086 再訪の掃除屋#
from a viewpoint of セオドア
10番街にあるショッピングモール。
昼過ぎの明るい店内には、絶えず人が行き交っている。
「俺も、どうかしてるな」
動揺からか、心の声が外に出てしまった。
まさかひとりで花屋に入ることになるとは思わなかった。汚れた掃除屋が場違いもいいところだろう。
「贈り物ですか?」
愛想のいい女性店員が、店の入口に立ったままの俺に笑顔を向ける。
覚悟を決めて足を踏み入れた。
「ああ、子どもが好みそうなものがいいんだが……」
「お祝いのものでしょうか」
「いや、ただの手土産だ。仰々しくないものがいいな」
「でしたら小さいブーケがおすすめですよ。お花はどんなものがよろしいですか」
なんでもいい、と言おうとして、目の前にあったピンク色のチューリップに目が留まった。
俺みたいな男でも名前を知っている花だ。
なんとなくアスカの笑顔を思い出させて、これにするか、と思う。
「これと……あとは、これが入りそうな花瓶もつけてくれるか」
あの小さい花瓶では、活けられないだろうからな。
透明な花瓶を一緒に包んでもらうと、アスカの家へ向かった。
本当にぽつんと空き地の中、存在感なく建つ家だ。
先日はよく見ていなかったが、注意書きに『防犯システム作動中です。大変危険ですので、敷地内への侵入をご遠慮ください。ご用の方はポスト横のインターホンを鳴らしてください』と書いてあった。
それに従って、インターホンを押す。
すぐにドアが開いて、アスカが顔を出した。
「セオさん!」
弾んだ声を聞いたら、自分でも意外なほど温かい気持ちが胸に広がった。
たった3日ぶりだが、元気そうで良かった。
「約束通り来たが、邪魔してもかまわないか?」
「はい! どうぞあがってください」
一瞬家に入るのをためらったが、用事があって来ているのだと自分に言い聞かせる。万が一、近隣住民に通報されたら事情を話そう。
「こんなもので良かったか」
小さな花束を手渡すと、分かりやすく破顔した。
「わあ、うれしい……ありがとうございます!」
表情の豊かな子だな、と思う。
愛されて育たなければこんな風には笑えないだろう。
ますますアスカの家族のことが気になった。
黙ってうれしそうな様子を見ていると、ちらとこちらを見上げてきた。
「セオさん……チューリップの花言葉、ご存じですか?」
「……いや?」
知っているわけがない。なんだろう、花に言葉があるのか?
「そうですよね、すみません」
ふふっと笑って、アスカは大事そうに花束を抱え直した。
「なんなんだ? その……花言葉っていうのは?」
気になって尋ねる。
「お花にはそれぞれ、昔の人がつけた意味があるんです。チューリップの花言葉は『思いやり』と『博愛』です。セオさんにぴったりですね」
まぶしい笑顔に見上げられて、なんとなく背中がむずがゆい。
あと、どう返したらいいか迷うセリフだ。
「……いや、俺はそんな褒められた人間ではないし、それは君にあうと思って買ったものだ。その花言葉に似合いなのは、むしろ君のほうだろう」
「ふふ、うれしいです。私、ピンクのチューリップが大好きになりました」
年端もいかない子どもなのに、妙に大人っぽい表情をすることがある。
アスカは一緒に渡した花瓶に恐縮しながら、小さな水場で花を活けた。
その間に机の脇に置かれた、電気ケトルのスイッチを入れる。この前はあの場所になかったものだ。
小さなワゴンからティーカップを取りだし、慣れた手つきでお茶を煎れてくれた。
すすめられた小さな椅子も、先日はなかった。
まさか、俺のために用意したのだろうか。
なんとなく聞けずに、目の前にひとつだけ置かれたカップを見つめた。
「君は? 飲まないのか?」
「私は食事を終えたばかりで、お茶ももういただきましたから」
「そうか……」
とりあえず本題だ。
俺は持ってきた袋から、真新しいタブレットの箱を取り出した。
机の上に置いて、開封する。
「同じものだと思う。確認してくれ」
「はい……なんだかすみません」
アスカは丁寧に箱からタブレットを取り出すと、外観を改めてから起動した。
最初の設定画面だろうか。小さな指で迷いなく打ち込まれていく文字を、ぼうっと見ながらお茶をすすった。
どう見ても10歳にも満たない。このくらいの子どもというのは、こんな風に機械を操作できるものだったろうか。言動だって賢すぎる。
近所の住人の、子どもたちを思い浮かべてみる。
少なくとも俺の知る限り、アスカと同じようにふるまう子どもはいない。
「バッチリです。元データもなんとか戻せそうですし、助かりました」
俺の考えていることなど知らずに、あっという間に確認を終えたらしいアスカが言った。
「そうか、良かった」
これでひとまず弁償はできた。
多少気もすんだことだし、あとしてやれることは……。
ふと目線をあげて、部屋の中を見回した。変わらず生活感のない空間。
「……いつから、ひとりなんだ?」
口にしてから、唐突な切り出しだったかと後悔した。
アスカの表情が、見落としそうなほどかすかに曇った気がした。
「……忘れちゃいました」
ほほえむ小さな少女は、問いに答える気はないようだ。
「余計なことだったらすまない、だが君みたいな子どもが……しっかりしているとはいえ、ひとりで暮らしているというのが……その、どうも気になってな。生活は、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。それなりに貯金もありますし、困っていません」
「そうか……なら、いいんだが」
それ以上質問するのは、アスカを追い詰めるような気がした。
この子は俺に話したくないことがあるのだろうと、雰囲気から悟れたからだ。
俺の用事はすんだ。これ以上、好奇心で長居しないほうがいいのかもしれない。
「タブレットは使っていて不具合があるようだったら連絡してくれ。俺は、そろそろ……」
「えっ」
「どうかしたか?」
腰を浮かしたら、アスカが焦ったように声をあげた。
「いえ……なんでもありません」
なんとなく落ち込んだ雰囲気を感じ取って、察した。
探られたくはないのだろうが、ひとりはさみしいのだろう。
俺も子どもの頃はそうだったから、気持ちが分かる。
「あの……セオさんのおうちって、どこなんですか?」
聞こうか迷ってから聞いてきた様子だ。
少し考えて、返事をする。
「11番街の9番通りにある。千鳥亭という店の近くだが……間違っても訪ねて来ないようにな」
「あ、すみません……やっぱりダメですよね。なにかお礼ができたら、と思ったんですが……」
無理に笑顔を作ると、アスカは言った。
これは、言葉が足りなかったな。
「礼はいらない」
「そうですよね、すみません」
「いや、だから、迷惑をかけたのは俺なのに、君に礼などされたら困るという話だ。あと……訪ねて来るなというのは、場所の問題だ。俺の住むところはブラックマーケットのすぐ近くだし、ローラシア一、治安の悪い地域なんだ。君みたいな外部の子どもが来る場所じゃない」
「あ……そうでした」
「なにも訪問が嫌だといってるわけじゃない。だから……」
ひと呼吸置いて、言った。
「必要だったら、呼ぶといい」
「……えっ?」
「俺がここに来るから、呼んでくれと言ってるんだ」
「……いいんですか……?」
「心配だからな」
「……っありがとう、ございます」
そんなにホッとするくらいなら、もっと……。
……いや、余計なお世話か。保護者でもないのに。
俺は今度こそ席を立った。
「また近くに来たら様子を見に来てもかまわないか?」
色々言いたいことも聞きたいこともあるが、今はそれだけ尋ねた。
「はい、もちろん!」
満面の笑顔に、自分の対応が間違ってないことを知る。
どうして知り合ったばかりの少女のことなど、気にかけてしまうのか。
自分でも不思議な庇護欲は、この笑顔を見るたびに大きくなっていくような気がした。
新年一話目、なんとか更新出来ました~♬(ノ゜∇゜)ノ♩
セオドア視点のサイドストーリーは本編にも必要なので、もうちっとおつきあいくださいませ。
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