089 図書館での違和
ローラシアにやって来てから、2週間近くが経っていた。
特殊憲兵の存在を知って、じいちゃんに不可解なエールをもらって。
家族が俺やエヴァを害するつもりはないと分かったが……
平和すぎて体がなまるのだけは困りものだ。
俺は国立図書館の検索アシスタントの前で、頬杖をついていた。
大きな円卓に並んだ、薄い画面の一枚を見つめる。並んだ書籍のタイトルは、すでに目を通したものばかりだ。
これ以上なにをどう調べればいいのか。悩ましい。
『なにをお調べしましょうか?』
画面の中から執事姿の検索アシスタントが話しかけてくる。
それらしき蔵書は調べ尽くした。思いつくキーワードはなかった。
不死もアクセラレータも、科学で説明がつくようなものじゃない。間違いなく魔法国の産物だ。
だからこそ、そう簡単に本に真実なんかが書いてあるわけもなく、入手できたのはいくつかの神話くらいのもので。
「あとなんかねーかなぁ……あー、それじゃあ……」
ダメ元で「不死」のキーワードで検索をかける。
学術書と歴史書だけで絞り込んでもらったら、1件だけヒットした。
すぐそこの本棚だ。俺は席を立った。
向こうに座るエヴァを横目で見ながら、本棚の角を曲がる。
「B7512……B7512……」
目的の棚にたどり着いたら、その前に見覚えのある顔がいた。
「あ」
「あっ」
ほとんど同時に。向こうは叫び気味に言った。
「なんだ、この間のクズじゃないか。よく入れたな、ここに」
本屋で会って、この図書館の前でヒューマノイドとやり合うことになった原因。
俺が指を切り落としたヤツ以外のふたりが、そこにいた。
「おまっ……お前、なんでここに……!」
動揺した男の片割れが、ばさりとトートバッグを取り落とした。そこから本が数冊のぞく。
「へぇ……? これ全部、パクって帰る気だったわけ?」
「し……知らねえ!」
「逃げるぞっ!!」
言うなり、ふたりは足早に本棚の向こうへ消えていった。
逃げ足だけは速いんだなー。
「ったく……本は宝だぞ、乱暴に扱いやがって」
ブツブツ言いながら、足下に散らばった本を拾い上げる。
「あれ……?」
奇妙な感じがした。
手に取った3冊は、どれも最近見たことのあるものだ。
最後の4冊目は今探していた『絶対神と不死の構造』という学術書。
つまり、全部不死に関する記述がある本だった。
(偶然? にしては、おかしいだろ)
あの様子だと、俺がここにいるのを知らなかったみたいだし、俺の読んでいたものを探して見てたって線はなさそうだな……。
そんなことをする意味も分からないしな。
「じゃあ、なんで……?」
首をひねった。
クズの考えることはさっぱり分からない。
「まあ、いいか……」
今から捕まえに行くのも面倒だ。
とりあえず、場所が分かる3冊は棚に戻す。探していた1冊はやけに軽いと思ったら、カバーケースの中身がなかった。
本棚を探してみたが、同じタイトルのものはないようだ。持って行かれてしまったらしい。
仕方なくそのカバーも本棚に戻すと、コソ泥たちが落としていったトートバッグを手近なゴミ箱に投げ込んで、エヴァのところに戻った。
「エヴァ、この間のクズ3人組いたろ?」
「え? ……うん」
「それのふたりが、今そこにいた」
「えっ」
驚いてキョロキョロと辺りを見回すエヴァに「いや、もう逃げた」と、今あったことを説明する。
エヴァはコソ泥が持ち去ろうとしていた、不死に関する本のことが気にかかったらしい。
「偶然にしては、おかしいわよね?」
「俺も思った。なんかあるんだろうけど、わかんねーな」
「そうね……」
不死のことを調べたい人間なんて、そんなにいるとは思えない。
ましてやここは、科学の国だし。死なない人間なんて、ゴンドワナの人間以上に「くだらないおとぎ話」という認識だろう。
「そういえばさ、テトラ教のやつらって『白銀の巫女』が不死だって、知らないんだっけ?」
ふと思いついた問いに、エヴァは表情を曇らせた。
「ええ、知らないわ……研究所にいたころ、怪我がすぐに治るのに気付かれてからは、色々あったけれど」
口ぶりからあまり話したくない「色々」だろうと、察せられる。
テトラ教に対する黒い感情が、また自分の中で動くのを感じた。
「胸を刺したあとは、普通に死体安置所に移されたから……死んだとは思われてたんじゃないかしら」
「でも、そこから逃げたんだろ?」
「そうね」
「死体がいきなりいなくなったら、おかしいよな。どう思われたんだろうな」
「死体でも価値があると思われて、盗まれたとか……」
「もしくは、生き返った、とかな」
「……それって、どういう」
「いや、ちょっと気になったんだ。エヴァを捕まえてたやつらは、どこまで把握してたんだろうって」
「分からないわ……」
エヴァの話によれば、研究所にいたのは2年ほど。
最初はペットそのもののように扱われていたそうだが、徐々に検体の立場になっていったという。
寝食は普通に与えられていたが、自由などなにもない状態だったそうだ。話の片鱗を聞くだけでも胸くそ悪い。
「結局、白銀の巫女は死んだと思われて、第3の力や不死のことはテトラ教徒たちに気づかれなかった、ってことか」
「ええ」
「本当に気づいた人間はいなかったのかなぁ。2年も捕まってて……」
「……あっ」
「なんだ?」
「自分から事情を話した人だったらいるわ。咎人の石をつけてもらった魔法医のおじいさん。私が会ったときはもう引退していたけれど、元は高位の祭司だった人よ」
「その頃にじいさん、てことは」
「もう亡くなってるわね」
その人が、エヴァの能力と不老不死の秘密を知っていた唯一の人間ってことか。
テトラ教は今も、不死やアクセラレータの存在を知らないんだろうか。
もし、知っていたら……
知っていたら、どうなるんだろう。
もっとエヴァのような人間を捜して、追い回すようになるのかな。
うまく考えがまとまらなかった。
ただ、エヴァが不死だってことは、アクセラレータの件と同じく人に知られないほうがいいと思えた。特にテトラ教のやつらには。
まぁ、今は俺が気を付けてればそれでいいかな。
エヴァも表情が暗いし、話題を変えるか。
大きな柱時計を見上げれば、もうすぐ昼飯の時間だ。
「エヴァ、ところで俺、そろそろ腹減ったんだけど」
「えっ」
分かりやすく動揺したエヴァが、机を揺らす。
足下に転がり落ちてきたペンを拾うと、苦笑いを浮かべた。
「……いや、そっちじゃなくて、普通に腹減った。昼飯の時間だろ?」
「あ、ああ、そ、そうだったわね」
「この付近の店も飽きたよなー。今日は休日だからどこも混んでそうだし……」
「あっ、じゃあ……この間の、マスターのところに行ってみない?」
「え? ああ……千鳥亭、だっけか?」
「ええ、もう少し、あの人に話を聞いてみたかったの。使い魔のことや魔女のことにも詳しそうだったし、あらためてお礼も言いたいわ」
「そういや休日はランチやってるって言ってたよな」
翼広げて飛んでいけないのが面倒だが、図書館の前にタクシー乗り場があるのを見つけている。
バスには乗らないで、あれで目的地まで行けばすぐかな。
「よし、じゃあ千鳥亭に行くか」
そんなわけで、俺たちはふたたび11番街に向かうことになった。
更新遅くなりました……orz
控え目に言ってちょっと、なろうを開く余裕がなく、月末まで更新が大変そう。
5話ほどストックあるんですが、趣味の執筆とはいえ適当な文字を投げ込みたくないので……
推敲の時間が取れるように祈ってやっててくださいませ~。




