078 魔力供給の方法
不調は病気ではなかったものの、俺はこのままだと弱って動けなくなるらしい。
それは困る。非常に。
「なあ、エヴァにできなくても、俺がなんとかできないのか?」
魔力供給について尋ねると、マスターは「うーん」と首をかしげた。
「使い魔が主人から魔力を奪う感じになるのかな。同意があれば出来ないことはなさそうだよね」
「俺、闇魔法使うから吸い取るのは得意だ。そういう感じでやってみるか」
エヴァの手を外して、俺が握り直す。
生命力を奪うような闇魔法じゃなくて……単に魔力を吸い取るつもりで。
(こうかな……)
引きずり出そうとしてみたが、エヴァの中から魔力は動かない。
抵抗がすごい。どんだけ閉じ込めてるんだ、外に流す気あるのかよ……。
「無理そうだねぇ」
「……だな」
苦笑いのマスターは考えた風を作ると、「ひとつだけ方法があるとすれば……」と呟いた。
エヴァがすがるような目でマスターを見た。
「彼女の血を媒介にすれば、君が魔力を吸い出せるかもよ」
「血?」
「そう、血液は魔女の魔力そのものと言ってもいいからね。そこを通せば魔力の移動ができるんじゃないかな」
「それって……もしかしなくとも吸血鬼っぽくないか? 俺、エヴァの血は飲みたくないぞ」
「いや、なにも飲まなくてもいいと思うけど……外から無理な以上、直接体の中の魔力に触れないと移動は難しいだろうって話だよ」
血を媒介にしろと言われても……どんな方法があるんだ。
エヴァをざっくり刺して、そこから魔力をもらえってことか? 絶対嫌だ。
もっとダメージのない方法はないのかよ。
「あ」
ちょっと待て。ひとつ思い出した。
「エヴァ、なに言ってんだ、お前できるはずだろ? 魔力の移動」
うろ覚えだが、あのとき確かにエヴァから魔力をもらった気がする。
「えっ?」
「あれやればいいんじゃないか、従魔の契約のときの……」
「――――っ!」
エヴァがすごい勢いで俺の口をふさいだ。
おかげで続きは発声できずに終わる。
「む……無理! 絶対無理だからっ!!」
真っ赤な顔で叫んだエヴァを見て、八方ふさがり、という文字が頭に浮かんだ。
とりあえず、その手を掴んでどける。
「無理って言われても……じゃあ似通った方法でもいいから」
「似通った方法って、なによ?!」
いつもなら赤くなったりうろたえたりする姿を見て、楽しげな気分にもなるんだが……。
涙目になるほど恥ずかしいらしいエヴァを見て、さすがに愉快にはなれないな。
とんだヤツがご主人になっちまったもんだ。
「よくよく考えるとおかしいよな、俺が頬とか頭とかにすると騒いで怒るくせに自分はく――」
「黙って! 本当に黙って!!」
俺の言葉を遮ると、バシバシ叩いてくる。地味に痛い。
消え入りそうな声でエヴァは続けた。
「あのときは必死だったから、魔力の移動とか自分でもよく覚えてないの……お願いだから忘れて……」
そんなに赤い顔で頭抱えるほど、大したことしてないと思うんだが。
感覚の違い、面倒臭い。
「あのなぁ、四の五の言ってる場合じゃないだろ? 俺が動けなくなったら誰がお前を護るんだよ? 俺を使い魔にしたのはお前なんだから、なんでもいいから責任とってなんとかしてくれ」
「……それは……わ、分かってるわよ……じゃあ、ちょっとあっち向いてて」
「? 分かった……」
なんであっちを向かなきゃいけないんだ、と思いつつ、言うことに従う。
少しのあと、マスターの焦ったような声が聞こえてきた。
「……っそこまでしなくても……」
「――ルシファー、いいわ」
「?」
くるりと振り返ると、エヴァからペティナイフを受け取るマスターが、痛そうな顔をしている。
その視線を追って、左の手首から血を流すエヴァに気づいた。
「お前、なにして……!」
「血が流れてればいいんでしょう? 早く魔力を取って」
切られた白い肌から、ポタポタと血がしたたり落ちる。
俺は自分の発言の考えなさ加減を呪った。
「馬鹿かよ……」
「傷が結構深いぞ。早く魔力供給を終わらせて。手当てするから」
マスターの声で、俺は仕方なく立ち上がって手を伸ばした。
普段ならなんとも思わない、見慣れた赤い色なのに……エヴァから流れているというだけで、寒気がする。
「……くそっ」
責任とれなんて言った、自分の軽口に自分で苛立つ。
エヴァがこうすることくらい、少し考えれば分かったはずだ。
体ごと抱き寄せて手首を軽く握る。指先に赤い色が移った。
おかしい。いつもの鉄の臭いじゃない。甘い香りがする。
吸血鬼じゃあるまいし、血に興味はない。頭ではそう思ってるのに、抗えない力でその香りに引き寄せられた。
魔力だけを吸い出すつもりで、血のしたたる手首からエヴァの魔力を引きずり出そうと試みる。
マスターの言うとおり、今度はすんなりと透き通った魔力が流れてきた。
(……なんだこれ……ヤバいだろ……)
魔力が熱量の塊になって体を巡っていく。
どんどん飢えが満たされていく感覚があるのに、どこまでも摂取していられそうだった。
アルコール度数の高すぎる、美味い酒を流し込んでる気分だ。
酔った熱感が頭の芯から考える力を奪っていく。
「……ルシ……」
エヴァがなにか言おうとするのを無視して、魔力を吸い上げることに集中した。
もっと、もっと食いたいと告げる声が内から聞こえる――。
ふいに、横から肩を揺さぶられた。
「その辺にしておいたほうがいい。今度は彼女が倒れるぞ」
マスターの声で我に返った。
わずかな時間のつもりだったが……どのくらい経ったんだろう。
エヴァが腕の中でぐったりしているのに気がついた。
「あ……おい、エヴァ……?」
「やっぱり使い魔が奪う魔力量を決められるってのは危ないなぁ……早いところ、普通に供給してもらえるようにしたほうがいいよ」
「エヴァ? おい……!」
「だ……大、丈夫よ……」
「……ごめん、俺。加減分からなくて……」
ぐにゃりとした体を抱え上げて、近くの椅子に座らせた。
自分の体は活力で満たされて楽になっていたが、エヴァの様子に少なからずショックを受けた。
「しかし随分吸い取ったように見えたけど……まだ足りなさそうだね。君すごいな。一体なんの魔物なの?」
「魔物じゃ、ない……」
違うと思いたいのに、エヴァを見ながらそのセリフが言えない。
なんなんだ俺。自分の行動が自分で理解出来なかった。
今一番、俺を魔物っぽいと思ってるのは俺自身だろう。
「ふーん……まぁいいか。とにかく、今度からはもうちょいゆっくり吸い出したほうがいいね。急激に奪い取ると彼女の負担が大きすぎる。あと、魔力供給の間は今みたいに主従どっちも無防備になるから、周りに注意しなよ」
「……無防備」
言われてみれば、確かに周りへの注意が働いていなかった。
「魔女にとって魔力供給は危ないものでもあるんだ。今みたいなときに攻撃されたらイチコロだろ? だからみんな、いつどこで供給しているのかなんて話題には触れたがらないんだよ」
なるほど。
だからあまり知られていないのか……。
「彼女の手首、処置するよ。診せて」
エヴァの腕を取って、カウンターに乗せる。
「……あれ? 随分と思いきり切ったように見えたんだけど……傷、浅かったね」
手早く処置して包帯を巻きながら、マスターは首を傾げた。
不死の力でふさがりかけてるんだろう。
それでも俺は、いたたまれなかった。
「マスター、色々助かった……治療費はいくら出したらいい?」
黒い決済カードを財布から出すと、マスターは首を横に振った。
「うちはカードは使えないよ。現金のみ」
「現金はあまり持ち合わせてないんだ……これで足りるか?」
カウンターに1万ルーグ札を7枚載せる。
「持ち合わせがないって……これだから富家の人間は」
苦笑いで受け取ると、マスターは「大したことしてないし、十分だよ」とカウンターの下にしまった。
「床……」
エヴァが、ぽつりと言った。
「床、汚しちゃって、ごめんなさい」
少しの血だまりができた床に、視線を落としたまま謝る。
マスターは気にした風でもなく、「かまわないよ」と言った。
「でも、もう少し血の止まりやすいところを切らなきゃダメだよ」
「……ええ、次から気を付けるわ」
次からは……って、冗談じゃないぞ。絶対にさせないからな。
心の中で呟いておく。
「エヴァ、歩けそうか?」
「ええ……平気よ」
どっと疲れた顔をしている。俺のせいだ……。
ちょっと考えて「抱っこしてやろうか?」と聞いたら「歩けるわ」と睨まれた。
「もう帰るかい?」
「ああ、帰って休ませる」
「そうだね、それがいい。ここ、休日はランチもやってるんだ。今度は普通に食事でもしに来なよ」
うなずいてふたりで礼を言うと、店を出た。
薄暗い階段を上って、バスの通る大通りを目指す。
「エヴァ、もうあんなことはするな」
自分でも分かるくらい、不機嫌な声が出た。
腕を貸しているエヴァが、となりから見上げてくる。
「どうして? 血を流さないとダメなら仕方ないでしょう。私なら大丈夫よ」
「だめだ、お前が血流してるところは見たくない。護るって決めたのに、俺のせいで傷作らせてたまるか」
「大丈夫だってば、どんな傷つけたってどうせ治るんだから」
「そういう問題じゃない。治るったって、痛いものは痛いだろ。自分の体をどうでもいいみたいに言うな」
なんだか分からないが、エヴァの言葉にイライラした。
自分は死なないから……死んだってかまわないから、痛めつけてもいいっていうのか?
赤の他人や悪党まで傷付けるなと言うくせに、自分だけは傷付けてもいいだなんて、納得いかない。
「じゃあどうするのよ。動けなくなったら困るって言ったのは自分でしょう。結局はあなたを使い魔にした私の責任なんだから……できることはなんだってするわよ。少し血を流すくらい、なんてことないわ」
「……へえ」
「……なによ」
となりから睨まれる気配に、にやりと笑う。
「その言葉、忘れんなよ」
念を押した俺に、エヴァはわずかに眉をひそめた。
「……どういう意味?」
「さあなー」
はぐらかした俺を、エヴァは怪訝そうに見ていた。
なにを思いついたのかは、永久に不明のまま……かな。
もう12月かぁ……(うそだろう?)




