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12/29昼の日間総合ランキングで3位に、12/29夜と12/30朝には2位に入っていました。
読んでくださり応援してくださっている皆様、どうもありがとうございますm(_ _)m
和やかになった空気の中で、二人は微笑みを交わすと、メイナードは改めてフィリアを見つめた。
「さっきは僕の話ばかりを聞いてもらったが、今度は君の話を聞かせてもらえないかな? それから、君がこの家で気になることがあるのなら、何でも言って欲しい」
フィリアはメイナードの優しさと誠実さを感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「改めてお話ししようとすると、何から話せばよいものかと考えてしまいますが、そうですね。……先程、少し私の仕事の話をいたしましたので、そこからご説明させていただいても?」
「ああ、是非聞かせて欲しい」
頷いたメイナードに向かって、フィリアは続けた。
「私の勤務先は、王城にある魔物に関する研究所です。魔物の特性や弱点、また襲われた場合にどのような処置が最善かといった分野の研究が主な仕事の内容です」
メイナードは感心したように頷いた。
「研究所の報告書にはいつも助けられていたよ。君はあの場所で働いていたんだね、知らなかったな」
「ええ。考えてみれば、今まで実家でお会いする機会はあっても、それほどお話しする時間はありませんでしたものね」
姉のアンジェリカと一緒にメイナードがフィリアの実家を訪れていた時も、フィリアが彼と話していると、大抵は不機嫌そうな姉にすぐに会話を遮られてしまっていた。彼女の仕事の話も、メイナードとの会話に登場する機会もなかったのだ。
彼は興味深そうに、フィリアに向かって瞳を輝かせた。
「あの研究所の報告書は、非常に質が高い。魔術師団や騎士団の仕事を陰で支えてくれているのは、君たちだよ。あの仕事に就けるのは、ほんの一握りの優秀な者だけだと耳にしていたが、君はやはり聡明な女性だね」
「いえ、そんなことは。それに、私には姉のような魔力はありませんでしたので、文官を志すほかなかったのです」
メイナードは温かな瞳でフィリアを見つめた。
「謙遜することはないよ。君は努力して、自分の道を切り拓いたのだから。以前に少し君と話した時にも、君は遠慮がちではあったが、その知識の豊富さや言葉の選び方に、頭の回転の速い女性だなという印象があったんだ」
フィリアは頬に熱が集まるのを感じながら、メイナードに向かってはにかむように微笑んだ。
「私は、それほど褒めていただけるような人間ではありませんが、ただ、研究職の仕事は肌に合ってはいたようです。それに、地道に集めた情報や、過去の書物を紐解いた結果が、実際に魔物と戦っていらっしゃる方々に役立てていただけるのは、嬉しいことでしたから」
「ああ、本当に助かっていたよ」
柔らかな表情で頷いたメイナードを、フィリアは真剣な瞳で見つめた。
「メイナード様に掛けられている呪詛に近い種類と思われるものは、古い文献で見掛けたことがあります。当時は、近年の事案としては耳にしていなかったこともあり、踏み込んで調べはしませんでしたが、歴史上に例があるものならば、解決策も残されているはずです。必ず見付けてまいりますから、ご安心くださいね」
「ありがとう、フィリア」
フィリアは、メイナードの瞳に希望が宿っているのを見て、胸の中で小さく安堵の息を吐いていた。彼女がきっぱりとした口調で、メイナードを助ける方法を見付けると約束したことには、一つの狙いがあったからだ。
(メイナード様は、ご存知かわからないけれど。このように特殊な呪詛の類は、心を衰弱させることによって、身体までも蝕んでいくものが多かったはず。彼に気持ちを強く持っていただければ、きっと、あの症状の進行を食い止めることにも繋がるはずだわ)
それに、フィリアは彼に告げた通り、絶対に彼を助ける方法を見付けると心に誓ってもいた。
ようやく瞳に光が戻って来た様子ではあるものの、メイナードのやつれた様子を改めて見つめたフィリアは、彼の手に包まれているのとは逆の左手を小さく握り締めた。
「ただ、私は、メイナード様の呪詛を解くための知識を手に入れる手筈を整えたら、研究職は辞すつもりでいます」
「……それは、どうしてだい? せっかく、やりがいのある職に就いているというのに」
メイナードの視線を受けて、彼女は再び口を開いた。
「メイナード様のお側についていたいからです。徐々にお身体は快方に向かっていくとは思いますが、今の貴方様のご様子を見る限り、お身体を動かすことも辛そうなご様子。私にできることがあるのなら、できる限りお側にいさせていただきたいのです」
「だが……」
困惑気味に眉を下げたメイナードとフィリアの耳に、馬車の車輪の音が窓の外から響いて来た。二人は思わず目を見合わせた。
「誰だろうな。君のほかには、来客の予定などなかったはずだが」
「そうなのですね? どなたがいらしたのでしょうか……」
フィリアは窓際に近付くと、ちょうど窓から正面の場所に見えた一台の馬車を見下ろした。
(あら、あれは……?)
馬車から降りて来た人物の、さらりと流れる栗色の髪は、彼女には見覚えがあった。
「もしかして……」
そうフィリアが呟いた時、栗毛の主は屋敷を見上げ、窓から覗く彼女の姿に気付いた様子で、ひらひらと彼女に向かって手を振った。




