは、時に枷になる。俺は俺の意思で動きたい」


「……ごめんなさい」


「謝ることじゃない。君が伝えようとしてくれた気持ちは、ちゃんと受け取った」


 そう言って、ルークは眠るユーヴェハイドを一瞥する。


「君は……本当に変えたいんだね。彼を」


 リリナは迷わず頷いた。

 その答えに、ルークは何かを確認したようにわずかに目を細めた。


「わかった。じゃあ――君は君の選んだ未来を進め。俺も俺の役割を果たす」


 足元に青白い魔法陣が浮かび上がる。転移魔法だ。


「リリナ。気をつけて。アリアは……君が思うより“執着深い”」


「……はい」


 淡い光が満ち、ルークの姿が霧に溶けていく。

 最後に声だけが残った。


「――俺の弟子は幸せ者だな」


 光が消え、静寂が戻る。


 リリナは膝を折り、ユーヴェハイドの頬に触れた。温かい。息も穏やか。


「……絶対に、死なせない」


 その呟きは小さくても、揺るぎはなかった。


 ✼ ✼ ✼


 ユーヴェハイドが瞼を開いたのは、それからしばらくしてからだった。


 青い瞳が焦点を結ぶと同時に、彼はベッド横に座るリリナを見つける。


「ユヴィ様! 良かった、起きたんですね。よかっ――」


 言い終える前に、ユーヴェハイドの表情が冷えきった。


「――触るな」


 伸ばした手を、彼は強く払い落とした。


「え……?」


 ユーヴェハイドはゆっくりと上体を起こし、冷たい声音で告げる。


「ルークと話したかったんだろ。邪魔するなと言わんばかりに眠らせた。……お前の意志で」


「それは違――」


「違わない」


 鋭く返された声は、怒りより苦しみに近かった。


「……俺より、あいつを選んだ」


 その言葉には諦めが混じっている。

 失うことに慣れた者の、防衛の言葉。


 リリナは何か言おうとして喉が詰まった。

 否定も説明もしたい。

 でも言えば言うほど、彼の傷を抉る気がした。


 ユーヴェハイドは皮肉に笑う。


「……なるほど。俺は替えのきく駒か。お前の信じるべき相手は俺じゃなかった」


「違う、私は――」


「聞きたくない」


 ユーヴェハイドは立ち上がり、騎士団のマントを掴む。

 そのまま部屋を出ようとして、扉の前で一瞬だけ振り返った。


 リリナは泣きそうな顔で彼を見つめていた。


 その表情を見た瞬間、ユーヴェハイドの胸が掴まれたように痛む。


(……なんで、そんな顔をする? 拒絶したのは俺だろう。なのに……なんで俺が、苦しい)


 俯き、吐き捨てるように呟く。


「……勝手に傷つくな」


 それが誰に向けた言葉なのか――彼にもわからなかった。


 扉が勢いよく閉まる。

 残されたのは、沈黙と震えるリリナの呼吸だけ。


「……ユヴィ様……」


 震える声で名前を呼ぶ。

 返事はない。


 その日から、ユーヴェハイドは皇太子宮に戻らなかった。

 翌日も、その翌日も。

 彼は騎士団本部で寝泊まりし、朝から夜まで剣を振り続けた。

 まるで自分自身を罰するように。


 一方リリナは広い皇太子宮でただひとり、彼の帰りを待つ日々を過ごすしかなかった。

 会えば壊れる。会わなくても壊れていく。


 見えない距離が、ふたりの間に深く静かに落ちていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ