069 アトラ・ブックス東10番街店
アトラ・ブックスは、ローラシアで繁盛している本屋だ。
新しくできた国内最大の店舗が、ここ東地区の10番街にある。
富裕層向けの娯楽施設が併設している、8階建てのビルが丸ごと本屋だっていうんだから、本当に儲かってるんだな。
東、西、南、北。4つに区分されるローラシアは、円形をした国だ。
円の中心に向かう感じで、一番外側の30番街から中央の1番街まで更に細区分されている。
街番が小さくなっていくと土地も小さくなっていくが、中央は政府の機関が多く、富裕層の住む地域になっていた。
ちなみに1番街は「ドーム」と呼ばれる半球体に囲まれていて、中は普通に呼吸ができる空間になっている。
「まあそんなわけで、今俺たちがいるこの10番街は、東西南北どこの区域でも栄えた商業地区になってるってわけだ」
歩きながら説明している俺と街を見ながら、エヴァはいまだにカルチャーショックを隠せないようだ。
街のいたるところで働いている機械を、物珍しげに観察している。
目の色が隠れるよう、買ったサングラスをかけさせてみたら、恐ろしく似合わなくて笑えた。
本人が安心したのと面白いのでそのままかけさせているが、見る度におかしい。
「小さな村や街が集まったゴンドワナとは全然違うのね……」
「ちゃんと区画整理された国だからな。中央の一部には地下街もあるって話だ」
「ルシファーは行ったことないの?」
「ないな。俺、ひとりで外出するの禁止されてたから。いつも家族と一緒で、こんな風に自由に出歩いたことってないんだ。だからローラシアを知ってるって言っても、知らない場所のほうが多い」
「そうなの……」
「あ、でも軍の施設はあらかた頭に入ってるぞ。他にも仕事に……」
「仕事に?」
変なところで言葉を切ってしまった。仕事に必要な情報は覚えてるってあれこれ説明しそうになったが、エヴァに人殺しの話をするのは気が引ける。
もう職業がバレているのだからかまわないと思いながらも、不安はついて回った。
詳しいことを知られれば、嫌悪されるかもしれない。まだどこかで、そう考える自分がいる。
エヴァが俺を怯えた目で見ることは、想像したくない。
「いや……なんでもない。それより、着いたみたいだ」
目的地にたどり着いたのをいいことに、話を変えた。
円筒形の太い石柱が左右にそびえる、重厚感のある広い入口。
建て構えは本屋っていうより、一流ホテルのエントランスみたいだ。
「ようやく来れたなー」
褐色に光る建物を見上げて呟いた。
オープンすると聞いてずっと来たかったのに、仕事と訓練で忙しくて連れてきてもらえなかった本屋。
「ここがその来たかった本屋……? すごく大きいのね」
「この建物が丸ごと本屋の持ち物なんだ。一番上が展望レストラン、その下がシアター、実際に本が置いてあるのは1階から5階までらしい。一日じゃ全部は回れないな」
「本って、そんなに種類があるものなのね」
「エヴァは本読まないのか?」
「ザナドゥーヤの家にはたくさん本棚があったけれど……ほとんどが難しい本ばかりで読んでも分からなかったわ。でも絵本はよく読んだわね」
「へー」
はやる足を押さえきれず、入口に向かった。
そのとき。
『ローラシア国外から、お越しになられましたか?』
無機質な声に呼び止められた。
声をかけてきた若い男性警備員を見て、エヴァが眉をひそめる。
「ああ、近隣の国からだ」
『どちらの国でしょう?』
「アッシュールだ」
しれっと嘘を吐く。
『こちらの建物は、非武装区域です。武器の類いは所持されておりませんか?』
「見れば分かるだろ? なにも持っていない」
少しの沈黙のあと、男性警備員――警備用のヒューマノイドはうやうやしく頭を下げた。
『確認いたしました。どうぞお通りください』
固まっているエヴァの手を引いて、入口をくぐる。
こいつらを見るのもエヴァははじめてだろう。見た目は人間にしか見えないだろうが、この警備員はれっきとした機械だ。
あとでちゃんと説明してやるか、と思いつつ。今は本だな。
有害物質を浄化する消毒くさい前室を通り抜けると、奥に本当の入口がある。
エアカーテンをくぐれば、高い天井と白壁の明るい店内が俺たちを迎えた。
1階はカフェが併設した読書空間のようだ。オアシスをイメージした人工植物たちが、そこかしこに緑を添えている。
エアスーツを預けるカウンターもある。店内の空気は保証するということだ。
『自宅のようにくつろげる本の杜』の宣伝文句は嘘じゃないみたいだな。
店内地図の前に来て、エヴァに尋ねた。
「エヴァはどこか見たいところあるか?」
「なにを見たらいいのかすら分からないわ。ここに不死に関する情報はないでしょう?」
「あー、多分ないだろうなぁ……」
「ルシファーが来たかったところなら、あなたの行きたいところに行って」
「分かった。レジャーと割り切って、とりあえずこの階から見ていくか」
地図を見て、ひとまず雑誌コーナーに行くことにした。
これだけでかい本屋なら、コアな科学雑誌なんかも普通に置いてあるに違いない。
「おおっ! あったあった」
1階の奥にある大きな雑誌コーナーには、壁面の上までびっしりと最新号の見本が飾られていた。
その間に張り巡らされた細いレールの上を動いているのは、補助ロボットの一種だ。小さな箱からアームを伸ばした蜘蛛型のロボットが降りてきて、『何かお探しですか?』と尋ねられる。
「65番と82番、あと……99番の最新刊を取ってくれるか?」
『はい、お待ち下さい』
ロボットはスーッと上に昇っていくと、すぐに目当ての雑誌を棚から出して戻ってきた。
『お待たせしました』
受け取って、黒いカードの入った財布をロボットの額にかざす。
チリン、と音がして『ありがとうございました』と会計が完了したことが伝えられる。
雑誌を持って、隣接しているカフェの隅の2人席に座った。
温かい紅茶を頼んだエヴァは、俺がページをめくっている間、テーブルに置いた残りの雑誌を不思議そうにパラパラ見ていた。
しばらくして――。
「ねえ、これ、読み終わったらどうするの?」
「……んー? 持ってくと荷物になるしなぁ、ご自由にお読み下さいの棚に置いていくかな」
「……そう」
先ほどからこんな一言二言のやり取りがあって、エヴァが黙るのを繰り返している。
ふと気づいた。
俺は読みたかった雑誌が読めて満足だが、エヴァはすげーヒマなんじゃないだろうか。
「あー……エヴァもその辺、見てくればどうだ? 雑誌コーナー以外にも色々あるし。読みたいのあったら持ってこいよ」
人が多くて嫌がるかな、と思ったが「そうね、見てくるわ」とエヴァはすぐに席を立った。
そんなにヒマだったのか……付き合わせて悪いことしたかな。
カフェから出て行くのを見送って、俺はふたたび本に目を戻した。
活字は好きだ。好きな文字はどれだけ追っていても飽きることがない。
読むのに集中している間に、少し時間が経ったと思う。
買った雑誌を全部読み終わる頃、声にならないなにかに呼ばれたような気がして、顔をあげた。
「……エヴァ?」
一瞬、エヴァに呼ばれたかと思ったのに。
視界の中にその姿はない。
ここはローラシアだ。心配するようなことはない。そう思いながらも焦りが生まれた。
目を離しすぎたか。どこだ?
ガタン、と椅子を鳴らして立ち上がり、雑誌3冊を手近な献本箱に放り込むとカフェを出た。
(――ルシファー)
また呼ばれた気がした。
エヴァのところに行こうと思うと、自然に足が動いた。
理屈抜きに、呼ばれている方向が分かる。不思議だ。俺はどうして、どちらに向かえばいいのかが分かるんだ?
早足でたどりついたのは、「今月のオススメ」コーナー。
背の高い男3人が並んで立っているせいで、その向こうは見えなかった。
それでも俺には分かった。
エヴァが、そこにいると――。
週1更新が板についたカマボコになりそう……いや、頑張る……(´ཀ`」 ∠)




