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073 ヒューマノイド#

from a viewpoint of エヴァ

 望んで、しがみついて、叶わなくて。

 声を枯らして泣くくらいなら、全部諦めて心を閉ざしてしまえばいい。


 帰るところがなくなってから、そうやって生きてきた。

 終わることのない最期を探しながら、人と深く関わることのないように。

 ルシファーと一緒にいると、それを忘れかけて少し怖い。


 視線をあげて前に座る人を眺める。

 朝食の席でもルシファーはほとんどしゃべらない。昨日の夜からこんな感じだ。


「体調、少しは良くなった……?」


 尋ねたら、目の前の料理を見つめたまま、「ん」と答えた。


「なんとなくだるいけど、大丈夫だ」


 昨日いきなり具合が悪くなってから、一晩寝てもまだ本調子でないらしい。ちぎったパンを口に運ぶ手も気だるく見える。


「まだ、お腹空いてるの?」


「んー……」


 料理はほとんど手つかずだし、お腹が空いてるのに食べたくないなんて変な話だわ。


「俺さ……使い魔になって、本当の魔獣とか、魔鳥とかの仲間になっちまったのかなあ」


 どうも昨日から、私が言ったことを気にしているらしいのよね。


「だからそれは……悪かったわよ、もう人を食べるとか言わないから」


「でもこういう食事がうまくないのは確かなんだよな」


「変なこと言わないでよ……」


 本当に人肉が食べたくなったとか言い出したらどうしよう。

 私自身使い魔のことはほとんど知らないし、絶対にそういうことがないとは言えないけど……でも村にいた使い魔たちは、みんな普通になにか食べていた気がする。食性が変わるなんてないと思うわ。


 そう言うと、ルシファーからは「そうだよな、うちの家族の使い魔を基準に考えるから、人を食いそうな気がするだけだよな」とさらに不穏なコメントが返ってきた。

 あのワイバーン、人食べてるの……。


「俺って結局なんなんだろ」


「人間でしょ」


「魔鳥の飼い方見てたくせに」


「だからあれは違うってば!!」


 思わず叫んでしまったら、周囲のテーブルから視線が集まった。

 あまりにも広すぎるこの食堂には、ほとんど大人しかいない。

 私たちくらいの年齢がふたりだけって、ただでさえ目立つのに……。


「きょ、今日はこれからどうするの?」


 声のトーンを落として尋ねる。


「観光してもいいかなって思ってたんだけどな。エヴァは人混み歩くの楽しくないだろ?」


「ええ……そうね」


「じゃあ、9番街にある国立図書館に行ってみるか」


「また本なの?」


「不死のこととかアクセラレータのこととか、エヴァの探してることを調べようって話だよ」


「あ、そうね……」


「食べ終わったら行ってみよう」


 出かける目的はありがたいけれど、今日くらいは休んでいたほうがいいんじゃないかしら。

 そんな私の意見は聞き入れられることもなく、午前中から図書館に向かうことになった。


 9番街には国の施設、いわゆる公共機関が多いらしい。

 整然とした道路の端で、ゴミを吸い込みながら滑るように移動していく機械を見ていたら、ルシファーが「そうだ」と思い出したように立ち止まった。

 

「エヴァ。ひとつ言い忘れてた」


「なに?」


「お前さ、魔法国には科学がほとんどないって思ってるだろ?」


「ええ、ないわよね?」


 テトラ教徒は科学の力を嫌っている。ゴンドワナに科学なんておおっぴらに存在するわけがない。


「でも身のまわりのものって、かなり科学国から輸入されてるんだ。布とか、金属とかも科学国のものは安価だし、魔法じゃまかなえない産物もあるからな。テトラ教は科学を毛嫌いしてるけど、完全に排除してるわけじゃないんだ。実際に水面下では貿易もあるだろ?」


 言われてみれば理解出来ることだった。でも、どうして今そんなことを話すのかしら。


「それは科学国も同じで、多少偏見があっても魔法の便利なところは利用してる。お互い、ないように見えてそれなりの技術が行き交いしてるんだ」


「ええ、なんとなく分かるわ」


 互いを牽制しながら、持ちつ持たれつの部分もある。そう解釈した。


「でも、科学国にあって魔法国には絶対にないものがある」


「魔法国に、絶対にないもの……?」


「そうだ、それがあれだ」


 ルシファーの指さした先には、十字路の真ん中に立つ黒い制服姿の男性がいた。

 黒い帽子に金色のエンブレムが輝いている。腰には棒状の武器らしきものをぶら下げていて、油断のない視線で辺りをうかがっていた。


「ローラシア国家憲兵の制服だよ。街の治安を維持する名目で、あちこちにいる」


「兵士なのね。でもそれならゴンドワナにも神官兵がいるけれど……」


「人間に見えるだろうが、あれは機械だ」


「えっ?」


「人間を模した機械……ヒューマノイドって呼ばれてる。あいつらは、科学国以外にはいない、この国独自の産物……いや、実質あいつらが科学国を動かしているようなもんなんだ」


 あの人が機械?

 直立の兵士はどう見ても人間にしか見えない。


「科学国の知識は、ヒューマノイドが保有してる。人間はあいつらに守られてる立場だ。浄化システムも、軍の兵器も全部あいつらが作りだしてる。あいつらがいなかったらこの国は成り立たないし、魔力のない人間は暮らしていけない。それが、魔法国と科学国の違いだ」


「機械が国を動かしてるの? じゃあ、機械が壊れたらみんな生活できないってこと?」


「そうだな。でもこの国から機械が……ヒューマノイドがいなくなることはないだろう。で、なにが言いたいかっていうとだ。あいつらは与えられた命令だけで動いてるから、融通ってものが1mmもきかない連中だって覚えておいてくれってこと。ちなみに憲兵以外にもヒューマノイドはあちこちにいる」


 あの送迎車を動かしている運転手も、あの店の前にいる管理員も。

 そう言って指さす人たちを見るけれど、どの人も機械だとは思えなかった。


 ふと店頭のショーウィンドウにある『新発売・TYPE S 子どものお世話はナニーロイドにお任せ』のポスターが目に入る。

 綺麗なショートカットの女性が、エプロンをつけて笑っていた。


「ああ、それは育児用のヒューマノイドだな。こういうやつらだと余計に、魔力のない人間と見た目で区別つきにくいんだ。他にも工業用のやつとか、色んな種類がいる」


 ローラシアの国民は首の後ろに識別札があって、警備系のヒューマノイドはそれを読み取るらしい。


「そんなわけで、識別札がない俺らは不審な行動を取ると投獄されるから気を付けろよ」


「どう気を付ければいいの……」


 テトラ教徒がいなかったとしても、まったく安心できない場所だということは分かった。

 でも機械が相手だなんて、未知のこと過ぎてなにをどう対応すればいいのか分からない。


「とりあえず、俺から離れないことだな」


 握った手に力がこもって、少し引き寄せられる。

 反射的に周囲を気にしてしまって、見られる視線に気づけば頬に熱が集まった。

 おかしなことじゃないと説明されても、やっぱり見られると恥ずかしい。なんだか悪いことをしている気になって落ち着かないのだ。

 ここは人通りも少ないし、迷う心配はない。手を離してもらおうと口を開きかけたとき。


「……あれ?」


 ルシファーが怪訝な顔で足を止めた。

 もう国立図書館は目の前だ。門のところに声を荒げてもめている人たちがいる。どこかで見覚えのある顔ぶれだった。


「あれ、昨日のクズどもだな」


 その言い方はどうかと思ったけれど、確かに昨日本屋で出会った3人組だった。

 警備員に怒ってなにか叫んでいる。


「なにしてるのかしら」


「さあな。おおかた武器でも所持してて入館を断られてるってとこだろ。公営はそういうのうるせーから。しかしあんなのと何度も遭遇するとか……目障りすぎる」


「あそこ通らないと、入れないわよね? どうするの?」


「気にせず通るさ」


 少し距離を置いて門の端から敷地内に入ろうとしたら、『セキュリティチェックです』と声をかけられた。

 前に立った紺色の警備服の男性が、私とルシファーを交互に見つめる。

 この人も機械なんだろうか。


「武器は持ってないぞ」


『国外の方ですね? 国立図書館への入館には、身分証の提示をお願いしています』


 ルシファーが取り出した財布を、パカリと開いて警備員の前に突きだした。

 それを見て『確認しました』と言うと、警備員は私に向き直った。


『身分証の提示をお願いします』


「彼女は俺の妹で未成年だ。身分証はないが身元は俺が保証する」


 仕方ないとはいえ、ちょっと不本意な説明だ。

 私のほうが年上なのに……


『では簡単な書類を提出していただく必要があります。あちらの建物で入館の許可証を交付してもらってください』


「分かった」


 ルシファーがそう言って門の脇にある小さい建物に向かおうとしたとき、向こうから「あっ」と声が上がった。


「あいつ、昨日の本屋のガキじゃねえか?」


「間違いないな。おい、ちょっと待てお前ら」


 ああ、見つかったわ……。

 例の3人組は小走りに寄ってくると、私たちの前に立った。


「また会ったなあ」


「ちょうどいい。このクソ機械どもに腹立ってたんだ。お前、サンドバッグになれよ」


「昨日はおせっかいな男に止められてムカついたままだったからちょうどいい」


 横目でルシファーを見ると、ものすごく面倒臭そうな顔をしていた。


「俺、自分では温厚なほうだと思ってるんだけど、こいつらはダメだな……腹減ってるからか、イライラする」


 そう言う声のトーンが一段低い。

 そうね、空腹はそういう気分にもなるわよね……。


「何言ってんだ、ちょっと付き合えクソガキ」


 昨日私のサングラスを踏んだ男が、ルシファーに向かって腕を伸ばした。

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