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084 小さな家#

from a viewpoint of セオドア

 10番街の端にある、比較的裕福な層が住む住宅街。

 あまり入り込むことがない地区を、俺はちいさな少女と歩いていた。


「あの、セオさん……本当に、もう大丈夫ですから」


「そんなわけにいかないと言ったろう? とにかく後日同じタブレットを持って行くから、家の場所だけ教えてくれ」


 バス停の横を通り過ぎるとき、ふいに横から整髪料のサンプルらしきものが差し出された。


『よろしかったらどうぞー』


 公告用の衣装を身につけたヒューマノイドが、貼り付けた笑顔でサンプルを押し付けてくる。

 よろしかったら、という態度ではないだろう。


「いや、結構だ」


『お願いしまーす』


 無理矢理手に持たせると、ヒューマノイドは次の人間にサンプルを配りに行った。

 どういう設定になってるんだ、感じの悪い……


「これだからヒューマノイドは……」


 思わず呟くと、横から「えっ」と小さな声があがった。

 アスカが俺をおそるおそるといった風に見上げていた。


「どうかしたか?」


「あ、いえ……セオさんは、ヒューマノイドがお嫌いなんですか?」


「そうだな、役に立たないという記憶しかないせいか、あまり好きじゃない」


「そうなんですか……」


 となりを歩く少女は浮かない顔だ。

 もしかして、俺に家を知られることを警戒しているんだろうか。


「俺の家は11番街だし、職業もろくなものじゃない。不審に思うのは分かるが……」


「いえ違います! セオさんはいい人です! そんなこと思ってません!」


 振り返って思いきり否定すると、アスカは「ただ……その」と言葉をにごした。


「私も、あまり人に言えないような仕事をしてるので、関わらないほうがいいと思うんです」


「人に言えないような仕事って……なんなんだ、君が働いてるっていうのか?」


「働かなくては生活できませんからね。あ、見えました。あれが私の家です」


 他の家から離れた空き地のような草地の奥。

 とても小さな……まるで道具置き場のような大きさの、家が見えた。

 この辺りにしては珍しい木造で、大きすぎる煙突がついている。

 横長の窓が上の方にひとつ。妙な造りだ。


「小さいでしょう? でも私が住むには、あれで十分なんです」


「ここの空き地はなんなんだ? 家と比べてずいぶんと広いが」


「私の所有する土地です」


 あっさりと言ってのけると、アスカは草地の道なき道を家に向かっていった。

 正直、意味が分からなかった。


 家の前まで来ると、ポストを開けて郵便物を確認している。

 重たそうな封書がいくつも届いているようだ。

 木製の階段に足をかけようとしたら「あ、待ってください」と腕を引かれた。


「一応、侵入者防止のために感知システムを張ってあるので。人がそのまま入ると丸コゲになってしまいます。ほら、そこに注意書きがあるでしょう?」


「なに?」


「少し待って下さいね……はい、いいですよ」


 なにをした風にも見えないのに、アスカはそう言って腕を放した。

 空想の中で生きている子どもに見えてきた。つくづく変わっている。


 一緒に階段を上ると、木製のドアに取っ手がないことに気づいた。

 アスカが手を触れると、一瞬ピッと音が鳴ってドアが横にスライドする。

 自動で開くような造りには見えなかった。今のは指紋認証か?

 嵐でもきたら吹き飛んでしまいそうな、ただの小屋に見えるのに。


「せっかく来てくださったところ申し訳ないんですが……なんのおもてなしもできない家で」


 先に玄関をくぐったアスカに続いて、家の中に入った。

 部屋は6M四方ぐらいだろうか。天井の真ん中に大きな空洞があった。外から見た煙突の場所だろう。

 しかしその下に暖房器具はない。煙突でないなら、この大開口はなんなんだ。先の方でU字に折れ曲がった穴から、巨大なファンがまわっている音が聞こえた。

 換気しているのか……? ということは、浄化システムもないのか。


 上の窓から明かりが差し込んで、細かいホコリが舞う室内。

 壁には大きな書棚。アスカの身長に合わせたらしい机と椅子。

 奥に小さな水場があって……その上に冷暖房らしき設備。

 物置かトイレか分からない個室らしきものがひとつ。


「……まさかとは思うが、本当にひとりなのか?」


「はい、ひとりです」


 生活感のない空間だった。

 時間の止まった、どこかの家の使われていない一室を見ているような……。

 机の隅に置かれたとても小さな花瓶に、野の花が一輪。

 その横の壁に下げられている、小さな弦楽器が目についた。


「……さみしくないのか?」


 他に聞ける常識的なことはたくさんあるはずなのに。

 俺は思わず、そう尋ねてしまった。


 アスカは驚いた顔で振り返るとわずかな間俺を見ていたが、力なく微笑んだ。


「……さみしくないと言ったら、嘘ですね」


 本当に、ここで生活しているのか?

 見たところ、7~8歳だろう。なにができるっていうんだ。

 普通なら、親に庇護されて育っている年だ。

 仕事をしているなんて、嘘じゃないのか。


 なにを尋ねても尋問のようになってしまいそうで、口にするのがためらわれた。

 代わりに俺が聞けたのは、なんとも間の抜けた質問で。


「それは、君が弾くのか?」


 壁際の小さな楽器を指さした。

 ギターじゃない。弦が4本。ウクレレだ。


「あ、はい。たまに。ギターは私には大きいので、これがちょうどいいんです」


「そうか……いい趣味だな」


「セオさんも楽器を弾くんですか?」


「ああ、父親が音楽家でピアノ弾きだったから、習ったんだ」


「そうなんですか、私もピアノの音は大好きです」


 うれしそうに笑うアスカの顔を見て、本当に音楽が好きらしいことが分かった。

 だがしかし……世間話をしていていい状況ではないな。


「正直なところ、君の置かれている環境はよく分からないが……本当にひとりなら、俺がのうのうと上がり込んでいるわけにはいかないな」


 絵面的には、犯罪だと思われても仕方のないシチュエーションだろう。


「君の壊れたタブレットの値段を調べて、本体が買えたらまた来る。2、3日中には訪ねさせてもらうつもりだが、かまわないか?」


「弁償なんて、本当に……私が勝手にやったことで――」


「俺の気がすまないんだ。そうさせてくれ」


 アスカは仕方なさそうに、小さくうなずいた。


「ところで君の好物はなんだ? 手土産が思い浮かばないので聞かせて欲しいんだが……やはり甘い菓子類が好きか?」


「えっ……いえ、そんな気を遣っていただかなくても」


「君こそ、子どもが気を遣うんじゃない。指定がなければ俺が適当に見繕ってくるが、菓子でいいのか?」


「あ、いえ……その、実は、甘いものが苦手で。それほど食べものにも興味はないので……」


「遠慮するなと言ってるんだ」


「ほ、本当に苦手なんです! ですから、その……食べもの以外のほうが……」


「食べもの以外……おもちゃ、とかか?」


 アスカはふるふると首を横に振った。

 少しだけ考えて、ぽつりと呟く。


「お花が、いいです」


 花か。

 もう1度、机の上の小さな花瓶を眺めた。


「分かった。じゃあ近いうちまた来る。これは俺の連絡先だ、なにかあったらかけてくれ」


 名刺もどきの携帯番号を渡す。

 去り際、なんとなく小さな頭に手が伸びた。

 肌触りのいい髪をそっと撫でてやる。


「困ったことがあったら、頼ってくれていいからな」


 保護者になったつもりはないが、そんな言葉が勝手に出た。

「ありがとうございます」と、見上げてくるはにかんだ笑顔に、どきりとする。

 俺のような人間が触れてはいけなかったか。

 罪悪感のようなものが頭をもたげて、苦笑を返す。


 空き地から出るときに振り返った。

 手を振ったアスカに、片手をあげて応える。

 なんとも不思議な子どもの、不思議な暮らしぶりを垣間見てしまった。


「……参ったな」


 くすぐったい庇護欲のようなものが、胸の奥に生まれたのを自覚してしまえば。

 タブレットの件が片付いたあとでも、あの子に関わらないという選択肢が思い浮かばなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話まで読破しましたー♪ もう、フェルとエヴァの大ファンです! こんなに面白くて完成度の高い話が小説家になろうにあったとは……。 なんでまだアニメ化してないんですか? とっくに書籍化&コ…
[良い点] こんにちは(*´ω`*) こんなに更新、置いていかれたのは初めてかも。大体読むペースと更新ペースが同じだったんですけど……。でも年賀状も掃除(今日が最後の可燃ゴミ)も終わったので、久々…
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