081 特殊憲兵との遭遇
もとより食事も睡眠も、人より少なくてすんだ。
だからといって、自分を魔物だと思ったことはない。
(結局、なんなんだろうな……俺って)
人間の両親から生まれているのだから、生物学的には人間のはずだ。
でも、純粋にそうと言い切れるのだろうか――。
そんな疑問が浮かんでは、答えのないまま消えていく。
冬の夜風が吹き荒れる中、俺はひとりホテルの屋上にいた。
エヴァがよく寝ているので、少しだけ体を動かしに出てきたのだ。
なにもしないでいると、さすがに体がなまる。
鍛錬したいだなんて俺らしくないと思うが、強くなろうと自分で決めた以上、ダラダラ寝てるだけってわけにはいかない。
眼下にはネオンのきらめく街が見える。
ローラシアは相変わらず夜でも無駄に明るい。
ゴンドワナも、都市部へ行けばそうだったんだろうか。
結局魔法国の中枢を見ずに、また科学国へ来てしまった。
エヴァの安全を最優先に考えてのことだったが、悔しい思いはある。
テトラ教は嫌いだが、いずれ機会があったらまたゴンドワナには行ってみたい。
「さて……と」
よくよく考えると、使い魔になってから、戦闘らしい戦闘をしていなかった。
アサンドラ数匹を相手にしただけでは、自分の今の実力が分からない。
魔力を補充しなきゃいけないってところは面倒だが、魔法の効果自体は格段に上がっている実感がある。
これはどの程度なにができるようになっているのか、確認が必要だろう。
「ひとまず試してみるか」
片手をすっと顔の高さまで持ちあげる。
このホテルは他の建物より高いから、人目につかず実験するには最適だ。
指先からもれ出す魔力の収束とともに、急激に降下する気温。
ホテルの屋上から少し離れた宙空に、氷の球を作り出す。
「どこまでいけるか……」
持てる魔力を注ぎ、氷球を育てていく。
出来る限り凝縮して、密度を濃く保ちながら大きくする。
氷の欠片は、見る間に膨れあがっていった。
「はー……さすがに、ここでやるのはこの辺にしておいたほうがいいかなぁ……」
小さな家一軒分くらいにまで育った氷球を見て、ますます分からなくなる。
どこが限界なのか判断がつかない。異常な魔力量だ。
これの半分でも、今までの俺なら息が切れていただろう。
「これがエヴァのアクセラレータなのか……」
周囲の能力を加速するって説明だったはずだが、エヴァから離れていても効果があるようだ。
使い魔だから、どこにいてもその影響下にあるということか。
「まあいいや、なんとなくヤバいってことだけは分かった」
開いていた手のひらを、ぐっと握りしめる。
氷塊を爆散させるわけにもいかないので、全て目に見えるギリギリの細かい欠片に変えて、分解する。
勢いで周囲に飛び散った欠片は、魔力の雪になって街に降り注いでいった。
屋上の縁に立ってそれを見送っていると――。
「なにをやっとるんじゃ、このバカモノが」
背後から急に声をかけられた。
まったく接近に気付けなかった自分の甘さに、それもその人が相手なら仕方がないと思い直す。
「……じいちゃん」
いつもの甚平羽織姿のじいちゃんが、屋上の真ん中に立っていた。
鋭い眼光に射すくめられて、背筋がすっと寒くなった。
「どうしてここに……」
「馬鹿みたいな魔力量が科学国の夜空に現れれば、誰でも分かる。仕事帰りに側を通れば、確認にくらい来るじゃろう」
「ああ……そっか」
科学国に突然こんな魔力が出現したら、確かに変だったな。
俺のいる場所なんて分かっていただろうが、これはまずった……。
おそるおそる、じいちゃんの顔色をうかがった。
怒ってるだろうか。怒ってるよな? 急に家出したんだから。
「確認に来るのはわしだけじゃあない。すぐにここを離れるぞ、フェル。面倒が嫌なら着いてこい」
「え?」
じいちゃんは言うなり大きく跳躍すると、弧を描いて道路向こうのビルに移動していく。
なんだか分からないが、じいちゃんから逃げられるわけもない。仕方なくあとを追った。
ホテルより低いとなりの屋上に降りると、物陰に身を隠したじいちゃんは呆れ顔で俺を見た。
「なんじゃお前、その体たらくは……気を抜きすぎじゃろう」
「あ」
気配を消して移動するとエヴァやリアムが驚くので、このところは意図的に消さないようにしていたんだった。
いつもの仕事モードに戻り、自分の存在を知らせるすべての気配を断つ。
「来たぞ」
じいちゃんがそう言って、ホテルを見た。
「……なんだ?」
13階建てのビルの壁を、なにかがすごい早さで登っていく。
まるで蜘蛛のように、すばやく一直線に屋上を目指して。
「なんだあれ? 人か? 気持ち悪っ」
「特殊憲兵じゃよ」
「特殊憲兵?」
確か、この間会った少女がそんな単語を口にしていたような。
「ヒューマノイドの最新タイプじゃ。魔力感知機能を持っとる。急激に膨れた不審な魔力を見つけたんじゃろう」
「強いのか?」
「寝ぼけたクレフに両手を使わせる程度にはのぅ」
ということは、もう実戦検証済みか。
父さんが両手を使わなきゃいけない相手ね……それは手強そうだ。
「接触しないほうがいいのか?」
「なるべくそうしたほうがよい。どうしようもない場合にはやればよい」
屋上に到達した影が月明かりに照らされる。
薄グレーの憲兵の制服を着ている、男性型ヒューマノイドだ。周囲の様子をうかがっている。
少しのあと、また屋上から下の壁に張りついて降りはじめた。
なにもなかったから帰るのだろうか、そう思った瞬間、憲兵は目の前の窓ガラスを盛大にたたき割った。
「なっ……」
「中に入る気のようじゃな」
あそこは最上階の一個下の階だ。
そう認識した瞬間、憲兵の目的の予想がついた。
「……エヴァ!」
屋上から飛び出すと、背に翼を広げた。
少し上にある割られた窓目掛けて、加速する。
散乱したガラスが地上に落ちて、通行人が悲鳴をあげているのが聞こえた。
粉々に砕けた窓ガラスをさらに砕きながら、部屋の中に飛び込む。
勢いを殺しながら床を滑った体勢で、顔を上げた。
飛び込んだ先はやはり泊まっている部屋だった。
ベッドの上に身を起こしたエヴァと、それに向かっていく憲兵の背中が見えた。
「っ待てよクソ機械!!」
床を蹴って後ろから飛びかかる。
両肩を掴もうとしたところで半回転したそいつが、腕を振り上げた。
いつもの電撃武器かと思ったが、色が違う。
とっさに手首を掴んで、体ごと横に投げ飛ばした。
ゴロゴロと床を転がった憲兵は、瞬時に立ち上がると弾丸のように突進してきた。
背後にはエヴァがいる。避ける選択肢はない。
両の手を突き出すと、爪先から一気に変形させた。
飛び込んできた勢いで避けられず、伸びた爪はグレーの制服の胸元を貫いた。
人とは違った、硬い手応え。
背中から突き出た爪先は、人ならば致命傷。
本来なら即死だが――。
「なっ……」
憲兵は冷たいグレーの目で俺を真っ直ぐに見据えたまま、前進してくる。
ゆるくカーブを描いた、鎌形の刃物の腕が振り上げられた。
俺と同じで、腕先を変形させているのか。
(まずい……!)
爪を引き抜こうにも、向かって押されているのだから引き抜けない。
体勢も悪い。避けきれない――!
ヒュオッと吹いた風に、目を細めた。
年末年始の書き溜めってわけではないけれど、今週の下書き総文字数が15,000文字を超えていたよ……。
他の作品と、仕事と合わせると、2万うんちゃらくらいは書いている。
睡眠時間を犠牲にして書いた甲斐があったな、私。
#今週はまだ終わっていない




