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083 いつもの仕事#

from a viewpoint of セオドア

 話は10番街のアトラブックスで、やたら顔面偏差値の高い学生カップルに出会ったところから、1か月ほど遡る――。


◆ ◇ ◆


 同業者のよしみで、つい手心を加えてしまったようだ。

 のど元目掛けて繰り出した手刀は、急所をわずかに外れた。


「がはっ……!」


 のけぞった大男の両足が、地面を離れる。

 のどを潰さずとも、確かな手応え。土埃を立てて倒れ込んだ体は、そのまま動かなくなった。

 それを見届けてから「まだやるか?」と、となりで臨戦態勢の片割れに尋ねる。


「っやりやがったなセオっ! 組合の犬が調子にのるなよっ……!」


 顔色を変えた同業者は、叫ぶなり腰に手を伸ばした。

 ホルスターから銃が取り出される瞬間に懐へ飛び込む。掴んだ銃身ごと右腕をひねったところで、発砲音が響き渡った。


「うあああぁっ!!」


「急所は外してやったから、感謝しろ」


 自分の銃で撃ち抜いた左肩を押さえて、男が転げ回る。

 銃弾すべてを抜いて銃もろとも手近なドブに投げ込むと、男に向き直った。


「マーケットの価格は自由主義だろう。あちらが安く売ったからこちらが売れないなんて道理が通るか。ムカつく相手を片っ端から始末しようなんてするから、組合から制裁が入るんだ」


「いてえぇえ! いてえよぉ!!」


「……ったく、情けないな。おい、次はお前の心臓を打ち抜くって依頼主に伝えておけ。それでお前らもお役御免だろう。せいぜい慰謝料を請求してやれ」


「うる……うるせえぇっ! とどめも刺せない、腰抜けがっ……」


「うるさいのはどっちだ」


 ため息を残して、俺は背を向けた。

 11番街の最下層に来ると、こんな小競り合いは日常茶飯事だ。


 今日の依頼主、ブラックマーケットの組合がある建物までやってくると、目前の扉を見つめた。

 海賊旗のようなどくろマークに【LBM】の文字。

 懇意にしているとはいえ、積極的に出入りしたい場所じゃない。そう思いながら重い金属製の扉を開ける。


 客の争奪やもめ事が当たり前のブラックマーケットに、雇われる用心棒は多い。

 俺はその中でも、中立。昔から組合を通した依頼を引き受けている。

 建物内はこんな治安の悪い場所にあっても整然とした造りになっていて、受付窓口まであった。顔見知りのスタッフがいる。

 依頼完了の報告をして、いつものように報酬を受け取った。命を張るには、ささいな金額。


「……少し歩くか」


 ここに長居は無用だ。

 気分転換をかねて、街の様子を見て回ることにした。

 慣れ親しんだ住宅街の路地を通ると、頭の上の窓から声が降ってくる。


「セオちゃん、今度また家具の移動を手伝っておくれよ」


「ああ、分かった」


「次の日曜だけど、犬のエサやりを頼めないかい? 出かけるんだ」


「覚えておく。午後でいいか?」


 雑用をいくつか引き受けて、懐のスケジュール帳に書き込む。

 用心棒から草むしり、夜逃げの手伝いまで、なんでもありが掃除屋の仕事だ。

 ふと、すれ違った黒の制服に違和感を覚えた。


(こんなところに……?)


 このところ11番街をうろつく憲兵の数が増えたように見える。

 アミューズメントパークのある地区ならともかく、このあたりで憲兵など見かけなかったはずだ。

 巡回する黒服に、知らないなにかが水面下で動いている不気味さを感じた。


 人気のないほうを歩きたくなるのは、もう性分としか言いようがない。

 10番街との境にある大きな公園……といっても半分林のような町外れまでやってきてしまった。


 わずかだけ日の当たっているベンチを見つけて、腰を下ろす。

 連絡用の携帯を確認するが、着信はないようだ。

 今日はこのあとの仕事もなさそうだし、少し休憩していくか――。


「――返して下さい!」


 目をつぶりかけた瞬間、少し離れたベンチから、そんな声があがった。

 見れば綺麗とは言い難い身なりの男と、小さな女の子が向かい合って立っている。


「ちっちゃな子がこんなもん持ってたらダメだろ~?」


 男が手にしているのは小型のタブレットだ。

 先月に発売された、最新モデルのカラーリング。


「おじさんもこれ欲しかったんだよなぁ。お嬢ちゃんが持ってても仕方ないだろうし、アメと交換しようか」


「アメは必要ありません。それは私のものです。返してください」


 明るい茶色の髪をした少女は、落ち着いた口調で言い返した。

 取りあげたのだろうタブレットを頭上に掲げながら、男は笑って取り合わない。


 正義の味方のつもりはないが、掃除屋の仕事についたのは人の役に立ちたかったからだ。

 無報酬だろうと、これを見逃す気にはならなかった。

 俺は静かにベンチを立った。


「しつけーガキだなぁ。おじさんそろそろ怒るよ?」


 伸ばされた小さな手を払うと、男は少女の体を突き飛ばした。


「……おっと」


 よろめいた体を受け止める。驚いたように見上げてくる目と視線がからんだ。

 薄く青い空の色をした、綺麗な瞳――。


「大丈夫か?」


 尋ねると「は、はい」と戸惑った返事があった。


「なんだ兄ちゃん、やんのか? 俺はこの辺りじゃちょっとした……あいたたたたた!!!」


「さっさとそれを返せ」


 関節をきめて腕をひねり上げると、涙目になった男はあっさりとタブレットを離した。


「腕を折られたくなかったら、もう行け」


 男は馬鹿みたいに慌てながら、走っていった。

 回収した薄緑色の小型タブレットを、少女に渡してやる。


「ほら、災難だったな」


「ありがとうございます」


 笑顔で受け取ると、少女はペコペコと頭を下げた。

 礼儀正しいし身なりもちゃんとしてる。まだ小さいのに、こんなところにひとりで遊びに……?


「親は一緒じゃないのか? 早く帰ったほうがいい。そんな高額なものを持って人気のないところにいると、また今みたいな目に遭うぞ」


「大丈夫です。ちょっと考え事をしてボーッと座っていたものですから……以後気を付けます」


 年の割にしっかりした受け答えをする、と思った。

 口調も仕草も、あまり子どもらしくない。


「……ところでお兄さん、あちらの方たちはお友だちですか?」


「なに?」


 少女の視線をたどって振り返ると、5人組の男たちがやって来るのが見えた。

 一番後ろに、先ほど倒した大男がいる。ぎらぎらした目でこちらを見ていた。

 あとを追って来たのか。手加減などせず、のどを潰してやれば良かったな。


「あんなに人相の悪い友だちはいないな……ここは危ないから、もう行きなさい」


 子どもを巻き込むわけにはいかない。

 帰れと告げてから、自分も少女から離れた。


「よーおセオ、さっきぶりだな」


 のどを撫でながら、大男が汚い笑みを浮かべる。


「よほど頭が悪いのか、懲りないヤツだな」


「やられっぱなしで依頼人になんて言うんだ、次から仕事こねぇだろ」


「ならいっそ廃業したらどうだ。そのほうが長生きできるぞ」


「てめえこそ2度と仕事できねえように半殺しにしてやるよ。帰って組合に『なめた真似してんな』って伝えておけ」


 間合いを詰めてくると、大男以外の4人が一斉に襲いかかってきた。

 用心棒に雇われた用心棒。要するにただのチンピラだ。


 掴もうと伸びてきた腕を2本、3本と交わして、しゃがみ込むと足払いをかける。きれいに転んだのはふたり。残るふたりには攻撃を仕掛ける。

 ひとりのみぞおちに掌底を打ち込み、もうひとりは下からあごを打ち上げた。


 起き上がろうとしている男の後頭部に組んだ拳を叩きつければ、あっさり地面に伸びた。

 最後のひとりが、起き上がりざまに腰にしがみついてきた。

 引き倒されそうになるのをこらえて、下から膝で蹴り上げる。


「セオ!」


 大男の声が響いた。

 俺を掴んだ男は、足にしがみついたまま離れない。


「体術じゃかなわねえって知ってるからな! 死ねっ!」


 予想通り、というべきか。

 大男の構える小型の銃は、短距離で狙うには確かな威力がある。


「半殺しって、言わなかったかっ……!」


 厄介な重石(ウェイト)を足で払う前に、発砲音が響き渡った。

 木々の合間から鳥が一斉に飛び立つ。

 自身のどこが打たれたのか、把握しようと思った。だが、どこも痛くない。


「なに……?」


 すぐ目の前に、小さな背中があった。

 銃弾のめり込んだ薄緑色のタブレットが、地面に落ちる。


 俺と大男が現状を把握する前に、少女は飛び出した。

 勢いよく走って行くと、あっけにとられている大男の腹に飛び込んで体当たりを食らわせる。

 もちろん、そんなことでヤツが倒れるわけはない。


 俺は即座に足下に絡みついている男の首に手刀を入れた。

 昏倒した体が地面に倒れ込む前に、走った。


「なんだこのガキ……! 頭おかしいんじゃねえのか?!」


 大男は少女の首元を捕まえて引きはがすと、横に投げた。

 受け止めるには間に合わない。少女は勢いよく地面に転がった。

 俺の接近に気づいた大男が、すぐさま銃口をこちらに向けた。


「――遅い!」


 ガオン! と火を噴いた銃口は真上に。

 下から蹴り上げた衝撃で、銃そのものが宙を舞う。

 先ほどは手加減したが今度はナシだ。

 全体重をかけて、胸元に掌底を叩き込んだ。

 骨の折れる衝撃が、手のひらから伝わってくる。


「げはぁっ……!」


 白目をむいて倒れていく大男を見ながら、今日2回目だな、と思う。

 仲間を置き去りにして、意識のあるチンピラひとりが逃走していった。


 首を回すと、少女は起き上がってスカートについた土を払っているところだった。

 駆け寄って、怪我がないかのぞき込む。


「君、大丈夫か?!」


「あ、はい。全然なんてことありません」


 にっこり笑って返す少女の呑気さに、なんだかめまいを覚えた。

 しゃがみこんで小さい肩を掴んだ。 

 

「なんてことないわけないだろう……相手は銃だぞ?! 一歩間違えば死んでた!!」


「でも、死んでません」


「無茶にもほどがある! タブレットも壊れてしまったじゃないか……大事なものだったんだろう?!」


「人の命より、機械が大事なわけがありません」


「……っ」


「あなたの動きから、少しだけその人を止めておけば、なんとかなるだろうと思ったので」


「……なんとか、なるって……」


 あまりに冷静な少女の口ぶりに、動揺している自分がおかしいのかとすら思えてきた。


「俺が助かっても君が怪我をしていたら、俺は自分を許せなかったぞ……こういうのは、やめてくれ」


 それだけ言うと、困った顔で微笑んで「はい」とうなずいた。


「君、名前は?」


「……アスカです」


「アスカ、家まで送っていく。ご両親に謝らなければ」


「え? いえ、大丈夫です」


「大丈夫じゃない、こんな小さな子に助けられて、危険な目に遭わせて、このまま帰れるわけがないだろう」


「いえ本当に……」


 遠慮ではなくそのまま逃げだしそうだったので、腕を掴んで引き留めた。

 これで帰らせたら、俺は最低な大人だ。


「そのタブレットも俺が弁償する」


「いえ、そんなことしていただくわけにはいきません!」


「だめだ、さあ行こう。家はどこだ?」


「家は……その……両親もいませんので、本当に、大丈夫ですから」


「いない? どういうことだ」


「私、ひとり暮らしですから」


「……は?」


「ですから、ひとりで住んでるんです」


 そんな馬鹿な。

 いたって真面目な顔の少女と、無言で視線をあわせた。


この1話、長くてごめんなさい<(__)>

少しの間、主人公以外の視点が続きます。

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