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074 不思議な少女

 伸びてきた汚い手が、不自然に宙で止まる。

 不思議そうな顔で自分の指先を見つめた男は、次の瞬間、手首を掴むと悲鳴をあげた。


「な、なんだ?」


「おいどうした?!」


 後ろのふたりが叫んだ男の側に寄って、掴まれた手の先を確認する。

 違和感に顔を歪めた。


「あー……やっぱり、考えるまでもなく無理だな」


 俺がそう呟くのと同時に、「えっ?」と男たちから声が上がる。


「お前……その手……指、どうした?!」


 男の右手の中指は、あまり血を流さずにそこから消えていた。

 自分の手の中にある、たった今切り取ったそれを目の前に持ち上げてまじまじと眺めてみる。

 うん、無理。


「こんなん食うとか絶対嫌だ。返すわ」


 一応の確認をしてから、うずくまる男に投げて返す。

 地面に転がった指が、赤い色を残した。


「なっ、なんだこのガキ……?」


「おい! お前なにしやがった?!」


 殺気立つ男たちからは、先ほどまで感じなかった怯えの気配が立ち上っていた。

 得体の知れないものに出会ったときの恐怖だ。


「なにって?」 


 飄々と聞き返すと、長く伸びた爪を持ち上げた。


「絡んできたのそっちだろ? 死にたい意思表示だよな? 俺、親切だから手伝ってあげようかと思って」


 笑顔の説明に、男たちは真っ青になった。


「おい、こいつやべぇヤツだぞ……なんだ? ヒューマノイドだったのか?」


「馬鹿、ヒューマノイドがこんなこと言うかよ、ただの化けもんだ」


「気色悪ぃっ」


 地面の上の指を拾い上げると、男たちは悪態をつきながら走り去って行った。

 去り方までクズだな……まあどうでもいいか、もう会うこともないだろう。

 振り返ると、非難するような顔のエヴァと目が合った。


「ん……? どうかしたか?」


「あそこまでしなくても、あなたなら追い返せるでしょ?」


「あそこまでって……」


 指しか切り取ってないぞ。

「売られたケンカは全部買った上で再起不能なまでに叩きのめせ」がうちの教訓なんだが、人目もあるし大分セーブしたはずだ。

 なにを怒ってるんだ?


「簡単にあんなことしないで。命を狙われたわけじゃないのよ。手加減てものを知らないの?」


「すごく手加減したつもりだぞ……」


「あれで?」


 エヴァはなんだかご立腹のようだ。

 首じゃなくて指を切り落としただけなんだから、あれでダメなら人を傷付けることそのものがダメだってことなのか。

 きっと俺の感覚より、エヴァの感覚のほうが一般的なんだろうけど。

 自分が傷付けられたような、痛い顔をする必要はないと思う。


「暗殺者がどういうものなのかは知らないけれど、息をするように人を傷付けるのはやめて」


 あと口止めはしていなかったが、道の真ん中であっさりと人の職業を暴露するのは勘弁して欲しい。

 こいつはこいつで、俺とは違った意味で世間知らずな気がしてきた。


「こんなことしてたら、いずれあなた自身が……」


 なおも続けようとするエヴァの声が、途切れた。

 ふいの攻撃に、俺が跳んで視界から消えたせいだ。

 ズシャッと地面を踏んだ硬い足が、半回転して俺に向き直る。


『――身体能力値、常人の範囲から逸脱。魔力武装と判断。害意の確認のため身柄を拘束します』


 ヒューマノイドの警備兵が、無機質な声で告げた。

 全部で3体。腰から抜き放ったECSと呼ばれる棒状の打撃具が淡く光を放つ。あれには小型の動物がショック死するくらいの電流が流れている。


「いけね、忘れてた」


 そうだ、こいつらがいたんだった。

 エヴァの機嫌を損ねなくとも、普通の人間ができないような動きをするべきじゃなかった。もう遅いが。


「ルシファー……」


 エヴァが困惑した顔で俺を見ていた。

 これは調べ物をするどころじゃなくなっちまったな。おとなしく帰るか。

 とはいえ、こいつらを壊していいものかどうか迷うな……じりじりと間合いを詰めてくる機械たちを、目だけで見回す。


「禁忌3だ」


 エヴァに向かってぼやく。


「え?」


「自分からヒューマノイドに関わること。うちのタブーなんだ」


 ディスフォールの掟なんぞもう関係ない、そう言ってしまえばそれまでだが。

 そのタブーには、それなりの理由があるだろう。じいちゃんにも攻撃を受けたら、原則は破壊せずに逃げろと教わっている。

 大国も恐れる暗殺一家が、関わらないほうがいいと判断する存在。


「さて、どうするか……」


 背後から首目掛けて飛んで来た攻撃を、下に沈み込んで交わす。

 フオォン、と妙な音を立てて、うすら光る棒が通り過ぎていった。気味の悪い武器だ。

 ヒューマノイドは気配で攻撃が読めない分、やりにくい。破壊することは簡単だが、膨大なネットワークに繋がっている1体を消すことは、その末端だけの話ではすまない。

 科学に明るくない俺にもそれは分かった。


 道行く人がひとり、またひとりと足を止めてこちらの異変に気づきだした。

 ここで翼を出して逃げるわけにはいかなさそうだ。エヴァには走ってもらうしかないか……いや、無理か。追いつかれるに決まってる。

 思案しつつ攻撃を交わしていたら、ふいに1体が口を開いた。


『拘束対象を取り押さえることが困難です。憲兵に救援要請しますか?』


 問いかける1体に、答える人間はいない。

 周りに指示する人間がいないのなら、救援を呼ばれる前にこいつらを破壊して逃げるか。

 そんな考えが浮かんだが、即座に別の1体が答える。


『管理者休憩中につき不在です。Sネットに接続中……10秒後に救援要請を行います』


「ちょっと待て、勝手に通報すんな……!」


 やばい。これは仕事だったらばあちゃんに怒られるパターンだ。

 やっぱり今すぐ全部壊して、素知らぬ顔で逃げるか――。

 振りあげられたECSを目で追う。避けて、攻撃。そう頭の中でシミュレーションした瞬間、ヒューマノイドがぴたりと動きを止めた。

 いつまで経っても振り下ろされることのない武器に、「ん?」と状況が飲み込めないでいると……


「走って」


 ふわりと、低い位置で跳ねた、明るい茶の髪と声。

 続いて戸惑った顔のエヴァが俺の横を通り過ぎていった。


「え?」


「ルシファー……!」


 エヴァの手を引いているのは、小さい少女だ。

 引っ張られているエヴァは、俺の名を一度呼んだきり後ろも振り返らずに走って行く。


「おい……」


 なんだかよく分からないが、逃げろってことか?

 それぞれのポーズで停止したままのヒューマノイドを見て、腑に落ちないままエヴァを追った。


 すぐに追いつくと、横に並んで走る。

 長い髪をなびかせて走る少女は、妹たちと同じくらいの年に見えた。ってことは、6~7歳か。


「おい、ええと……誰だ? お前、あいつらに何かしたか?」


 走りながら尋ねると、少女は息も乱さずに答えた。


「リモートで一時的な強制停止信号を送信しました。TYPE G101B、3体全てから停止前5分間の記録データを全消去して、1分後に再起動します。大丈夫、あなた方のことは記録に残りません。魔法国から来たのでしょう?」


「ああ、そうだけど……」


 うちの妹たちもよくしゃべるけれど、またえらくスラスラと言葉を話す少女だった。

 少しの間走り続けて、国立図書館が完全に見えなくなる道まで来ると、少女は足を止めた。


「引っ張ってごめんなさい。この近くに警備のヒューマノイドはいません。もう大丈夫ですよ」


「あ、あり、がとう……」


 エヴァはあまり全力で走ることがないのか、ぜぇぜぇ肩で息をしていた。


「助けて、くれたのか……?」


 尋ねると、少女はふわりと笑った。


「最近は大きな魔力を持つ人がいると、特に理由もなく拘束されてしまうんです。観光に来られただけなら、早々に国を出たほうが良いですよ。先ほどの警備兵はまだいいですが、魔力感知機能のある特殊憲兵に出会うと、あなたたちのような他国の人は、それこそ問答無用で捕まってしまいますから」


「それは分かったが……お前みたいなちっちゃいのが、どうやってヒューマノイドに停止命令なんか出せたんだ?」


「それは企業秘密です」


 悪意のない笑顔で言うと、少女はまだ息を整えてるエヴァの背中を「大丈夫ですか?」となでた。

 よくよく考えればエヴァよりも小さいくせに、息のひとつも切らしていないこいつは変だ。うちの妹たちならともかく……

 不信感が首をもたげる。こいつは本当に、一般人か?


「……俺たちを助けて、お前になんのメリットがあるんだ?」


 下手をすれば、自分だって捕まるかもしれないのに。

 そんな危険を冒してまで、なぜ見ず知らずの俺たちを助ける必要がある?


「メリットと言われても……ただ、あのままではあなたもG101Bたちを傷付けそうだったので。そうなると、もっと困ったことに……」


「それは答えになってない。俺たちがヒューマノイドを敵に回しても、お前が困ることなんてないだろ? どうして助けた? 納得のいく動機が知りたい」


「それは……」


「っルシファー、そんな言い方ないでしょう?」


 ようやく息の整ったエヴァが、俺と少女の間に割り入ってくる。


「ごめんなさいね、この人悪気があるわけじゃないんだけど……ちょっと、言葉選びが下手で」


「いいんです、もっともな疑問だと思います」


 申し訳なさそうなエヴァに答える少女は、エヴァよりもずっと小さいのにどこか大人びた表情をしていた。

 なんだろう、この違和感は。


「……エヴァ、簡単に他人を信用するなよ。世の中には容姿で油断を誘っておいて、人ののどを掻き切る7歳児もいるんだからな」


 思ったことを口にすると、エヴァが俺を睨んだ。


「いないわよ、そんな子」


「いるんだ、うちに。ふたりほど」


 なんとも言えない顔で黙ったエヴァに「特殊な例だと思うけど……」と付け足しておく。

 無言で俺たちのやり取りを聞いていた少女は、ぽつりと「約束が、あるんです」と言った。


「約束?」


 俺が聞き返すと、少女は小さくうなずいた。


「ある人と、約束したんです。人の助けになると……」


 なにか大切なことを言うときの丁寧さで、少女は言った。


「動機は、それだけです」


登場人物を小出しにガツガツ増やすスタイル……(やめろ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 新キャラきたあああああ! しかもなんかツボにはまりそうなミステリアス幼女ではないですか! これはこれからの活躍が楽しみです(*´Д`) というか、もしかしてこの子が、あちらの傘さしてる女の…
[良い点] フェルもエヴァもお互いに常識ない(世間知らず)だと思っているところが面白いですよね。 本当にナイスカップル(*>∀<*) >登場人物を小出しにガツガツ増やすスタイル……(やめろ) たし…
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