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【書籍化&コミカライズ決定】【Web版】聖女の姉が棄てた元婚約者に嫁いだら、蕩けるほどの溺愛が待っていました  作者: 瑪々子


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願いを込めて

「……兄さんの首に見えるこの模様みたいな文字は、どんな意味になるの?」


 興奮を抑え切れない様子で尋ねたルディに、フィリアは答えた。


「今の祈りの言葉に直すと、『汝、我を癒し、我を救わん』です。要するに、癒しと救いを求める意味の言葉になりますね」


 メイナードが、思案気な表情を浮かべているフィリアを見つめた。


「……癒しと救いを求めている、か。フィリア、君が昨日、僕の首に浮かぶ文字から直接感じ取った、助けて欲しいというメッセージと同じようだね。改めて、君の繊細で鋭い感覚は確かに正しいのだと、そう感じたよ」


 ルディは、少し困惑したようにメイナードとフィリアを見つめた。


「その救いと癒しは、フィリア姉さんが見たっていう白い竜が求めているのかなあ? それは、どうしたら与えてあげられるんだろうね……?」

「そうですね……」


 フィリアも、ルディと全く同じことを頭の中で考えていた。


(イアン様にご相談した方がいいかしら? 場合によっては、癒しの魔法に優れた聖女であるお姉様にも? でも……)


 早朝にフィリアが見た、幻のように浮かび上がり、そして朝陽の中を消えていった、どこか切羽詰まった様子の白い竜の姿が彼女の頭に浮かんだ。


(今から思えば、メイナード様の呪詛に混ざって感じられたものは、もっと以前から、苦しみながら助けを求めていたのかもしれないわ。それが、あの白銀の竜だったのかしら)


 フィリアは、メイナードとの結婚式の晩にも、彼の首元の呪詛の辺りから、苦しげに助けを求める訴えを感じたような気がしたことを思い出していた。


(メイナード様の体調は上向いているし、呪いの勢いも、はじめよりは失われているように見えるけれど……。それでも、あの呪いに混ざって感じるものは、消えかかっていた息をどうにか吹き返したものの、際どいところで必死に持ち堪えているような、そんな印象を受けたわ)


 彼女の直感は、でき得る限り早く手を打った方がよいと彼女に告げていた。


「……メイナード様」


 フィリアは決心したように口を開くと、メイナードを見つめた。


「これは私の感覚だとしか言えませんが、メイナード様の首に浮かぶこの文字の奥には、あの清らかな白い竜が存在しているような、そんな気がするのです。……メイナード様のお身体にではなく、首のところに微かに感じるその存在自体に、魔法を直接掛けられるかを試してみても?」


 メイナードはフィリアを見つめて穏やかに微笑んだ。


「ああ、頼むよ。僕は君の感覚を、完全に信じているからね」

「……恐らく、研究所のどの資料にも、こんな例は残っていないのではないかと思いますし、リスクが無いとは言い切れないのですが。そもそも魔法が効くかもわかりませんし、それに、私よりも、癒しの魔法の力に優れた姉の方が、もしかしたら適任かもしれませんが……」


 やや躊躇いがちにそう言ったフィリアに、メイナードはきっぱりと首を横に振った。


「それは違うよ、フィリア。僕の身体をこれほど癒してくれたのは、間違いなく君の魔法だ。それに、この呪詛の内側から変化が起こり始めたのも、君が僕の側に来てくれてからだよ。……同じ回復魔法でも、君の魔法は、明らかにアンジェリカの魔法とは違っているんだ」


 メイナードは、確かな信頼と愛しさの籠った瞳でフィリアを見つめた。


「君の魔法には、他の誰とも違う、包み込むような温かさがある。君の魔法からは、僕のことを心から想い、救おうとしてくれている、温かな愛情が滲み出ているように感じるよ」


 二人の横で話を聞いていたルディも、メイナードの言葉に大きく頷いていた。


「兄さんの言う通りだよ! あの聖女の人じゃ、絶対に兄さんの呪いは解けないと思う。フィリア姉さんが、兄さんのことが大好きで、誰よりその回復を祈ってくれているからこそ、兄さんの身体だってこんなによくなったんじゃないかな。フィリア姉さんの魔法なら、僕も大丈夫だと思う」


 フィリアは緊張気味だった顔をふっと緩めて微笑んだ。


「ありがとうございます、メイナード様、ルディ」


 メイナードはフィリアに向かって温かく瞳を細めた。


「夢に見た白い竜も、僕の隣にいたのが慈愛に満ちた君だったからこそ、姿を現して助けを求めたのではないかな。苦しみに寄り添い手を差し伸べてくれる、そんな君の温かな力を、あの竜も感じ取ったように思えるよ。だから、君の心のままに魔法を掛けて欲しい」


 彼を見つめて力強く頷いたフィリアは、彼の首元に少し顔を寄せると、じっと意識を集中させた。

 メイナードの首に絡みつく呪詛に反発するように浮かんでいる、聖なる文字に向かって感覚を研ぎ澄ませていると、暗い闇の中に混ざる、淡く白い光のような存在が感じられた。


(この白い光を感じる部分に、集中して……)


 フィリアの瞳には、朧げな白い光が、再び竜の形を取って浮かんだように映っていた。

 癒しの系統に属する魔法には、解毒や浄化といった複数の魔法も存在したけれど、フィリアは迷うことなく使う魔法を決めていた。


(消え入りそうになりながら苦しんでいたあの白い竜に、回復魔法を)


 淡く光る竜に向かって手を差し伸べるように、彼女の手から、白く輝く光が放たれた。


(どうか、あなたに力が戻りますように。メイナード様の呪いが解けますように)


 フィリアが込めた願いに呼応するかのように、以前の彼女の回復魔法よりも格段に輝きを増した光が、メイナードの首の辺りできらきらと舞っていた。

 魔法が帯びる光にも引けを取らないほどに、フィリアの左目が幻想的な輝きを放っているのを、メイナードとルディは息を呑むようにして見つめていた。


***


 ちょうど時を同じくして、ダグラスが率いる魔物討伐の隊に同行し、森の奥へと向かっていたアンジェリカは、歩いていた足を突然ぴたりと止めた。

 アンジェリカの隣に並んで歩いていたダグラスは、怪訝な表情を浮かべて彼女に尋ねた。


「どうした、アンジェリカ?」

「……」


 アンジェリカの目がみるみるうちに瞠られた。遠隔の監視魔法を通じて、漆黒の竜の内側から白い光が溢れ出したことに気付いたからだった。


(あれは、一体何?)


 何が起きているのかはわからなかったものの、今までとは違う何かが竜の身に起きているということだけは、アンジェリカにも確かに感じられた。

 彼女はダグラスを引き攣った顔で見上げた。


「私、竜の様子を見に戻ってもよろしいでしょうか? 竜に監視魔法を掛けておいたのですが、どこか様子がおかしいようで……」


 表情を強張らせて訴えたアンジェリカを前にして、ダグラスは思案気に顎に手を当てた。


「あの竜がもし今目覚めでもしたら、それこそ、同じ森にいるこの隊全体の危機に直結するからな。皆でいったん戻るか、それとも、俺が君と一緒に行こうか?」

「いえ、今は竜の様子を見に戻るだけですし、私一人で大丈夫です。私の防御魔法が優れていることは、貴方様もご存知でしょう?」

「そうだな……」


 ダグラスは、前回の竜との戦いの際も、瀕死の重傷を負ったメイナードとは対照的に、アンジェリカが無傷で帰還したことを思い出していた。

 当時、別の隊での魔物討伐に赴いていた彼は、メイナードが彼女を庇ったせいで傷を負ったことは知らずにいた。


 どこかから聞こえてきた魔物の咆哮に耳を澄ませながら、ダグラスは彼女を見つめた。


「わかった。だが、この辺りにいる魔物たちを片付けたら、できる限り急いで君の元へと向かうよ。もし何か危険があれば、すぐに君の魔法で知らせて欲しい」

「ええ、わかりました」


 頷いたアンジェリカに、ダグラスは興味深げに尋ねた。


「竜にどんな変化があったのか、わかるかい?」

「いえ、具体的にどのような変化が起きているのかまでは、竜の側に戻ってみないとわかりませんが……」


 言葉を濁した彼女に向かって、彼は続けた。


「竜の変化というのは、メイナード様が掛けられた呪いの状況にも関係しているのだろうか」

「その可能性も、否定はできませんわね」


 慎重に言葉を選んだアンジェリカを、ダグラスは真剣な眼差しで見つめた。


「もし竜が彼の呪いから力を得て、目を覚まそうとしているようなら、即刻逃げてくれ」

「……承知しました」


 アンジェリカは、彼女がフィリアの魔力を感じた竜の内側から、漆黒の竜とは趣を異にする清らかな光が流れ出てきたことに、ダグラスの言う可能性は低いだろうと踏んではいたけれど、神妙な面持ちで頷いた。

 彼はふっと目を伏せると、独り言のように呟いた。


「今更としか言いようがないが、仮にあの竜本体をどうにかできたなら、メイナード様は呪いから解放されるのだろうか」

「呪いから、解放……?」


 訝しげな表情を浮かべた彼女に、ダグラスは苦笑した。


「あの竜の存在が、何らか瘴気を防ぐことに関係しているとしても、だからといってメイナード様の命を犠牲にしてよいかというと、また話は別だと俺は思うのだがね。……これまで俺たちには手の打ちようもなかったし、時既に遅しかもしれないが、もしも竜が弱っている兆候があったなら知らせて欲しい」


 既にアンジェリカにとっては過去の人になっていたメイナードを慮る彼の言葉に、彼女は意外な思いで耳を傾けていた。


「……ええ。では、竜の様子を見て来ますね」

「ああ、頼んだよ」


 急ぎ足で一人魔術師団を離れていくアンジェリカの後ろ姿は、すぐにダグラスの視界から消えていった。

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