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097 セオの決意

 アスカを捜しに行くのに、同行したい。

 セオはそう言った。


「アスカが俺に話せなかった理由はなんとなく分かった。あとの説明は、やはり本人の口から聞きたい。君がなぜアスカを捕まえたいかは知らないが、俺もあの子を捜しに行きたいんだ」


 続いたセリフに、俺は眉をひそめた。

 こいつ、なに言ってんだ?


「あのさ、ドームには憲兵がうじゃうじゃいて、あんたは簡単に殺られる可能性があるって、話したばかりの気がするんだけど……」


「分かっている。ちょうどいい機会だ。こんなチップとはおさらばするさ」


「セオ」


 マスターが咎める声で呼んだ。


「簡単にそういうことを言うのは感心しないな。チップがなくなるってことは、ローラシアから排他されるのと同じことだ。この国で生きていくのなら……」


「マスター、聞こえてなかったのか? 国は俺たちを管理抑制するために、これをつけているそうじゃないか。だとしたら俺には必要ない。元々こいつがここにあること自体、不愉快だったんだ」


「そうだったとしても……」


「だから、頼む」


 セオにそう言われたマスターは、困った顔で腕を組むと黙ってしまった。


「あー、えーとさぁ……」


 なんだかそれなりに大事な話になってきたっぽいので、俺は言っておいたほうがよさそうなことだけ、伝えることにした。


「アスカのことだけどさ、実はあいつ……」


「いや、いい。教えないでくれ。やはり本人の許可がないところで、君から聞くのは間違っている。俺はもう一度あの子に会って、どんな話だろうと直接あの子の口から事情を聞きたい」


「いや、でもさ……」


「俺がいいと言ってるんだ。後悔などしないから、そうさせてくれ」


「あー……そこまで言うなら……あ、でも俺、足手まといはいらねーんだけど」


 科学国の人間なんて、お荷物以外の何者でもないだろう。

 セオは言葉の意味を正確に解釈したらしい。


「足手まといにならないよう、せいぜい頑張ろう。セントラルなら土地勘がある。道案内に連れて行っても損はないと思うぞ。いよいよ邪魔なら置いていってくれてかまわない」


 提案しているようで、一歩も引く気がないことは分かった。

 こいつ、頑固だな。

 真面目で頑固とか、面倒臭いヤツだ……。


「今置いていきたいんだけどなぁ、俺は。目の前で死なれたら気分悪いじゃんか」


「だから、即殺されないようチップだけは外していくと言っているだろう」


「外す? そんなことできるのか……?」


「できるよな? マスター」


 そう言われて、マスターはポリポリと頭をかいた。


「難しい手術でもないから、僕がやれば10分もかからないけど……でも、外したあとは二度とつけられないからね。犯罪者とか、身元が割れるのが困る人間以外やるべきことじゃないと思う。この先、結婚や普通の生活にも差し支えあるよ」


 ああ、そうか。外せるって言っても、やる人間はそういう系統のやつらなのか。

 それは不便なだけじゃなくて、人付き合いにも相当な影響がありそうだ。


「かまわない。元より、この近辺に住んでいるのは半数がそういう人間だろう。すぐにやってくれ」


「セオの意思を尊重してやりたいけど……こればかりは気が進まないなぁ」


「マスター、頼む」


「……はぁ。ちょっとだけ待って。僕にも考えさせて」


 セオとマスターが言い合っている間に、エヴァが俺の服をくいくいと引っ張ってきた。

 首を回したら、なんだか不安そうな顔だ。


「どうした?」


「もしかしてだけど……そこに行くのに、私が一番足手まといなんじゃない……?」


「ああ……まぁ、危ないのは確かだよな」


 かといってエヴァをひとりでホテルに置いて行くのは不安だ。

 でも連れて歩くのは得策じゃない。護りながらの戦闘になった場合、多数相手では分が悪くなるだろうし。


「どうするかなぁ」


「私もアスカちゃんを捜しに行きたいけど、待ってるわ。部屋から出なければ、危険もそうないと思うし」


「うーん……この間の特殊憲兵みたいなことはないだろうけど」


 それでもやっぱり置いていくのは心配だった。

 あともうひとつ、エヴァに側にいてもらわないと困るかもしれないことがあるんだよな。

 俺が頭を悩ましている間に、セオとマスターの話し合いは最終確認に入っていた。


「セオ、一般人が出入りしないあの場所になにがあるか、よく考えるんだ。そんなところに入り込んで、無事に出てこられるのかい?」


「分かってる。積極的に戦闘したいとは思っていない。アスカを見つけて、戻ってくるだけだ」


「……必ず?」


「必ずだ。約束する」


 どうやら、セオの勝ちのようだ。


「はぁ……もう、仕方ないなぁ……あー……じゃあ、手術の前に、ルシファー君」


 手招きされて、俺はマスターの前まで歩み出た。


「なに?」


「ちょっと診せて」


 胸元からオレンジ色の眼鏡を出してかけると、マスターはいきなり人の目の下をぐいっと押さえた。

 そのまま肩を捕まれて、問答無用で診察される。


「ほら、やっぱり貧血になりかけてる」


「え、あ……」


「医者の目は誤魔化せないからね。我慢のしすぎはダメだよ、この間から魔力供給してないでしょ?」


「あーっと、その……エヴァがまだ、できなくて」


「セントラルに無断侵入するつもりなら、僕の料理だけじゃなくちゃんと魔力も補給していって。君も万全の状態で行かないと危ない。僕は支度してくるから、その間に済ませてね」


 そう言い残して、マスターはカウンター奥にある扉に消えていった。

 セオが分からない顔でこちらを見ている。


「……魔力供給とはなんだ?」


「ああ、俺使い魔なんだよ、エヴァの。たまに魔力もらわないと、動けなくなっちまうんだ」


「そうなのか……なら俺のことは気にせずに、先に済ませるといい」


「気にしないとか、無理に決まってるでしょっ?!」


 突然エヴァが叫んだので、セオは驚いた顔のまま「俺がいると無理なのか……?」と尋ねた。

 我に返ったエヴァが、ぶんぶんと首を横に振る。


「無理じゃないんだけど、やっぱり刃物が必要だと思うの!」


「待て待て、落ち着け。刃物要らねえから」


 ふりだしに戻る的なことを言い始めたエヴァを、横からたしなめる。


「必要よ! 大体どうして言ってくれなかったの? まだ大丈夫だって言ってたじゃない……!」


 うん、バレちまった。


「だって、本気で嫌がってるみたいだったから……」


 体の中にある魔力を引きずり出す、いい方法を考えついたと思ったのに。

 提案したらエヴァにはあからさまに引かれた。

 そのあとも魔力供給のことを口にする度に避けられて。それで気づいたんだ。


 いくら必要だからって、手をつなぐことすらためらっていた相手にそんなことしたら、激しく嫌われないか?

 

 それは嫌だな、と思ったら言い出せなくなった。

 だから俺だってここ最近、どうしようか悩ましかったんだ。


「ちゃんと、魔力足りないって言ってくれれば良かったのに……」


「ごめん。でも、お前『それだけは避けたい』って顔してたから」


「……それは、その通りなんだけど」


 なんか、結構傷つくんだよな、それ。


「ごめんなさい、私が言い出せないようにしてたのね……」


「謝んなくていいんだけど、じゃあ魔力くれる?」


「……刃物使用なら」


「それは俺が本気で嫌だから却下な」


「で……で、でも」


「溺れた人間を助けるくらいに思っておきゃいいのに……なにがそんなにダメなんだよ」


「私は逆に、なんでそんなに軽く考えられるのかが不思議だわ?!」


「――で、俺はここにいていいのか? 悪いのか?」


 セオが横から口を挟んでくれたおかげで、少し冷静になった。


「俺はいてもいいけど、エヴァはアウトだと思うな」


「なら俺がいない間に済ませるといい。チップを取るのに少し待たせることになるからな」


 マスターの言うとおり、ここでなんとかしなきゃドームには向かえない。

 やっぱり魔力供給を済ませて、エヴァを留守番させておくのが一番安全だ。


「ああ……そうだな」


 少しして、カウンター奥の扉が開いた。

 マスターが顔を出して手招きする。


「用意出来たよ、セオだけ来て」


「分かった」


 セオが扉の向こうに消えて、静まりかえった店内が気まずい。

 けど、エヴァの決心がつくのを待っている時間もない。


「エヴァ」


 となりに座る肩がびくりと揺れた。

 向こうを向いたまま、視線も合わせてくれない。


「とりあえず、こっち向いてくれないか?」


 何故だか更に反対を向かれた。どんだけ嫌なんだよ。


「ここまで嫌われると、さすがに傷つくなぁ……」


 ため息とともに本音がもれた。

 ふてくされた気分でテーブルに突っ伏す。

 もう本当に動けなくなるまで、このままでいるか。そうしたら、嫌でも――。


 ふいに肩口の服が引っ張られた。

 ごろりと首だけ回して、そちらに振り向く。


「き、嫌ってなんか、ないわ……」


 たどたどしく言ったエヴァを下から眺める。

 ふてくされたまま、答えた。


「どーせ俺はデリカシーがないですよ。ケーベツされて当然の破廉恥男ですよ」


「ちがっ……軽蔑なんて、してないじゃない」


 エヴァはうろたえたように否定すると「でも、そういうことは、結婚した夫婦がするもので……軽々しくしていいことじゃないのよ。女性にとってはとくに大事なことだし……」と泳いだ目でゴニョゴニョ説明しはじめた。


 要約すると、恥ずかしいってだけで俺が嫌われてるんじゃないらしい。

 なんだ、そうか。そうだよな、友達って言ってくれたし。

 なら、自傷行為に走られる前に先手を打ってもいいよな。


「だから、そういう破廉恥な方法は選択肢から外して……」


「うん」


「ルシファーの爪で刺してくれてもかまわないから、血を使って……」


「うん」


「魔力供給を……ルシファー、聞いてる?」


「うん」


 必死に説明しているうちに抱え込まれていたのに気づいたエヴァが、肩を押し返してくる。


「私の話本当に聞いてたの?!」


「一応耳には入ってたよ。でもエヴァを刺す気なんてさらさらないし、腹も減ったし、人目のないうちにさっさと終わらせたほうがいいいだろ?」


 笑顔で提案すると、エヴァの頬が引きつった。


展開遅いなぁ……と書いている本人が呟く。

ストーリーを進めるとき、本来は出す話と出さない話を分けたり、尺を詰めたりするんですが……

その作業をする脳のキャパ不足のために、殆ど全部詰めて出す感じになってますね!(だから一話が余計に長い)


そんなわけで話が長くなってるけど、読者のみなさま、すまねぇな!!(謝意の感じられない謝罪)

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― 新着の感想 ―
[良い点] セオさんが恐ろしくおっとこまえですね! 決断力行動力最高です…! エヴァちゃん(*´∀`*) ルシ君…! によによして見守っています!!!
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