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079 機械の街に生きる*

 小さな胸に揺れるカプセル型のアクセサリーが、差し込む光を反射する。

 科学国の人間が身につける、エアシールドに酷似したダミーだ。


 金属の柱の前で足を止めたのは、ひとりの幼女だった。

 幼い指がふたつ折りにしたアクセサリーからは、銀のコネクタがのぞく。

 柱のくぼみに差し込んで、上にある文字盤をなぞれば、第一段階のロックが解除された。


『――アクセス管理者モード。音声パスワードをどうぞ』


「ロックダウン……日没から、夜明けまで」


『――認証しました。6秒以内にお通り下さい』


 空気の抜ける音とともに、目の前の透明な扉が開く。

 柱のキーを引き抜くと、幼女は音もなく足を進めた。


 人工的に温度と気圧が調整されたドームの中。

 投影された夕焼けの空に目を細める。


 ローラシア中心街(セントラル)。ドーム中枢。

 政治の拠点となるここに、一般人が入り込むことはない。


「ここなら……いるはず」


 ぽつりと呟きながら、真っ直ぐに伸びた道を歩く。

 道の左右には、同じ大きさの倉庫が続いている。早足で歩き続ける幼女とすれ違う人はいない。


「――!」


 右から高速で近付いてくる気配に、幼女は足を止め振り向いた。

 わずか数秒で目の前に到達したそれは、アサルトライフルを携えた兵士。

 膝から下が車輪になった、巡回警備用のヒューマノイドだ。


 脇道から現れたヒューマノイドは、幼女の頭の上を見つめたまま敬礼した。


『ベルナーレ大佐、お疲れ様です』


 半径100M以内のカメラには、撮影画像を変換する信号を発信している。

 このヒューマノイドの目には、幼女の姿ではなく、軍服姿の女性が映っていた。


「……何用か」


 目くらましがうまく働いていることを確認して、幼女の口からは成人女性の声がもれた。

 この場に誰かいれば、それはさぞかし異様な光景に見えただろう。


『南倉庫裏の92番(ゲート)が2分前に開閉いたしました。通過した人物が特定出来なかったため、確認に向かうところです』


「それは私だ、問題ない。持ち場に戻れ」


『はい』


「いや、ちょっと待て」


『はい』


「今日は……TYPE Zは警備に出ているか」


『TYPE Zは、ただいま3体が巡回中です』


「一番近い者の現在地は分かるか」


『お待ち下さい……確認いたしました。A3通路をこちらへ向かっております。時速は25km。残り1560Mです』


「分かった。もう行きなさい」


『はい、失礼いたします』


 来たときと同じ早さでヒューマノイドが去っていくと、幼女は辺りを見回して手近な倉庫の影に身を潜めた。


(こちらに向かっている……? 偶然かしら、それとも感知された?)


 身体能力は人より優れているものの、幼女に戦闘力はない。

 特殊憲兵であるTYPE Zのヒューマノイドと、真っ向からやり合うつもりはなかった。

 ここに来たのは情報を得るため。

 特権を持つヒューマノイドに近付き、アクセスする必要があるからだ。


 時をおかず、目的のヒューマノイドは道の向こうに現れた。

 グレーの軍服を着た、男性型ヒューマノイド。最先端の技術を搭載した、特殊憲兵。


 アクセス可能な範囲に入ったことを確認して、幼女は手に持った小型のタブレットから一時的な停止命令を送る。

 通常ならこれで、ヒューマノイドは機能を停止するはずだった。

 だが、憲兵はこちらに向かう歩みを止めない。 


(旧バージョンから比べて、制御装置にかなりの手が加えられている……)


 この信号では回路を停止させることができない。

 それは予想の範囲内だった。幼女は即座にタブレットの電源を切って、上着のポケットにねじ込んだ。

 そのまましゃがみ込むと地面を蹴って、5M上の屋根に手をかける。

 半回転させた体は、平らになった倉庫の屋根に音もなく降り立った。同時に、自分から発信される全ての電波情報を遮断する。


 カツ、カツと靴のかかとを鳴らして、特殊憲兵が角を曲がってくる。

 今まで幼女のいた場所まで来ると、足を止め、注意深く周囲を見回した。


『――微弱電波消失。不審な形跡、なし。巡回を続けます』


 誰に言うでもなくそう呟くと、特殊憲兵は通り過ぎていった。

 幼女は屋根の上で胸をなで下ろす。


(ダメだわ……やっぱり今の私じゃ、重要機密をのぞき見ることもできない)


 ドーム中枢までくれば、特殊憲兵を捕まえて直接アクセスできると思ったのに。

 計画は現段階で失敗したといえる。


 近距離なら微弱な電波すらも感知される可能性が高いと分かった。

 次に接近するときは、そのあたりも課題になりそうだ。


(なるべく早く、突き止めなくては……)


 幼女はひとり考える。

 このところのローラシアはおかしい、と。


 科学国は「発展もしなければ衰退もしない現状維持」。

 そういう方針があったからこそ、この国は今まで平穏だった。

 どこにも向かわず、一定の生産をくり返し、人の営みを助けるのが”彼”の目的だと思っていた。


 だからローラシアは、魔法を疎んでいても、どれほどに意見が食い違おうとも、大きな戦争を起こそうと動かなかったのだ。


 だが今、この国は少しずつなにかに向かって動き始めている。

 それがどこに向かうのか、なにを見ているのか、彼女は突き止めなければいけなかった。


 幼女はふわりと屋根から飛ぶと、地面に着地した。

 慎重に辺りをうかがい、移動する。


 ゲートまでさほど距離はない。

 巡回中のヒューマノイドを避けてなんなくたどり着くと、先ほどと同じように開門した。

 また確認のために見張りが飛んでくることを予想して、幼女はすぐさまその場から去ろうとした。


 しかし、懸念は予想以上に早くやってきた。

 連続した小さな発射音を、幼女の鋭敏な耳は聞き逃さなかった。


 身をひねって背後からの攻撃を交わすと、すぐ目の前の壁に蜂の巣模様の穴が穿たれていく。

 短機関銃の一種と判断して、しゃがんだ姿勢から一足で建物の影に飛び込んだ。


「っ……」


 最後に隠れた右腕の袖が裂ける。

 硬い金属音。数発かすめた。


 幼女はなんら顔色を変えることなく、その場から走り去る。

 外と言っても、2番街のここもまだドームの中だ。早く、ここから出なくては。

 国の重要機関がいくつも建ち並び、一部の権力者が住む中心街(セントラル)

 歩いている人は少ないが、憲兵は街中でむやみに発砲したりはしない。足を止めなければ問題なく逃げ切れる。


 科学国の曇った空を完全に遮断した、赤く美しい夕焼けのドーム内。

 過剰乾燥を防ぐために正時に巻かれるミストが、頭上から降り注いだ。


 頬に落ちる細かな霧を受け止めて、幼女は悔しそうに呟く。


「……失敗だわ」


 息を切らすこともなく走り続ける幼女を、振り返る者は多くなかった。


脇キャラですが、彼女は重要ポジション……

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― 新着の感想 ―
[良い点]  こ、これは……!!!  フェル君とエヴァちゃんを助けてくれたあの少女ですよね。ですよね!? むしろそうだと言って下さい( ;∀;)  マスターキーのような役割なのかな。ワクワク……。ヒ…
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