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088 家なき子#

from a viewpoint of セオドア

 どこからか現れたアスカは、寒風が吹き込む家の中、青いワンピース一枚で立っていた。

 両手にいつものタブレットを抱えて、泣きそうな顔で俺を見ている。


「セオさん、怪我は……?!」


「ない。君こそ無事か? これは一体……」


「良かった……すみません、少しだけ待ってください。もうすぐアップロードが終わるんです」


「なに?」


 言うなり、アスカは姿を消した。


「っアスカ?!」


 消えた場所に駆け寄ろうとして、その足下にぽっかりと穴が開いていることに気付く。

 続く、階段。


「……地下?」


 この家に地下室があるなんて知らなかった。

 こんな、普通の床に擬態した入口があるとは。


(隠してあった、のか……?)


 一瞬ためらったが、アスカを追って階段を下りた。

 中は意外にも明るく、外よりも大分暖かい。換気のためのダクトが壁に這い、ファンの回る音がした。

 上の家よりもよほど広いその空間に、白いコンピュータがずらりと並んでいる。


「ここは……」


 マシンルームというものを見たことがあるが、それによく似た部屋だ。

 なぜこんなものがここにあるのか理解できなかったものの……広い空き地の意味は、やっと分かった気がした。


 中心に置かれた机に、アスカはいた。文字の書かれたパネルを、小さな指がかすむ早さで叩いている。

 周辺の機器からは、警告のような電子音が一定のリズムで響いていた。

 画面上に流れる解読不能な文字が、流れるように上へスクロールしていくのを後ろから眺めた。


「アスカ、ここは一体……」


「黙っていてごめんなさい。ここが私の仕事場です。でも……」


 カタカタ、となにかの文字を打ち込んだあと、アスカは大きなキーを叩いた。


「それも、今日で終わりです」


 画面中央に『120』と書かれた赤い文字が現れた。

 119、118、117……

 椅子を降りたアスカが、大きなアタッシュケースにいくつかの機器を詰め込んでいる間も、減っていく数字は生きもののように動いている。


「セオさん、行きましょう」


 パチン、とアタッシュケースの口を閉じると、アスカは俺に階段を上るように言った。

 言われるがまま、地上に戻る。

 振り返ると、画面上のカウントダウンは60を切っていた。


 半壊した部屋に出れば、床にはまだ憲兵が2体、転がったままだ。

 まったく動く気配がない。なにをしたのだろう。


「この憲兵は……」


「大丈夫、あと62秒は動きません。それより急いで」


 アスカに急かされるまま、家の階段を下りる。

 空き地の草を踏んで道路に出た。少し進んだところで、アスカが後ろを振り返った。


「――セオさん」


「な、なんだ?」


「花瓶とお花……ごめんなさい」


 そんなもの、と言おうとした瞬間、足下から突き上げるような揺れが伝わってきた。続く地響きと震える地面に、地震かと思いかけて即座に否定する。


 アスカの視線の向こう。家の壁の穴から炎が噴き上がるのが見えた。

 小さな屋根はまたたく間に燃え上がり、赤い色に包まれていく。

 俺は言葉を失ったまま、その光景を見つめていた。

 炎に飲み込まれていく小さな家と、それを見つめる少女の、鋭い表情を。


「……行きましょう。人が来ます」


 小さな手に引かれて、その場をあとにした。

 心臓が忙しない。なにが起きているのか、把握出来ていなかった。


 何の音だ、火事かと口にしながら集まってきた人波に、逆らって歩いた。

 しばらく歩いて、どこだかも分からない道に出たところでアスカは俺の手を離した。


「――それじゃ、私はここで」


 貼り付けた笑顔で俺を見上げると、アスカは言った。

 なんてことのない、別れの挨拶のように。


「待て……どこへ行く気なんだ。まだなにも聞いていない。あれは一体なんなんだ? 君になにがあった?」


「セオさんには、説明できません」


「……っ」


「今まで親切にしてくださって、本当にありがとうございました」


 深々と下げた頭を見て、言いようのない思いが胸の内を巡った。

 話したくないことがあるのなら、話してくれるまでそっとしておいてやろう。

 そう思って、これまでも多くを聞かずにこの不思議な少女に関わってきた。


 だがこんなことになって、全部自分だけが分かった顔をして、説明もなく消えるつもりなのか。

 あんな、訳の分からないものを見せられて、どう納得しろと――。


「……俺じゃ、君の力にはなれないということか?」


 必要なら、助けを求めて欲しかった。

 いつでも手を差し伸べる用意はあるのに。


「そうとってもらっても、結構です」


 アスカは俺の目を見ずに、無感情な声で告げた。


「……ずいぶんと辛辣なことを言うな。君らしくもない」


 苦笑いがもれた。

 そうだと言い切ってしまえば、あきらめもつくものを。

 どこかで俺を頼りたい気持ちがあるのだろうと、解釈していいのか。


 寒そうな青色のワンピースの胸元に、あるべきものがないことに気づいた。

 アスカは今日、エアシールドを身につけていなかった。

 何故、今まで気づかなかったのか。あの家の造りを見れば、そう考えて当然だったのに。


「君は……魔力持ちなのか?」


 すでに確信があった。

 それならば、普通の子より身体能力が優れていることにも納得がいく。


「……セオさんなら、分かるんじゃないですか?」


 返された問いに、俺は自身のエアシールドを握りしめた。

 魔力を持っている人間は、自分以外の人間の魔力を感じ取ることができる。

 アスカはおそらく最初から、これがダミーだと知っていたのだろう。


「確かに、俺は魔力持ちだ。だが生まれつき魔力は微弱なもので、他人が魔力持ちかどうかも分からない。君は……」


「いいえ、私はセオさんとは違います。ごめんなさい……もう、行きますね」


「だから待てと言っている。まだ話はすんでいない」


 歩きだそうとしたところを、腕を伸ばしてつかまえた。

 青いワンピースの袖がめくれて、その下から見えた白い布に寒気が走った。

 腕に巻かれた、包帯。


「――怪我を、しているのか?」


「っこれは、違います! 怪我ではなくて……その、ちょっと直す時間がなくてとりあえず……」


「なにを言ってるんだ、どう見ても怪我だろう」


 痛いかもしれないと、思わず腕を放してしまった。

 アスカが一歩、後ずさった。


「アスカ、知り合いに医者がいるんだ。診てもらおう」


「いいえっ! こんなもの、どうだっていいんです!」


「……は?」


「私は消えますので、どうか今までのことは忘れてくだ……あっ!」


 本気で逃げようとしているのが分かって、小さな手からアタッシュケースを取りあげた。

 ずしりとした重量が指先にかかる。10kgはゆうにありそうだ。


「よくこんな重量物を片手で持つな、君は……」


「セ、セオさん、困ります。返して……」


「もちろん返すさ。だが先にその腕の怪我だな。これからどこに行く気か知らないが、多少寄り道するくらいはかまわないだろう?」


「いえ、本当に……きゃっ!」


 ついでに、反対の腕でアスカを肩に担ぎ上げる。


「セオさん! 下ろして……!」


「見た目より重いな」


「ッ失礼ですよ!」


「……すまん」


 これじゃまるで誘拐犯だな。

 そう思いつつ、そのまま太い通りに出てタクシーを捕まえる。


「下ろしてください! ダメなんです、私と一緒にいたら……!」


「11番街の東9番通り、千鳥亭まで頼む」


 アスカを抱えたまま、後部座席に乗り込んだ。

 すぐに走り出したタクシーの中、アスカはしきりに周囲を気にしている様子だ。


「怪我の具合を確かめて、君の身が安全だと、俺が納得できたならそれでいい」


「……でも、もう、そんなことを言ってる状況じゃなくて――」


「ならその状況について、説明が必要だろう」


 死地に向かうような顔をした少女をそのままにして別れるなど、できるはずがない。

 必要以上には関わらないと言った、昨日の決意表明はどこへやら。

 俺の意思はもう固まってしまっていた。


 乗りかかった船だ。

 ここまで関わってしまったのだから、出るものが毒だろうがなんだろうが、皿まで喰らおうじゃないか。


セオ視点、これにてひとまず終了です。

次話は主人公にマイクを戻します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] セオさんカッコいい!!! 距離置こうとしているアスカちゃん、切ない…と思って読んでいましたが、覚悟を決めたセオさんがかっこよくて、もう!!! ひやひやしながら見ていましたが、このペアは安心…
[良い点] 憲兵さん、セオさんが女の子を攫ってます(=゜ω゜)ノ という悪ノリが頭の中で渦巻いてます……はい。 マスターさん。セオさんの事を叱りつつ、アスカちゃんに笑顔での対応をお願いします!! …
[良い点] セオさん、やっぱりいいひと! でも本当は首を突っ込んではいけないものに 突っ込んでるんだろうなぁ。
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