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転生記念に冷酷皇太子に告白したら、溺愛ルート開放されました  作者: 雨宮麗


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12 離れられなくなる

 

 侍女たちに連れられて湯浴みに行き、すっきりした気分で部屋に戻ってきても、部屋にユーヴェハイドの姿はまだなかった。

 リリナは就寝の準備を整え、部屋を出ていくセレナに声をかける。


「ユーヴェハイド様は、もうお戻りになったのでしょうか?」


 セレナは少し眉をひそめ、ため息交じりに答える。


「王都から少し離れた場所で、違法な会合が開かれているという密告が入り、騎士団が緊急で向かったのです。殿下は今夜中にはお戻りにならないかと……」


 そう言われたことで、広い部屋に一人残されたことを、リリナは初めて強く意識した。

 セレナが静かに出て行くと、なおさら寂しさが胸に重くのしかかる。

 この世界で、自分のことを心から大事にしてくれる存在は限られている。

 元いた世界の記憶は霞んでいて、戻りたいと思うことも少なかった。

 それでも、今は、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような寂しさが広がる。

 短い時間であっても、ユーヴェハイドが自分を十分すぎるほど大事にしてくれたことを思い返すと、その寂しさはなおさら募った。


(いけない、このままじゃ本当に……欲張りになってしまう)


 部屋の中は、さすがユーヴェハイドというべきか、装飾は最小限で、寂しさを紛らわせるものは何もない。

 リリナはベッドから立ち上がり、先ほどまで座っていたソファのクッションをベッドまで持っていくと、それを抱き枕代わりにしてみた。

 しかしそこには、かすかにユーヴェハイドの香りが残っており、逆に胸の奥の孤独感を深めるばかりだった。

 結局、眠れそうにない。

 そこでリリナはふとした考えに辿り着く。


「ユヴィ様がいない今だからこそ、できることがあるじゃない!」


 そう言うと、リリナは早速ベッドの上に座り込んでうんうんと唸り始める。

 すると、すぐにリリナの元に何も無い空間からノートとペンが落ちてきた。

 この能力に気付いたのは転生してすぐのこと。

 この力――物を意図的に出現させる能力――は、リリナが転生した直後から持っていたものだった。

 まだ大きなものは試していないが、身の回りの物程度なら、頭の中で強く願うだけでどこからともなく作り出すことができる。

 ノートには、忘れないように原作の知識を必要なだけ書き記していく。

 原作のヒロインのこと、魔法のこと、転移魔法の扱い方……もしもの時のために、自分も他の魔法を覚えておこうと考えた。

 気付かれない程度に練習をしてみると、リリナは無理なく魔法を使えてしまった。

 それを実感した瞬間、リリナは思わず目を見開く。


(……あれ?私天才?)


 原作のリリナに、ここまでの力は無かった。

 しかし今は、どんな属性の魔法も自然に使える――転生によって、リリナ自身の力も変わっているのだ。

 そのとき、リリナは気付いた。


(変わるのは、ユーヴェハイド様だけじゃない……私も、この世界で変わっていくんだ……)


 リリナは部屋の中で魔法練習に熱中した。

 危険を避けるため、部屋には自分で結界を張り、魔法の力を存分に試せる空間を作り出したのだ。

 火の玉を浮かべ、風を巻き起こし、光を操る――

 制限なく自由に魔法を使えることは、誰にも知られてはいけない。

 もし外に漏れれば、大変なことになるだろう。

 そして、それはユーヴェハイドにまで迷惑をかけることになる。

 リリナは結界の中で魔法を楽しみつつ、窓の外に目を向けた。

 すると、夜が明けかけていることに気がつく。


「わっ……もう、こんな時間……!」


 慌てて結界を解き、魔法の練習を一旦やめる。

 ベッドに戻り、布団にくるまるが、まだ帰らないユーヴェハイドのことが頭をよぎり、心配で眠れない。

 そんなとき、外からかすかな物音が聞こえた。

 リリナはそっと布団から顔を出し、廊下の方を覗く。

 すると、廊下の奥からユーヴェハイドが歩いてくるのが見えた。

 その姿に、リリナの顔はぱぁっと明るくなる。


「ユヴィ様……!」


 嬉しさで胸が高鳴る。しかし、その瞬間、リリナは目に飛び込んできたものに息を呑む。

 ユーヴェハイドの全身が血塗れだったのだ。


(……え……どうして……?)


 思考が一瞬止まり、混乱したリリナは、詳細を確認する間もなく反射的に部屋を飛び出してしまう。

 リリナは慌てて廊下に飛び出した。


「ユヴィ様……!」


 足が自然に前へ進む。心臓が胸を打つたび、恐怖と安堵が交錯する。

 血塗れの姿に、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。

 しかし、近づくにつれて匂いと血の色が、ただの返り血だと気づかせる。

 戦いの痕跡ではあるものの、ユーヴェハイド自身の体からではない――。


「……返り血……」


 リリナはほっと息をつき、胸の奥の緊張が少しだけほぐれた。

 ユーヴェハイドは少し疲れた顔で、しかし確かな威厳を失わずに歩いてくる。


「リリナ……心配かけたな」


 その声は低く、かすかに疲労を帯びている。

 リリナは一気に駆け寄り、自然と腕を彼の腰に回す。


「ユヴィ様……無事でよかった……!」


 抱きしめた瞬間、血塗れの衣服や手に触れるのをためらいながらも、リリナは安心感に包まれ、涙がじんわりと滲む。

 ユーヴェハイドは一瞬、驚いたように目を見開くが、すぐに肩をすくめ、苦笑した。


「……大丈夫だ。俺は無事だ」


 リリナは胸をなでおろし、ようやく深く息をついた。

 夜明け前の廊下には、二人だけの静かな時間が戻ってきた。

 ユーヴェハイドはリリナの腕が彼に触れた瞬間、ふと眉を寄せた。

 彼女の手が、異様なほど冷えていたからだ。


「……寝れなかったのか?」


 低く呟くと、その声音には微かな苛立ちが混じっている。

 怒りではない。

 自分がいない間に彼女が怯え、冷えていった時間に対する怒りだ。

 ユーヴェハイドは手をひらりと動かす。

 すると、彼の衣服にこびりついていた血が淡い光とともに剥がれ、空気に溶けていった。

 リリナの手についた血も一緒に、跡形もなく。


「……俺以外の血を、お前につけたままにしておく気はない」


 ぽつりと言った声音は淡々としているのに、どこか独占欲の色が滲んでいた。

 次の瞬間、リリナの視界がふっと浮いた。

 ユーヴェハイドが迷いなくリリナを抱き上げたのだ。


「えっ…!?ゆ、ユヴィ様!?歩けます、ほんとに!」


 慌てて手足をばたつかせようとしたが、彼の腕はそれを許さない。

 しっかりと、しかし優しく抱えられたまま、抵抗など意味を持たなかった。


「……その体温で、歩かせる気はない。落ち着け」


 静かな声。

 言葉に逆らえなくなる重みと安心が、同時に胸に染みる。

 部屋へと戻る廊下は、夜明けの光がわずかに射し込み始めていた。

 揺れる影が長く伸び、二人の距離をより近く感じさせる。

 ベッドまで来ると、ユーヴェハイドはリリナをゆっくりと降ろした。

 触れていた腕が離れていく瞬間、リリナの胸がきゅっとなる。

 ユーヴェハイドはそんな心の揺らぎに気づいたのか、ふいにリリナの額に指先を添えた。


「……魔力の流れが乱れている」


 淡々と言いながら、彼の指先から暖かい魔力が流れ込む。

 その力は穏やかで、まるで眠気を撫でるように柔らかかった。


「……魔力酔い?」


「っ……べ、別に……そんな……!」


 目を泳がせながら否定しようとしたが、言葉が続かない。

 自分でも気づいていなかった頭の重さや胸のむかつきが、指摘されて初めて自覚される。

 ユーヴェハイドの深い青の瞳が細くなる。


「……リリナ。何か、魔法を使ったか?」


 その問いは静かだった。責める色はない。

 ただ、真実を求める声音。

 リリナは一瞬だけ言葉につまる。


 結界。

 魔法の練習。

 制限なく使えた魔力――


(言えない……言ったら、きっと……)


 彼に迷惑をかける。

 そう思った瞬間、口が自然に動く。


「……ほんの、少し……です。眠れなくて、ただ……」


 語尾が弱く溶けていく。

 ユーヴェハイドはしばらくリリナを見つめ――そして、小さく息を吐いた。


「……そうか」


 それ以上、詮索はしなかった。

 理由を問わず、怒らず、ただ受け止めるように。

 その優しさが、胸にじわりと広がる。


 ユーヴェハイドはリリナの髪をそっと撫で、毛布を肩までかけ直す。


「もう寝ろ。俺はここにいる」


 その言葉は命令の形なのに、眠りへ誘う子守唄のように優しい。

 リリナは小さく瞬きをして――そこに宿る涙をこぼさないように、目を閉じた。


「……おかえりなさい、ユヴィ様」


 ふわりと漏れたその言葉に、彼はわずかに口元を緩める。


「……ただいま」


 夜明けの光の中、静かな安心だけが残り――

 リリナの意識はゆっくりと眠りへ落ちていった。

 リリナの呼吸がゆっくりと安定していくのを確認してから、ユーヴェハイドはベッドの横に腰を下ろした。

 寝顔のリリナは、ついさっきまでの寂しさの面影を残していた。

 震えは止まったが、指先はまだ少し冷たい。


 ユーヴェハイドはそっとその手を取り、自分の大きな掌で包み込んだ。

 魔力ではなく――ただ、自分の体温で温めるように。


(……本当に、俺の知らぬところで震えていたのか)


 胸が軋むように痛んだ。

 遠征も戦場も、夜の処理も、血の匂いも慣れきっていた。

 だが――


 ただ一人、帰る場所に人がいる。


 その状況だけは、彼の人生では初めてだった。


 リリナの寝息が、毛布の中で温かい空気を生む。

 その音が、なぜか心臓の鼓動より尊く思えた。

 ユーヴェハイドは、無意識に伸びた手で彼女の頬に触れる。

 柔らかい。

 細くて壊れそうで、それでいて、生きている温度がある。


 ――その温もりが、恐ろしくなるほど愛おしい。


(……お前のためなら、王都ひとつ焼き払うことも厭わない)


 それは比喩ではなく、ただの事実だった。

 彼はその力を持っている。

 使う理由も十分ある。


 けれど――それを悟られてはいけない。

 彼女は、怖がる。


 だから口には出さない。

 代わりに、言葉にはならない思いが溢れ出す。

 ユーヴェハイドはゆっくりと身を乗り出し、リリナの唇に触れる寸前で止まった。


(……だめだ)


 薄い唇がそこにあるだけで、呼吸が乱れそうになる。

 触れたら最後、留められる自信がなかった。

 代わりに――彼はほんのわずかに唇をずらし、リリナの口角、触れるか触れないかの位置にそっと口づけた。

 音ひとつない、小さな誓いのようなキス。

 その直後、自分でも驚くほど息が熱い。


(……これ以上ここにいたら、理性がもたない)


 ゆっくりと立ち上がり、剣を手に取る。

 刃を抜かずとも、柄を握るだけで心は落ち着いていく。

 いつだって、自分の精神を保つ支えは静かな鍛錬だった。

 ふと、視線が眠るリリナに戻る。

 その小さな身体が毛布に埋もれて眠っている。


(もし――お前が俺から離れたいと望んだら)


 喉の奥が焼けるように熱くなる。


(俺は――どうなる?)


 答えはもう、何度も胸の奥で響いていた。

 手放せるわけがない。

 それならばせめて、彼女が怯えない方法で縛らなければならない。


「……まだ俺は、未熟だな」


 低く呟くと、ユーヴェハイドは静かに部屋を後にした。

 扉が閉まる寸前、もう一度だけ振り返る。

 寝息。静寂。安心。

 そのすべてが、彼の帰る場所になっていた。

 そして――

 彼女が目覚めたとき、隣に自分がいられるように。


 そのために、剣を握る理由が一つ増えた。


 庭園に出ると空はすでに薄く明るい。

 冷たい朝の風を胸いっぱいに吸い込み、剣を抜く。

 そして、心に巣食う恐怖を振り払うように、静かに構えた。

 金属が太陽に反射する。

 剣が振り下ろされ、庭の静寂が鋭く裂けた。

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