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093 機械の少女

「ヒューマノイド……?」


 俺はオウム返しに尋ねた。

 アスカの前腕から剥がれた皮膚。

 その下に見えるのは、筋肉や骨などではなく、金属だ。


「はい。これは表面の人工皮膚が剥がれてしまって、修理する部材と時間がなかったので包帯で隠していたんです」


「じゃ、じゃあアスカちゃんは……人間じゃ、ないの……?」


 信じられないものを見た顔で、エヴァが言った。

 アスカはうなずくと、器用に手早く包帯を巻き直した。 


「私はおふたりが街中で見かけるヒューマノイドと同じ、機械です」


「嘘だろ……ただの義手じゃないのか? お前みたいに好き勝手しゃべるヒューマノイドなんか、俺は知らないぞ?」


「今のヒューマノイドたちは()()()()()に作られていますから。でも私は本当に旧式の、初期タイプなので。好き勝手にもしゃべりますよ」


「旧式の……」


 なんだか頭が混乱してきた。

 エヴァのとなりから見上げてくるアスカの目を、じっと見返す。

 だめだ、分からねえ。人間にしか見えない。でも言われてみれば納得できることも多かった。


「確かに、生気とか気配とか、全然感じられないもんな……お前」


 だからこそ、同業かと思ったんだが。

 謎は解けたけど、またさらに大きな謎が生まれた気分だ。


「分かっていただけて良かったです」


 しゃあしゃあとしやがって。すっかり人間だと思ってたんだぞ、こっちは。

 どうりでヒューマノイド相手に停止命令だしたり、偽造身分証を見破れたりするわけだよ。


「なんで最初からセオに言わなかったんだ? ちゃんと説明してれば、怪我したなんて心配もさせないですんだんじゃないのか?」


 尋ねた言葉に、アスカは表情を曇らせた。

 これが作られた顔だっていうのか……人がなにか思い悩んでいるようにしか見えない。


「セオさんは、ヒューマノイドがお嫌いみたいなので……これでいいんです。もう、お会いすることもないでしょうから」


「は? 待てよ、あいつ明日また来いって言ってたろ。お前を連れてかなかったら、俺が文句言われないか?」


「そうよアスカちゃん、チップのことも含めてやっぱりちゃんと説明したほうがいいわ。きっと分かってくれ――」


「いいえ」


 エヴァの言葉を遮って、アスカは言った。


「もう、いいんです。セオさんには『アスカは面倒を見てくれる人が見つかった』と言っておいてください」


 そんなことを話していたら、いつの間にか宿泊先のホテルにたどり着いていた。

 エントランスにタクシーが滑り込んでいく。


「少しの間――」


 アスカが小さく呟いた。


「少しだけ……普通の、人の子どもになったような気分になれました。もう、充分です」


 満足した風に笑いながら自分に言い聞かせるセリフは、やっぱり小さな子どものものじゃなくて。

 機械の言葉とも思えなかった。


『――目的地に到着いたしました。ご利用ありがとうございます』


 ヒューマノイドの運転手が振り向いて、ドアが開いた。

 俺が降りて、エヴァが降りて、最後にアスカが出て……こない。


「おい、アスカ、いくらなんでも一旦降りろ。他にも話すことあるだろ」


 このまま行ってしまう気がして車内をのぞきこむと、運転手の首にアスカが背後から爪を突き立てているところだった。

 人指し指がめり込んでいるように見えたが、違う。

 白く小さな指が直角に折れて、中のコネクタが、運転手に「接続」されている。


「なにやってんだ、お前……」


「少し複雑に書き換えたかったので、直接つないでます……このタイプのヒューマノイドはここにコネクタがあるんですよ。タクシーがおふたりを乗せた記録は消しました。あとはもう少し、私のために走ってもらいます。行かなくてはいけないところがあるので」


「はぁ……どこだよ、それ」


「セントラルです」


 ローラシア中心街(セントラル)

 ドームで覆われた1番街から、政府の機関が並ぶ3番街までの中心部分を、そう呼ぶ。


「お前、ローラシア国家相手になんかやってるみたいだけど……まさか、ひとりでドームに入るつもりか?」


 アスカは無言を返した。

 ドームは地表にあって、エアシールドやスーツなしに生きていける、人工的に造られた空間。

 軍や政府の本拠地で、一般人は出入りできない場所だ。


「アスカちゃん、もう少しだけ一緒にいられない?」


「ここで別れないと、おふたりにも迷惑がかかりますので。エヴァさん、わがままにつきあってくださってありがとうございました。ご覧の通り私は機械です。しょせんは機械の事情ですから、この先の心配はご無用です」


「でも」


「どうぞお元気で――」


 バタン、とドアが閉まった。

 また嘘くさい笑顔を浮かべたアスカを乗せて、タクシーは走り出す。

 角を曲がると、行ってしまった。


「ルシファー……これで良かったのかしら。なにか私たちにも、してあげられることがあったんじゃ……」


「いいも悪いも、助けてくれとも言われてないのに俺たちが関わることじゃないだろ。あいつに助けられた貸し借りはこれでナシってことでいいだろうし、機械相手にエヴァがしてやれることなんて、考えなくていい」


 面倒くせぇ、とまでは思わないが。

 妙なことに巻き込まれて、エヴァが危ない目に遭うのは困る。


「でも、あの子が機械だなんてまだ信じられなくて……だって、あんなに笑ったり悲しそうだったりしたじゃない……」


「子どもの姿してるだけで同情的になるなよ。育児用やサービス用のヒューマノイドなんかも普通に笑うぞ。あいつもそういう風に作られてるだけだ。『悲しい』なんて感情が機械にあるわけないだろ」


「そんな風には、見えなかったのよ……もしかして、やっぱり人間だったんじゃ」


 確かにあいつはすごく人間らしかった。俺もそう思う。

 まだ納得がいかないのか、エヴァは部屋に戻っても浮かない顔だ。


「本人が機械だって言うんだから、間違いないだろ」


「でも、本当は人間かもしれないじゃない。あの子、さみしいって言えなくて、ひとりで頑張っているように見えたわ」


「そんなわけ……」


「あるのよ。だって……」


 エヴァが飲み込んだ言葉は、なんとなく分かる気がした。

 自分と同じだから、分かる――。

 多分、そう思ったんだろう。


「あー、もう……考えても仕方ねーことを……」


 機械の事情なんてどうでもいいけど、エヴァの気を晴らしたくて、俺は部屋に備え付けの電話を取った。


「分かった、専門家に聞いてやる。だから納得しろよ」


「専門家……?」


 通信パネルの数字。国番号に続けて、専用回線の番号をタッチする。

 何度目かのコール音のあと、通話が繋がった。


「――ああ、俺。シュガー兄さん出して……うん、俺だよ。元気元気」


 かけた先は自宅だ。

 古参のバトラーが出て、のっけからチクチクお小言が飛び出した。


「うん……いや、あー……ごめん。いや、だからさ……とりあえずこっちは問題ないから……え、姉さんそんなヤバいの……?」


 そういえば、家出してきてからはじめて家に連絡したな。

 使用人たちには大分心配をかけているらしい。

 姉さんの荒れようがすごい、という話はあまり聞きたくなかった。


「悪いアッサム、今度埋め合わせするから。とりあえずシュガー兄さん呼んで……」


 電話するんじゃなかった……と思いながら、無理矢理話を打ち切るセリフを吐くと、有能なバトラーはお説教をやめてくれた。

 少しのあと、聞き慣れたどもり声が聞こえてくる。


『……な、なんだよ』


「久しぶり兄さん。元気ー?」


『お前に、や、やられた、肩の傷が、痛い……』


 ものすごく恨みがましいトーンだな。


「えー、嘘だよね。そんなんとっくに治ってるくせに」


『ふざ、ふざけるなよ……! 大体、僕に、なんの用――』


「ヒューマノイドって、笑うよね?」


『……はあ?』


 聞きたかったことを尋ねると、2番目の兄は間の抜けた声で返してきた。

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