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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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18 誰の手を取る

 

『推しは俺だけにして』


 ユーヴェハイドの低い声が部屋の静寂に落ちる。

 その声音には嫉妬と独占と、不安すら滲んでいた。


 リリナは胸がぎゅっと締め付けられる。

 ――こんな顔させたくない。

 なのに、距離が近すぎるから余計に苦しくなる。


「……ご、ごめんなさ……」


 そう言いかけた瞬間。

 部屋の空気が――変わった。


 風も無いのに、カーテンがゆっくり揺れる。

 魔力が空間ごと軋ませるように波打ち、まるで部屋そのものが息を止めたかのような静寂。


 ユーヴェハイドの表情が一瞬で冷える。

 腕の中のリリナを庇うように抱き寄せ、背後へと引き寄せた。


「……勝手に入ってくるな。ノックぐらい覚えろ、化石野郎」


「化石とは失礼だな、それにノックはした。お前が俺の魔力の揺れを無視しただけだ」


 声は柔らかく、どこか気だるげ。

 だが響くだけで、魔力が皮膚を刺すように鋭い。


 ユーヴェハイドの部屋の空間が音もなく裂け――そこから男が一歩、部屋へ現れる。


 長く伸ばされた淡い光のような金の髪。

 瞳は深い蒼の奥に星が沈むような、不自然な美しさ。


 人間の形をしている。

 けれど――存在そのものが、世界のルールの外側にあるような感じがあった。


 見た目は青年。

 だが纏う気配は、積み重ねた年が滲み出す静寂と圧。


 まるでこの世界を創った神が、退屈しのぎに人間の骨格を借りて歩いているようだった。


 リリナの心臓が跳ねる。


(ルーク様だ……っ……画面越しで見た雰囲気そのまま……やば……)


 ゲーム内では穏やかで温厚、しかし“真ルートの核”。

 攻略対象たちですら恐れる、世界に最も近い男。


 ――魔塔主 ルーク・エルデュース。


 彼は部屋を一瞥し、リリナを見つけ、淡く笑った。


「こんにちは、リリナ。初めて会うのに懐かしさがあるね」


 その声だけで、背筋が震えた。

 ユーヴェハイドは苛立ちを隠さず、ルークの前に立つ。


「リリナの名前を気安く呼ぶな。用件を言え。お前の存在は目障りだ」


「安心しろ。奪いに来たんじゃない」


 ルークは微笑む。

 穏やかな表情――なのに、部屋の温度が数度下がった気がした。


「ただ」


 視線がリリナに向く。


「リリナが俺に会いたいと言っていたと、聞いたから」


「……!!」


 リリナの脳内は真っ白。

 ユーヴェハイドの背中越しでも伝わるほど、空気が震える。

 ユーヴェハイドの声は今にも殺気へ変わりそうなほど低い。


「……誰から聞いた」


「君だよ、ユーヴェハイド」


 ルークが笑う。

 その瞳の動き一つで、世界が言葉を飲むような圧を持つ。


「君の魔力は漏れやすい。感情が暴れると世界に影響する。……だから気づいた。リリナが“俺の名前を言った”って」


 ユーヴェハイドは笑う。

 ――笑っているのに、とても笑っていない。


「死ね」


「本気で死ねと言われたのは久しぶりだ。嬉しいな」


 リリナは、震えた声で小さく手を挙げた。


「え、えっと……あの……すみません……私、ただ……」


 二人の視線が一斉に向く。


(ひいいいいいいいい!!!!)


「え、えっと……その……会えたら……嬉しいなって……思っただけで……!」


 ぽそっと言うと。

 ルークの笑みが柔らかくほどける。


「そう、じゃあ――少し話そうか。リリナ」


 ユーヴェハイドの腕が、ギュッと強くなる。

 低く、独占欲の滲む声で。


「……駄目だ。リリナは渡さない」


 ルークの瞳が細まり、楽しげに輝いた。


「面白い。じゃあ――リリナに選んでもらおう」


 リリナの心臓が跳ねた。


「俺と話すのか。それとも――ユーヴェハイドの腕の中に留まるのか」


 室内の空気が刺すように張り詰める。

 逃げ場はない。

 どちらの名を呼ぶかで、未来が変わる。

 そして二人は――同時にリリナを見つめる。


「さあ、リリナ。選んで。俺か、ユーヴェハイドか」


 リリナはぎゅっと手を握りしめ、息を整えた。


 ユーヴェハイドの腕の力は強い。

 でも、逃げたいんじゃない。

 ただ――ルークと話さなければいけない。


 この世界で生き残るために。


「……ユヴィ様」


 そっと見上げて呼ぶ。

 ユーヴェハイドは眉を寄せたまま、視線だけで応える。

 リリナは躊躇いながらも言った。


「……ルーク様と……少しだけ、二人でお話がしたいんです」


 その瞬間、腕の力がさらに強くなる。


「――駄目だ」


 食い気味の拒絶。

 リリナは困って、言葉を探す。


「違うんです……ほんとに、必要な話なんです……!」


「リリナが俺から離れる理由が“必要”なら、余計に嫌だ。必要ならなおさら、俺が聞く」


 その声は怒っているというより――失なうことに怯えている。

 触れれば割れそうなほど繊細な独占。

 胸がぎゅっと温かくなる。

 だけど。それでも話さなければならない。


 リリナは勇気を振り絞った。


「……ユヴィ様……お願いです。邪魔じゃなくて、これは……私のためなんです」


 ユーヴェハイドの瞳が揺れる。

 怒りでも嫉妬でもなく――傷ついた色。


「……俺じゃ、駄目なのか」


 その言葉が刺さる。

 胸が苦しくて、泣きそうで。


「違います……!そうじゃなくて……ユヴィ様には、言えないことなんです……!」


 その瞬間、ユーヴェハイドの表情から感情が静かに抜け落ちた。冷たい仮面がすっと降りる。


「――なおさら駄目だ」


 リリナの手が震えた。


(そりゃそうなる……わかってた……でも……)


 どうしても聞かなきゃいけない。

 きっと、ルークなら何かしっている。

 この世界の“崩壊トリガー”について。

 自分の存在理由について。


 だから――リリナはルークを見た。

 その一瞬でルークは悟ったらしい。


 ふっと、指先を軽く鳴らす。

 すると、ユーヴェハイドの身体がぴくりと震えた。


「……おい……何を……」


 ルークは穏やかに笑いながら言う。


「安心しろ。眠ってもらうだけだ。害は無い。嫉妬が限界突破しそうだったからね。世界が揺れる前に止める」


 ユーヴェハイドは抵抗しようと動くが、膝から力が抜け、視界がゆらぐ。


「……リリナ……離れるな……」


 最後まで、弱く縋る声だった。

 リリナはとっさに腕を伸ばし、崩れ落ちる身体を抱きしめた。


「大丈夫……大丈夫です……ユヴィ様……」


 ユーヴェハイドは眠りに落ちた。


 そのままベッドに寝かせ、毛布をかけるリリナを見ながら、ルークはぽつりと呟く。


「君、予想以上に“世界の核”から好かれてるね。面白い」


 リリナは振り返る。

 瞳に覚悟を宿して。


「……ルーク様。聞きたいことがあるんです」


 ルークは静かに微笑んだ。


「なら――始めようか。この世界の真実についての話を」


 空気が変わる。

 温度も、音も、匂いすら変わった気がした。



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