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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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19 原作と真実の狭間の歪み

 

 リリナの手を握るユーヴェハイドの手の強さが増す。


 握り返された手に驚いたものの、ユーヴェハイドは起きる気配を見せなかった。

 リリナはそっと覗き込む。


「……ユヴィ様……?」


 返事はない。

 けれど――眉が僅かに寄っている。

 歯を食いしばるように唇に力が入っている。


(……寝てる……けど……苦しそう……)


 リリナは胸がきゅっと痛んだ。

 すると、ルークが静かに言う。


「……夢を見ている」


「夢……?」


「正確には――“記憶の残滓”。眠りが浅いときにだけ現れる、深層意識の反応だ」


 リリナは息を飲む。

 ユーヴェハイドの指先がかすかに震える。

 まるで見えない何かに怯えるように。


「……やめろ……」


 囁く声が漏れた。

 低く、苦しげで、今にも壊れそうな声。

 リリナは思わず身を乗り出す。


「ユヴィ様!?夢です……大丈夫……!」


 しかし触れようとして、手が止まる。


(わたしなんかが触っていいのかな……)


 迷うリリナを横目に、ルークは淡々と言った。


「触れてやれ」


「……!」


「ユーヴェハイドは今、“未来の音”を聞いている。失う未来を。自分が誰にも愛されず――壊れる未来を」


 リリナの胸に痛みが走る。


(わたしが……知ってるあの結末……原作ゲーム唯一のバッドエンドだわ)


 ヒロインを失ったユーヴェハイドが闇落ちし、全てを失い、破壊の魔王になる未来。


 それを――ユーヴェハイド自身が夢で見ている。

 震え続ける手。

 押し殺したような呼吸。


(ユヴィ様はいま、その原作ヒロインとの夢を見ているのね……)


 そう考えただけで、胸が引き裂かれるような痛みに襲われた。

 そして――掠れた声。


「頼むから……俺を……置いていくな……」


 リリナの心臓が止まった。


(……あ……)


 気づいてしまう。

 ユーヴェハイドは、強くて、余裕で、傲慢で、完璧で。

 でも――本当は。


 誰かに嫌われることが怖くて。

 それでも誰かを愛そうとする、不器用な人だ。

 そして、ヒロインと結ばれる。


(嫌だ……。嫌だ、なんて思ってしまう私が嫌い。でも、今だけは…………)


 リリナは迷いながらも、そっと彼の顔に触れた。


「……います。ここにいます。私はユヴィ様を置いていったり、しません」


 その言葉は嘘じゃなかった。

 たとえ自分がユーヴェハイドの隣にいる未来が選べなくても――今、傍にいる気持ちは本物だ。

 ユーヴェハイドの表情が少し緩む。

 掴む力が弱まり、呼吸が安定していく。


 ルークはそれを見ながら、低く呟いた。


「……やはり、君だ」


 リリナは振り返る。


「わたし……?」


 ルークの瞳は深く、千年を見てきたような静けさを帯びていた。


「ユーヴェハイドに触れ、夢を鎮められるのは――君だけだ。この世界で、ただ一人。俺が魔法を教えていた幼少期から、眠りが浅い日はいつもこうなんだ。どんな魔法を使っても、ユーヴェハイドが見る悪夢だけは醒めなかった。それが、今君がいることで和らいだ」


 リリナは言葉を失った。


 ユーヴェハイドの手を握ったまま、胸が苦しくて、温かくて、涙がこぼれる。

 静かな夜。

 眠る彼の頬に触れながら、リリナは小さく呟いた。


「……ユヴィ様。本当は、ずっと一緒にいたい」


 涙を拭いながら微笑む。


「……弱いところも、全部大好き」


 その小さな声は、眠る彼の心に――届いただろうか。

 届いてはいけない気もした。

 でも、きっともう遅い。

 ユーヴェハイドの指先は、離れない。


 まるで――


「お前を失う夢なんて、もう見たくない」


 そう訴えるように。

 静かに眠るユーヴェハイドの手を握ったまま、リリナはひとつ息を吸った。胸の奥が痛い。

 けれど、それでも言わなきゃいけない。


 今しか言えないことがある。


「……ルーク様」


 ルークは静かに視線だけを向けた。

 眠るユーヴェハイドを邪魔しないよう、息すら音を立てないほど静かに。

 そんなルークに対して、リリナは唇を噛み、震える声で続けた。


「……あなたは、死ぬんです。少し先の未来で」


 その瞬間。

 空気が、変わった。


 部屋の温度が一度下がったような錯覚。

 まるで世界から音が失われたような、異質な沈黙。


 ルークは瞬きもしない。

 そして――ゆっくりと笑った。

 興味深いものを見つけた学者のような、愉快そうな笑み。


「やはりそうか。……それを、君がどうして知っている?」


 声は淡々としているのに、底知れない圧があった。

 リリナの背筋が冷たくなる。

 ルークは軽く指先を動かす。


 すると空間が揺らぎ、淡い魔法陣が浮かび上がった。

 それは魔法ではない。


 ――世界の構造そのもの。


「ひとつ聞こう。リリナ・グレイランジュ」


 ルークの声は穏やかだが、逃げ場を与えない。


「それは君の元いた世界――“ゲーム”の情報ではない」


 リリナの心臓が跳ねた。

 ルークは続ける。


「君が知っている物語では、俺は“消える”ことになっていない。俺はただ“舞台から降りる”。プレイヤーから見えなくなるだけだ」


 それは――そうだった。

 ゲーム内では「魔塔主・ルーク」は途中で登場しなくなる。

 でも“死”とは明言されていなかった。


 それなのに。

 リリナは確かに知っている。


 ――ルークは死ぬ。

 それも物語の裏側で、ひっそりと。


 リリナは唇を震わせる。


「わたし……夢で……見た?……え……?なに、これ、記憶が、」


 ルークは首を横に振った。


「違う。“夢”ではない。」


 その瞳は人間では辿りつけない場所を見ている。


「君は“未来”を視た。この世界が本来向かうはずだった――失われたルートを。あの日、失われたはずのこの世界の全てを見たんだ」


「失われた……?」


「そう」


 淡く笑いながら、ルークはユーヴェハイドを一瞬だけ見た。


「世界が狂った」


 リリナの胸がぞくりと震えた。


「本来、この世界には“転生者”が干渉する余地はない。プレイヤーに見える物語は、その表層でしかない」


 ルークはゆっくりとリリナに視線を戻す。

 その瞳は――底なしの深淵だった。


「だが、君が来たことで――世界は歪んだ」


 リリナは息を呑む。


「君は元いた世界で、ゲームとしてこの世界を知った。そして突然隣国メルモンドにより聖女召喚の儀式が行われたが、何らかの要因でヴァレンディエル帝国側、悪役令嬢『リリナ・グレイランジュ』に転生した。ここまでは君の認識と合っているな?」


「は、はい……」


「そもそも、その原作ゲームがこの世界と違うものだったとしたらどうなる?」


 ルークの言葉に、リリナは強い衝撃を受けて、口を開けない。

 か細く息が漏れる。


 手や足が、じくじくと震える。


「君はここに来てから、一度でもヒロインの名を耳にしたか?リリナ・グレイランジュが悪役としての素行をしていたと耳にしたか?」


 リリナの喉が震える。

 答えようとしても、声が出ない。

 ルークはそんなリリナを観察するように、淡々と続けた。


「答えなくていい。君の表情でもう足りている」


 静かだけれど、逃げ道を塞ぐような声だった。


「そう――君の知る物語は“正しいもの”ではなかった」


 リリナの視界が揺れる。


(違う……違うの……?じゃあ私は……何を信じてここに……?)


 ルークは空中に浮かぶ魔法陣に触れる。

 すると線が解け、世界の断片――景色、人々の表情、血、手紙、涙が流れる映像として宙に散った。


 その中に――見覚えのある顔が映る。


 金のカールヘア。甘い笑み。

 原作ヒロイン――《アリア・ローゼンメシア》


 だがその瞳は、ゲームで見た慈愛の光ではなかった。


 ――冷たい。

 ――獣のような光。


 ルークの声が低く落ちる。


「本当のヒロインは君だ。リリナ」


 鼓動が止まった。


「リリナ・グレイランジュ。この世界の運命に選ばれた唯一の少女。本来、聖女として世界を救う役目を持っていた者」


 リリナはゆっくり首を横に振る。


「……だって……原作では……わたしは悪役で……」


「違う」


 ルークは初めて、感情を含んだ声で遮った。


「俺は、君を知っていた。何度俺の記憶が書き換えられようと、君の光が俺を俺のままでいさせた。しかし俺は、何度も世界を修復する為に、偽りの先に触れ続け、歪みきってしまった。だから消える。君が俺を死ぬと知っていたのは、世界そのものが君に助けを求めていたのかもしれないな。俺が消えた時が、更なる歪みの始まりだ」


 リリナの胸が締め付けられる。

 そして――ルークは告げた。


「君が知る“ヒロイン”――アリアこそ、悪役だった」


 空気が震える。


「彼女は悪魔と契約し、世界の核である俺を奪った。本来のヒロインである君を殺し、この世界から魂ごと追放した。ユーヴェハイドが魔王化したことで世界が崩壊し、アリアは破壊の王となった。俺はね、リリナ。君がまた、俺の前に現れる今日を待っていたんだ」


 リリナの心臓が軋む。


(追放……魂ごと……。じゃあ――)


 ルークは静かに言葉を重ねた。


「君が生きていた元の世界は、幽閉された魂が逃げ込んだ“仮初めの世界”。そして君は――その世界で偶然、“歪んだこの世界の物語”を描いたゲームと出会った。運命の名のもとに」


 リリナは息を飲む。

 あのゲームはただの娯楽じゃなかった。

 ――この世界の断片。

 ――改竄された記憶。


 ルークは淡く笑う。


「君はそれを手にした瞬間から、この世界に導かれていた。運命に呼ばれ、自分の役割を取り戻すために」


 そして、手を握られたまま眠るユーヴェハイドへ視線を落とす。


「彼が本能で君を離さないのは――君が“運命の相手”だからだ」


 リリナの瞳が揺れた。


(……運命……?)


 ルークの声は静かに、決定的な真実を落とした。


「この世界の物語は君から始まり、君で終わる。リリナ・グレイランジュ。俺は、また君と会える日を待っていた」


 その言葉が落ちた瞬間――

 ユーヴェハイドの長い睫毛が震えた。


 握られた手に、また力がこめられる。


 そして――


「……リリナ……」


 眠っているはずの彼の唇が、確かに、彼女の名を呼んだ。


 震える声で。

 願うように。

 縋るように。


 今にも泣き出しそうな声で――。


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