13.五周目
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「ルナリー様!!」
エヴァンダーに差し出される手。ルナリーは包まれるように支えられ、転倒を免れた。
ハッとして顔を上げると、心配そうな顔でエヴァンダーに見つめられている。
懐かしい、エヴァンダー。
大好きな、ひと。
「エヴァン様……久しぶり……っ」
口が、勝手にそんな言葉を紡いでいた。
温かな腕の中。とくんとくんと刻まれる鼓動。
エヴァンダーが生きている。操られてもいない。
そう思うだけで、涙が溢れてくる。
「ルナリー様? どうなさったのですか?」
「ルー、時間がない……」
首を傾げるエヴァンダーと、眉根を寄せているアルトゥール。
急がなければならないとはわかっているが、また死なせるのかと思うと、ギリギリまでこうしていたかった。
涙を拭きながら離れると、手になにかが握られているのに気づく。
あの時、エヴァンダーからもらった小瓶だ。ぎゅっと握り締めていたため、一緒に時空を超えて来たのだろう。
「それは?」
エヴァンダーに問われるも、ルナリーは首を横に振った。
「なんでもないの」
これが何なのかは、ルナリーにもわからない。でも今、そんなことを細かに説明している暇はないのだ。
ルナリーは小瓶をポケットに仕舞うと、エヴァンダーを見上げた。
三周目と同じような会話で、エヴァンダーを自殺に追い込まなくてはならない。
そう思うと、心臓が潰されそうなほどギュッと胸が痛む。
「イーヴァ、とにかく話を聞いてくれ」
アルトゥールが、白湯を用意しながらそう言った。
煌めく星空の下で、焚き火を囲む。
これからエヴァンダーを自殺に追い込まなければいけないのだと思うと、白湯は喉を通っていかなかった。
ルナリーとアルトゥールは、二周目までの出来事を話す。それでエヴァンダーは日付が変わるまでに自分が死ねばどうにかなると、気づいてくれるはずだ。
「ルナリー様、今のご寿命はわかりますか」
「え? ええっと……」
今の実際の寿命は、三十一歳だ。
だが二周目が終わった前提で話しているので、二周分の寿命を追加する。
「四十……九歳……かな」
少しどもりながらそう言って、その後もなるべく当時のように会話を進めた。
するとやはりエヴァンダーは。
「私が死にましょうか」
まるでお遣いにでも行くような素振りで簡単に自決の言葉を発する。
前回は、なにを言っているのかとアルトゥールと二人で止めた場面だ。
しかし今回は止めなかった。止めてはいけなかったから。
だからといって『そうしてほしい』とも言えず、ルナリーもアルトゥールも言葉を繋げられない。
そんな様子を見ていたエヴァンダーは、薄く笑っていた。
「なるほど」
なにがなるほどなのか。
エヴァンダーは立ち上がると、懐中時計の蓋を開けて確認している。
「説明が駆け足だなとは思いました。まだ、時間は少しあるようですね」
「エヴァン様……」
「おそらく、私に言えない……伝えきれないほどのことがあるんでしょう。でなければ、私が死ぬと言えば、普通はルナリー様もアルも止めるはず。それをしないのは、今話した以上の体験をしていて、この手段しかないと考えたから……違いますか?」
言葉が出てこない。こくりと頷くこともできない。
すでにエヴァンダーは、自分が自決すべきだと理解している。
「おそらく、合っているでしょう? 二周目が終わった時点であれば、ルナリー様が『久しぶり』というのはおかしな話ですから……どうか今の本当の寿命だけ、教えてくださいませんか」
そう問われて、ルナリーは三十一歳の寿命だということを絞り出して伝える。
もう一度使えば二十二歳にまで減ってしまうのだ。
もしかしたら、前回のように国を捨てて逃げろと提案されてしまうかもしれない。
そう思っていると、エヴァンダーはアルトゥールに目を向けた。
「アルも、もう一度巻き戻るべきという結論なんですね」
翡翠の瞳を向けられたアルトゥールは立ち上がり、強く首肯する。
「ああ。そうすることを俺たちは選んだ。魔女を倒すには、この方法しかない」
「アルが言うのなら、その通りなんでしょう」
エヴァンダーはそう言うと、キンッと獣解体用の短剣を引き抜いた。
ギラリと光る銀色の刃。
自決など、そう簡単にできるものじゃない。それを無理にさせてしまうと思うと、ルナリーの胸は張り裂けそうになる。
「ごめ、なさ……エヴァン様……っ」
「なにも謝ることはありません。この命、ルナリー様が望まれるのならば、いくらでも差し出す覚悟はありますから」
「そん……」
「すみませんが、後ろを向いていてもらえますか。お見苦しい姿を見せてしまうかもしれませんので」
うっすらと笑うエヴァンダー。
いつもなにかを言いたいと思いながら、結局はなにも言葉にできない。
こんな時に人は、なんと声を掛ければいいというのか。
「……ルー」
アルトゥールに促されて、ルナリーは振り切るようにエヴァンダーから背を向けた。
「アル。私が時間内に死ねなければ、アルがとどめをお願いします」
「ああ……わかった。すまねぇ、イーヴァ……お前にばっかり……」
「私には記憶がないので、気にしないことです」
アルトゥールが一歩下がり、ルナリーの隣に来てくれた。
ルナリーはエヴァンダーに背を向けて。アルトゥールはエヴァンダーの方を向いたまま立っている。
今からエヴァンダーが自決をするのかと思うと、怖くて怖くてアルトゥールの手をギュッと握った。
エヴァンダーの衣擦れの音がする。
漏れ出る息ははぁはぁという細く短いものだけで。
苦悶の声など、ただのひとつも聞こえない。
なのに底冷えするような恐怖だけは襲ってきて、気が狂いそうだ。
自分の息や心臓の方がうるさくて。
息苦しさからアルトゥールの手を強く握ると、痛いくらいに握り返された。
やがてドサリと倒れる音がして。
ヒューヒューという音が小さくなり……消えていった。
「あ……アル、様……」
「ルー……終わった」
終わった。それは、エヴァンダーが息を引き取ったということ。
だけど実感なんて湧かない。苦しむ声なんて、ひとつも聞こえなかったのだから。
「イーヴァは……立派に、自決しました……っ」
宣言するアルトゥールの声は震えていて。
隣を見上げると、アルトゥールは大粒の涙を滝のように流していた。
「アル様……」
そう言いながらアルトゥールの手を離し、こわごわとエヴァンダーのいる方へと目を向ける。
横向きに倒れているエヴァンダーの左胸には、短剣が奥深くまで突き刺さっていた。
「……エヴァン……様……っ」
瞳は瞑られていて。顔は苦悶の表情を残さずに逝っている。
どれだけ高潔な騎士なのか。どうしてこんなことができるのだろうか。
ルナリーはよろよろとエヴァンダーのそばまで近寄ると、その美しい顔に手を置いた。
開かぬ目を見ると、彼が自決をした実感が湧いてきて。
胸の奥底から、いろんな感情が巻き起こる。
「もう二度と……二度と、エヴァン様を死なせたりしない……絶対に……!」
決意表明をする声は、情けなくも震えていた。
滂沱と流れる涙は、とどまるところを知らずにエヴァンダーを濡らし続ける。
「ルー……」
アルトゥールも滝のような涙を流し続けていて。
一緒に旅して五年だが、こんなにも泣く彼を見るのは初めてだった。
「よく、耐えたな……っ」
アルトゥールは自分がつらい時でさえも、ルナリーの気持ちを慮って抱きしめてくれる。
その腕の中で、ルナリーはエヴァンダーにもらった小瓶をぐっと握りしめた。
「う、あ……、ああああっ!!!! もう、こんなのはいや……いやぁ!!」
「ああ……こんな思いは二度としねぇ……!! させねぇ……!!」
「あああ、ああああああーーーーーーーッ!!!!!」
ルナリーがアルトゥールの腕の中で叫んだ瞬間、赤いネックレスは閃光を放っていた。




