092 小さな同行希望者
アスカの発言は唐突すぎて、エヴァはどう答えていいか分からないようだ。
俺もこのチビがどういうつもりなのか、全く分からない。
そしてエヴァ以上に驚いた顔をしたのは、セオだった。
「……待て、アスカ。俺は大人を頼れと言ったんだ。子どもを頼ってどうする。それに、いくらなんでも暗殺者を名乗る人間と関わるのは……」
「大丈夫です。私たちお互いをよく知ってますし、エヴァさんはとてもいい人ですから」
いつ俺らとお前が互いをよく知り合ったんだ……あと、今さりげなく俺を「いい人」から除外したろう。
アスカはなんら悪びれることなく続ける。
「エヴァさん、私、エヴァさんと一緒にいたいです。家もなくなってしまったし、身の振り方が決まるまでおふたりと一緒にいさせてもらえませんか」
強引にそう言ってきたアスカは、セオやマスターに見えないよう、俺に目配せした。なんだ? 話を合わせろってことか……?
こいつには借りがあるからなぁ……
「私はもちろんいいけど……」
エヴァがうかがうように俺を見る。
「俺も別にいいよ。泊まってる部屋は広いから、ひとりくらい増えたところで問題ない」
許可を出すと、アスカは「うれしい。ありがとうございます!」とニコニコ笑ってみせた。
嘘くさい笑顔だなー。
そしてセオは複雑そうだ。
血のつながりもなさそうだけど、気分はもう保護者なんだな。
「俺には説明できなくても、このふたりになら説明できるということか……?」
「はい。それにルシファーさんはこう見えて、とても強いんですよ。なにかあっても安全です」
俺はなにかあったときに助けるなんて、一言も言ってないんだが……?
セオは怪訝そうに俺を見て、またアスカに視線を戻した。
「安全か……また憲兵に追われたりはしないのか? 君が犯罪者だとは思っていないが、あんなことがまた……」
「彼らは私に危害を加えるのが目的ではないので、危ないことはありません」
「だが――」
「セオさんがここに連れてきてくれなかったら、エヴァさんたちとは会えませんでした。ありがとうございます」
説明を拒否した上で、話の終わりを告げるセリフだった。
妙な形の礼を言われたセオは、複雑な顔のまま、俺のほうを向いた。
「聞いてもいいか?」
「いいよ」
「君は、本当にあのアルティマ王国の人間なのか?」
「ああ、王国ってもうち、未承認国家だし、家族と使用人しかいないから全然国って感じじゃないけどな。でもまあ、金には困ってない。心配しないでいいよ」
「……今、何歳なんだ?」
「あんたと同い年」
正直に答えた俺に、エヴァが「ルシファー、見た目も中身も全然説得力ないわよ」とツッコんでくる。
「分かってるけどさ、本当のこと言っておきたいだろ。子ども扱いされんのはごめんなんだよ」
「だって子どもじゃない」
「そんなこと言ったらエヴァだって、年齢詐称のくせに……」
「わ、私は実質18くらいよ! 寝ていた期間は数えないでくれる?!」
「へー」
エヴァ自身は18歳くらいのつもりなのか。
70歳超えの感覚じゃなくて、なんとなく良かった。
「ディスフォール家の人間は恐ろしく長寿だと聞く。君も、そうなのか?」
セオがまた聞いてきた。
そうそう、このうわさも『怖いオバケ』説に一役買ってるんだよな。
「まあ、そんなとこ」
「――ここの、料理は気に入ったか?」
「え? ああ……うまかったよ」
「なら、また3人で食べに来るといい。明日のランチに。俺が奢ろう」
「……あー、うん。別にいいけど」
遠回しに、もう一度アスカを連れて来いって言ってるよな。
納得はできないが、今日のところは仕方ないって感じか。
なんだか重苦しい空気になってきたので、さっさとこの場を出たくなってきた。
微妙な雰囲気とか、面倒臭いから読まなくてもいいよな。
俺は帰ることを告げて、マスターに車を呼んでもらった。
護衛のつもりなのか、店を出て太い通りに出るまでセオはついてきた。
タクシーに乗り込むとき、でかいアタッシュケースを渡しながらセオは言った。
「アスカ、俺の連絡先はまだ分かるか?」
「はい」
「そうか。頼りにならないかもしれないが、困ったことがあれば呼んでくれ」
「……はい。あの、セオさん」
「なんだ」
「頼りにならないから話せないんじゃないです……セオさんには、本当に感謝してるんです。だから、ごめんなさい……」
仕方なさそうに笑うと、セオはアスカの頭を撫でた。
「俺は悪いことをされたと思っていないから、謝らなくていい」
「でも……ごめんなさい」
「今日のところは、安全な場所でゆっくり休んでくれればいいさ。それで一晩、考えてみてくれ」
「……はい」
なにを、とは聞かずにアスカはうなずいた。
バタンと、ドアが閉まる。
車が走り出して、見送る影が見えなくなるまで、アスカは後ろを向いていた。
「……アスカちゃん、よかったの? あの人、すごく心配してたわ」
エヴァがその様子を見て尋ねた。
「いいんです。すみません、おふたりに抜け出すのを手伝ってもらった形になってしまって」
アスカは力なく笑った。
うまく言えないけど、なんかこういう笑顔ってモヤモヤするよなぁ……
「なんであいつを頼らないんだ? 俺らなんかより、よっぽどお前の面倒見る気あったろ」
正直、ちょっとセオに同情するよ。
エヴァと一緒にいるにしても、ちゃんと事情なりを説明してやってからで良かったんじゃねえか?
「セオさんは科学国の人です。だから、今回のことには巻き込めません」
こいつ、説明する気あるのか。
「お前、エヴァになら説明出来るんだろ? ちゃんと分かるように話せよ」
「そうですね、すみません。エヴァさんもルシファーさんも、ここに……」
そう言って、アスカは自分の首の後ろを指した。
「識別札がないでしょう?」
科学国の人間が生まれたときに埋め込まれる、神経インプラントのことか。
「ないよ、当たり前だろ」
「セオさんにはあるんです」
「そりゃ、科学国の人間だからな」
「詳しいことは話せませんが、私を今追っているのはローラシア国家です。だから、チップのある人は巻き込めないんです。リスクが高すぎる」
「ローラシアが……?」
てことは、こいつ、やっぱり手が後ろに回るような職業なんだな。
虫も殺せないような顔して……ある意味怖ぇ。
「国は、その気になればチップから人の行動を抑制できるんです。神経インプラント自体が、人にコントロール機能を設けるために開発されたものですから。もとは犯罪者への監視や沈静、処罰や処刑までをスムーズに行えるようにするのが目的のものなんです」
真面目な顔で伝えられたのは、寝耳に水の内容だった。
「はぁ? そんな話聞いたことないぞ。あれはただの情報タグだろ……?」
「表向きはそうです。でも、そういう構想の下に作られたシステムです。実際に特殊な電気信号を送って、心臓を停止させる機能があることは確認しています」
「マジかよ……じゃあローラシア国民は生まれたときから、国に生殺与奪をゆだねてる、ってことに……なるのか……?」
「はい。ですから、セオさんに関わってもらうわけにはいかないんです」
共犯だと思われれば、セオが捕まったり殺されたりする確率が高いってことか。
あれだけ頑なに説明できないと言っていた訳が理解できた。
でも、ローラシア国家に追われてるってことが、そもそも問題なんじゃないか?
「なぁ、お前ってなんなの? 俺と同業じゃないだろうけど……どうせ裏家業の人間なんだろ?」
「いいえ」
「おい……もう正直に話せよ。お前みたいなチビが国に追われること自体がおかしい。いや、お前の存在自体がおかしいよな」
「ルシファー、言い方」
横からエヴァがぴしりと俺の膝を叩いた。
言い方もなにも、素直な感想を述べただけなのに。
「確かに、私の存在自体おかしいかもしれませんし、追われるようなことをした覚えもあります。でも私は、暗殺者でもなんでもないです」
「普通の人間だって言うなら、よく平気だったな? 科学国の人間だろ? お前だって……」
「私は問題ありません。チップを持っていませんから」
「え?」
アスカは青いワンピースの袖をめくると、そこから出てきた白い包帯をくるくると巻き取った。
その下から現れたのは……
「えっ? アスカちゃん、その腕……?」
「お前……」
見えるように差し出された腕は、小さな少女のものではなかった。
金属の骨組みと、配線がのぞく「破損箇所」。
可憐なワンピースにひどくアンバランスな、機械の腕。
「私は、機械です――」




