表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/28

15 甘くきつく縛られる

 

 庭園の奥へと進むほど、人の気配は薄れ、風の音と花の香りだけが残った。

 まるで世界から切り離されたような静寂の中、ユーヴェハイドは歩みを緩め、リリナの横顔を見た。


「……だが、どうして散歩に?」


 問いはふと零れたもので、疑いではない。

 ただ――彼女の意図を知りたかった。


「俺はリリナの望むことなら、どこへだって行く。たとえ……うるさい女が多い街に降りるのだって構わない」


 さらりと口にしたが、その言葉に含まれた本音は重い。

 もしリリナが望むなら、彼はこの国の規則を曲げ、街でも市場でも護衛を引き連れて行くだろう。

 もちろん、彼女が望むなら護衛さえ連れず、二人きりでも良い。

 それがどれほど面倒でも、煩雑でも。


 だが――


 リリナは、ぽかんとしたようにユーヴェハイドを見上げて言った。


「それだと……ユヴィ様が疲れちゃうでしょう?」


「…………俺が?」


 完全に予想外の言葉だった。

 リリナは困ったように微笑み、続ける。


「ここ数日、ユヴィ様、ずっとお仕事忙しそうでしたから……。少しでも外に出たらいい気分転換になるかなって思って」


 ユーヴェハイドはしばらく言葉を失った。

 心臓を不意に掴まれたような、妙に息苦しい感覚。


 ――違う。

 ユーヴェハイドが聞いたのは「リリナの望み」だ。

 なのに返ってきたのは「ユーヴェハイドのため」。


 その事実が、胸の中に熱いものを落とした。


(……まただ)


 リリナと出会ってから、この短期間で何度目だろう。

 計算も取り繕いもなく向けられる好意に、こんなにも簡単に心が揺れるのは。


 悔しい。


 “落とす”と言ったのはユーヴェハイド。

 余裕を持って彼女を翻弄するつもりだった。


 ――なのに。


 気づけば振り回されているのはユーヴェハイドばかり。

 リリナが口にする、あの理解不能な言葉――『推し』。


 分かっているようで分からない。

「好き」とは違うらしい。

 崇拝に近いようで、でも距離感は近い。

 なのに、彼女はそれをユーヴェハイドに向けるたび、悪びれもなく笑って言う。


『ユヴィ様は……わたしの推しなんです』


(……本当に意味が分からない)


 推しなら抱き締めたい。

 推しなら手を繋ぎたい。

 推しなら俺だけを見てくれなければ嫌だ。


 だがそれを口にしたら、きっと彼女は困った顔をする。


 ――それが、ユーヴェハイドにとって、なおさら腹立たしい。


 ✼ ✼ ✼


 黙り込んだユーヴェハイドに、リリナは不安そうに瞬く。


「……だ、だめでしたか……?」


「いや」


 ユーヴェハイドは短く答え、リリナの肩を抱き寄せた。

 近すぎる距離。

 けれど離すつもりなど最初からなかった。


「……嬉しい」


 その言葉は、息より小さく、けれど確かに。

 リリナの目がわずかに丸くなる。


「ユヴィ様が……?」


「ああ」


 ユーヴェハイドはリリナの頬に指を添え、目を離さず告げた。


「俺のために望んでくれることが――こんなにも心地いいとは思わなかった」


 そして、わずかに息を吐く。


「……だが同時に腹立たしい」


「えっ……な、なんで……!?」


 リリナが慌てるのを見て、ユーヴェハイドは微かに笑った。

 氷の皇太子のはずのその表情は、柔らかく、熱を帯びている。


「俺だけが、お前を追いかけているようだ」


「……え?」


 リリナは理解できず瞬く。

 だがユーヴェハイドは視線を逸らさない。


「次は――お前がお前の望みを言え」


 指先が、リリナの指を絡め、強く繋ぎ直す。


「俺ばかり好きになるのは、不公平だろう?」


 リリナの心臓が跳ねた。

 その声音は――挑むようで、恋を乞うようで。

 そして、独占欲に満ちていた。


「私も、ユヴィ様は大好きな推しですよ!」


 ユーヴェハイドの言葉の意味や、リリナに対する好意に気付いていないのか、そう言ってのけるリリナに、頭を抱えるユーヴェハイド。


 彼女の壁を壊すことが出来る日は、いつかやってくるだろうか。


「婚約者という地位にいて、欲のひとつも言って貰えないとはな」


 リリナはぽかんとしたまま瞬きを繰り返した。

 対してユーヴェハイドは片手で額を押さえ、深く長い息を吐く。


「……俺は、何をしているんだろうな」


 低く漏らされた声は、自嘲に近い。

 リリナは恐る恐る問いかける。


「ゆ、ユヴィ様……?」


 ユーヴェハイドはゆっくりと手を下ろし、そのままリリナを真正面から見た。

 視線は真っ直ぐで、逃げ場がない。


「……誰にも触れさせたくなくて、有無を言わさず皇太子である俺の婚約者にしたのは、自分の意思だというのにな」


 淡々とした声音。

 だがそこには、抑え込んだ熱が潜んでいる。


「お前が、まだ俺を“推し”としてしか見ていないのが――腹立たしい」


 リリナの肩がびくっと跳ねる。


「……えっ……そ、そんな……!推しって、とっても大事で……尊くて……人生に必要で……!!」


 慌てて言葉を並べるリリナに、ユーヴェハイドは目を細めた。


「知っている。嫌というほど聞いた」


(あれほど真剣な顔で語れる人間は初めて見た)


 そんな表情。

 彼は一歩リリナに近づき、絡めた指をさらに深く結ぶ。


「だが――俺は“遠くから眺める存在”になる気はない」


 囁くような声。

 風に溶けるのではなく、リリナの胸に吸い込まれるような言葉。


「お前が言う“推し”ではなく、今お前の目の前にいる俺自身を見ろ」


 リリナの息が止まる。

 ユーヴェハイドの指先が、そっと彼女の頬に触れた。


 熱い。

 そして優しい。


「俺は、お前を得るために動いた」

「……」

「奪ったし、囲ったし、逃げられないよう立場さえ縛った」


 言葉は冷たいのに。

 瞳は、ひどく苦しそうだった。


「――それでも、お前はまだ俺に恋をくれないのか?」


 静寂が落ちる。

 庭園の花が風に揺れる音だけが響く。

 リリナは胸の奥で何かがきゅっと締め付けられるのを感じた。


 逃げたいわけではない。

 嫌なわけでもない。


 ただ――怖かった。


「……わたし」


 言葉が震える。


「恋なんて、したことないんです」


 ユーヴェハイドの目がわずかに揺れる。

 リリナは続けた。


「推しは……失っても、その人が幸せなら良いって思える存在なんです。でも恋は……違うって」


 目を伏せ、小さく息を吸う。


「恋は、欲張りで……怖くて……届かないと苦しくて……」


 そして――


「もし……ユヴィ様に恋をしてしまったら――わたし、きっと壊れちゃう」


 その言葉を聞いた瞬間。

 ユーヴェハイドの表情が変わった。

 ゆっくりと微笑む。

 冷たく、美しく、獲物を追い詰めた捕食者のように。


「――それでいい」


 リリナは目を見開く。


 ユーヴェハイドはリリナの頬を包み込み、落とすように囁いた。


「壊れるなら、俺の手の中で壊れろ」


 逃げられない距離。

 息すら奪う声音。


「それなら――どれほどでも甘くしてやる」


 唇が、触れそうで触れない距離まで近づく。


「お前が恋を理解するその瞬間まで、俺が全部奪う」


 指先に力がこもる。


「――推しじゃなく、この俺を好きにさせる」


 それは宣告だった。

 契約より強く、逃げ道のない未来。

 リリナは言葉を失い、ただ見つめ返すことしかできなかった。

 ユーヴェハイドは満足げに微笑み、そっと額に触れた唇を落とす。


「覚悟しておけ、リリナ」


 氷の皇太子の声が、甘く響く。


「次は、お前の番だ」


 そして――


「俺に恋をしろ」


 その言葉は、命令であり、願いであり――

 ふたりを縛る、甘い運命の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ