085 進歩じゃなくても#
from a viewpoint of エヴァ
手の中には、魔力で光る魔道具があった。
小さなランタンは、いつになったら光らせてくれるんだと恨み言を言っているように見える。
ローラシア郊外。
冬の公園のベンチは、お尻から体温を奪われるように冷たい。
魔力を扱う練習をしたい、と言ったら、ルシファーは私をここに連れてきた。
この大きな公園は一部が森になっていて、場所によっては本当に人がいない。
特殊憲兵の一件があって、ルシファーはこの近くにあるホテルに拠点を移した。11番街に近いから、憲兵が少なく安心だという理由で。
治安が悪い場所なのに憲兵が少ないなんて、変な話ね。そう言ったら「11番街はいわゆる無法地帯だから、犯罪が起きても国は知らん顔なんだよ」と、当たり前のように説明された。
あんなに綺麗な街のすぐ近くに、そんな場所があること自体が不思議だわ。
科学国は、やっぱりよく分からない。
相変わらず光らないランタンを見て、ため息がもれる。
どう魔力を流そうと思っても、自分の中でぐるぐる回るだけの力は外に出ていこうとしない。
「肩に力が入りすぎなんだって。もっと自然な感じで力抜いてやるんだぞ」
少し先の大きな鉄棒に、片足の爪先だけでぶら下がったルシファーが言う。
運動らしいけど、コウモリみたい。頭に血が上らないのかしら。
「分かってるけど、外に出そうとするとどうしても力が入るのよ」
きっかけは魔力供給だった。
使い魔が魔女の魔力なしでは生きられないと知った。
ルシファーをそんな風にしてしまったのは、他でもない私だ。
あのときはとにかく生きてほしいという気持ちだけで、ルシファーを使い魔にしてしまった。
不死をなくす方法が分かって私が死ねば、彼は従魔の契約から解放される。
それで元通りだと、そう思っていたから。
だから、それだけじゃすまなかったと知って無責任にもショックを受けた。
今は早く自分の意思で魔力を扱えるようになって、必要な魔力供給ができるようにならないと、彼に申し訳ない。
(見たくないからと目をそらしていたことに、向き合わなくちゃいけなくなったのね……)
私の魔力は、そのものがアクセラレータの能力だ。
他の人が属性を持っていて使う魔法とは、少し違う。
魔力を広げれば、それはアクセラレータの効力を広げるのと同じこと。
「エヴァ、にらめっこしてても魔力は流れねーんだぞ」
思い悩みながらランタンを眺めていたら、いつの間にかとなりに来ていたルシファーが頬をつついてきた。
ムッとして、少しにらむ。
「分かってるってば。ちょっと黙ってて」
魔力を外に流せない理由は、なんとなく分かっていた。
無意識にブレーキをかけてしまっているからだ。
(怖いのよ……)
この魔力を……能力を外に出してしまうことが、すごく怖い。
実際にここに来てから、私の周りではアクセラレータの影響と思われる現象が起きていた。
見ないふりで過ごしてはいたけれど、半径3M以内くらいがその範囲らしいことまでは分かっている。
こうして閉じ込めさえしておけば、影響はその程度の最小限ですむけれど……
意図的に外に広げてしまったらどうなるのか、考えたくもない。
その意識が、ブレーキをかけている。
「うーん、じれったいなぁ。そのままちょっと持ってろ」
ルシファーはそう言うと、私の手の上からランタンを持って顔の高さまで持ち上げた。
「俺がやるから、魔力の流れを感じてみろ」
「……わかったわ」
ゆっくりと、ルシファーが私づたいにランタンへ魔力を流すのが分かった。
黒い霧のような彼の魔力はひんやりと冷たい。指先でつまった、火照った熱を少しだけ落ち着けてくれる。
ランタンにうすい黄色の光が灯った。
「どうだ? じわじわ外に流すイメージでやったけど」
「流れていく方向はわかるの。普通の魔法が使えなくても、昔は私もできてたのよ……だから、今もできるとは思うの」
最初はどうしたらいいか分からないと思ったけれど。
よくよく考えてみれば、昔は無意識にやっていたはずだ。
(祈れば、いいのよね……)
あの頃みたいに。
私が考えなしにあちこちで祈った結果、なにが起こったかを同時に思い出す。
思わず身が竦んだ。
知られてはいけない力。
なにを犠牲にしても隠しておかなければいけないと知った、あの頃。
(もう、あんなことはしない……)
考え過ぎている自覚はある。
ランタンを灯す程度の魔力を流すだけだ。
そう思っても、意思の力だけではどうにもならない。
「まぁ焦らずやれよ。エヴァが自分の魔力をちゃんと扱えるようになりたいなんて、言い出しただけいいと思うし」
ルシファーが言った。その言葉の意味を考える。
確かに今までの私は、自分を壊しさえすればすべて解決できると思ってた。
私の魔力は閉じ込めておけばいいもので、うまく操作して扱えるようになろうだなんて考えたこともなかった。
「だって、魔力供給ができないとルシファーがまた具合悪くなるでしょう。咎人の石もなくなってしまったし、魔力を閉じ込めておけないなら、ちゃんと扱えなきゃいけないって気付いたのよ……」
「なんにしても、さっさと消しちまえばいい的な考え方から進歩したよ」
「勘違いしないで。進歩なんて望んでないわ。ただ……不死をなくす方法がいつ見つかるか分からない以上、このままなにもしないでいたら困ると思っただけよ」
言い返すと、ルシファーは肩をすくめてみせた。
「理由はどうあれ、進歩でいいじゃんか。どのみち、次の魔力供給には間に合いそうにないけどな」
「お腹……空いたの?」
少し考えて、ルシファーが言う。
「いや、まだ大丈夫だと思う。でも早いとこできるようになってくれ」
「血を媒介にする方法はあるから、次までに無理だったとしても――」
「お前また手首切る気か? もうするなって言ったろ」
「血の止まりやすいところを切ったら、供給中に傷がふさがっちゃうかもしれないでしょ。それに手首が一番切りやすいのよ」
自分では正論だと思うのに、ルシファーはあからさまに嫌な顔をした。
「だから、そういうこと言うな。腹が満たされても精神に悪い。俺はそんな食事いらねーからな」
「そんなこと言ってもそれしかないでしょ、他に方法がな――」
ルシファーが人指し指で私の唇を押さえたことで、言葉は途切れた。
綺麗な笑顔を浮かべると、彼は続けた。
「従魔の契約がヒントだろ。血なんて流さなくても、摩力受け渡す方法ならあるって」
従魔の契約……って。
なにを言っているのかに思い当たって、一瞬で頬に熱があがった。
「そ、それは、無理だって言ったでしょ?!」
「え? お前、この間『魔力供給のためならなんだってする』って言ったぞ」
「……っそれは、言った、かも、しれないけど……」
そういえばそうね、なんて言えるわけないじゃない。
だって、その方法って……もしかしなくとも……
ああ、ダメだわ。もうなんと返していいか分からないくらい、頭が混乱してきた。
「でも……契約のときだって、どうやってやったのか覚えてないのよ。ど、どうせできないわ」
「大丈夫、俺が勝手にもらうから」
なんでそんなに涼しい顔でいられるの?
こっちは想像しただけで恥ずかしくて脳ミソがショートしそうなんですけど……!
「確か闇魔法の中にもそんな感じのがあったのを思い出したんだ。契約するわけじゃねーし、血もいらないだろ。体ん中の魔力引きずり出せばいいってなら、理論的にはそれが一番手っ取り早い」
「手っ取り早い……」
乙女をなんだと思ってるの、この人は。
「その方法が嫌なら、早いところ自力で魔力を扱えるようになれよ」
そう言ったルシファーは、やっぱりきれいな笑顔を浮かべた。
最高に追い込まれた気分になった今、魔力の移動でもなんでもできそうな気がするのは、気のせいかしら。
今年最後の更新です。
みなさま、いつもご愛読ありがとうございます!
来年も続きますので、どうぞよろしくお願いします!




