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068 カルチャーショック#

from a viewpoint of エヴァ

 29番街にある「駅」から、レールの上を走る長い金属の車に乗った。

 あちこちに『イレブンスター鉄道』という看板が目に付く。


「マジで電車知らねーの……? 国の中を移動するための乗り物だよ。車しかないゴンドワナと違って、ローラシアは広いからな」


 ルシファーが説明してくれたけれど、意味が分からない。

 魔道車じゃなくて、電車。


「地熱で作った電気を使ってるんだ。黒い列車、カッコいいだろ?」


 デンキってなに……?

 科学の国は、ゴンドワナの狭い世界で生きてきた私にとって、分からないことだらけだ。


 電車に揺られてついた街は、背の高すぎる四角い建物ばかり。

 一体何階建てなの……? 見上げると首が痛くて、空が狭かった。

 ゴンドワナと全然違う。道は整備されていて歩きやすく綺麗だけど、人がぶつかりそうなくらい溢れている。


 生活音が多すぎて、乗り物もなにもかもが大きな音を立てて動いていた。

 すれ違う通行人の多さに「人が多くて怖い」と言ったら「テトラ教徒はいないから大丈夫だ」と返された。

 そうかもしれないけれど、長い間人の中で過ごしていなかった私に、この都会の環境は強烈すぎる。


「今日は曇ってるから、人出が多いんだな」


 曇りの日は有害物質の一部が減るらしく、多くの人が外に出てくるとルシファーが教えてくれた。

 そういえば電車を降りてからは、あの灰色の全身スーツを着ている人を見ない。

 エアシールドとかいうアクセサリーを下げているけれど、ほとんどが私たちと変わらない軽装だった。

 全身を隠すような服を着ている人も、もっと明るくてスマートなデザインだ。


 お店の数々は、見た目から中身まで未知の世界だった。

 屋台とも違う開けた飲食店で、買い与えられるままにパンに挟んだ野菜のサンドイッチを食べた。

 味付けの濃さに驚いて、甘いオレンジ色の飲み物にはもっと驚いた。まるでお砂糖みたい。


 どこもかしこも見たことがないものばかりで、簡単に迷いそうだった。私はルシファーから離れないように、彼の上着のすそを掴んで歩いた。

 それに気づいたルシファーが手をつないでくれたけれど……。


「子どもみたいで恥ずかしいじゃない。離して」


「何言ってんだ、子どもじゃなくても手ぐらいつなぐだろ?」


 言われて周りをよく見てみれば、あちこちで手をつないだり腕を組んだりしている男女がいる。

 なんなのあれは? ありえない。ルシファーみたいなのがいっぱいいるわ。


「お、大人が人前であんなことするなんて、破廉恥よね……?!」


「はぁ……?」


 距離の近すぎる大人たちを直視できなくて、火照った顔で訴えた。

 だって、ゴンドワナにはあんな人たちいない。

 敬虔なテトラ教徒たちは、男女でくっついたりしないもの。

 そう言うと、ルシファーは首を傾げて変な顔をした。


「宗教ってのはよくわかんねーことばっかだな。子孫繁栄の概念はないのか? だからゴンドワナはローラシアより小さいのか?」


 私にとっては、あなたの発言やあの人たちの行動のほうが分からないわ……。

 それ以上なにかを聞くのははばかられて「ここではこれが普通、ここでは常識」と自分に言い聞かせながら、手を引かれて歩くことになった。


 少しずつ周りにも慣れてきた、午後3時――。


「とてもよくお似合いですよ」


 完璧な営業スマイルを前に、私はひどく困っていた。

 どうしてこんなことになっているのか……。


 一軒の大きなお店の前で、ルシファーは「あ、ここ、姉さんに連れてこられる店だ」と足を止めた。


「ちょうどいい、ここなら血まみれの服も処分してもらえる。入ろう」


 そう言われて、その服飾店に入ったのだけど……。

 洋服から小物までなんでも揃った、カジュアルな服飾で溢れる店内は華やかすぎて。汚れた田舎者の私は場違い感がすごい。

 それに……。


 肩にあてられたセーターの値札を、ちらと確認してしまう。


(24,000ルーグ……?)


 この薄っぺらいセーターが? ゼロ一個間違えてるんじゃないかしら。

 最初は本気で目を疑った。本当にその価格なんだと分かったら冷や汗が出た。

 服なんて買ったことはないけれど、年数が経ってルーグの価値が変わったのかしら……ううん、それにしたって絶対おかしい。

 ゴンドワナの街で当時売っていたものを思い出しても、ありえない価格だもの。


 ルシファーは「その黒いワンピースも血で汚れてるし、先生が用意した上着もムカつくからいらない。上から下まで揃えてもらってこいよ」と言い残して、男性服が売っている方へ行ってしまった。

 なにをどうしていいか分からない私は、やたら手際のいい女性店員さんに任せるまま、個室で着せ替え人形と化しているのだけど……

 もうなんでもいいから、早くここを出たい。


「お嬢さま、何をお召しになっても素敵ですけれど、やはりここは流行りのビックタートルのチュニックにショートパンツとロングブーツ、こちらのコートを合わせるのがおすすめですわ」


「じゃ、じゃあ、それでお願い……」


 全てが腑に落ちないまま、本当に丸ごと着替えることになった。

 靴まで変わったところで、一体誰がこんな大金払うの、と不安になる。

 まさか持ってるのかしら、ルシファーが……いや、持ってなかったら選べなんて言わないわよね……?


 着替えどころか、温かいタオルで顔をふいてもらい、髪まで整えてもらった。

 ここ、洋服を売ってるお店よね? なんでこんなに至れり尽くせりなの? 私、これから生け贄にでもなるのかしら。

 これまでの経験から、思わずそんなことを考えてしまう。

 ここはもう、ゴンドワナじゃないのに……


「はい、完璧ですわお嬢さま」


 着替え終わって、鏡の前に立った私は自分の変貌ぶりに驚いた。

 暗くて薄汚れた黒魔女みたいだったのに……。


 温かくて柔らかい、薄いピンク色の服は街中を歩いていた女の子と同じだった。大きめの帽子のおかげで、髪色も目立ちにくい。

 儀式用の礼服や巫女服でなく、普通の女の子の服を着ている私。

 どこか偽物みたいに見えて、それでもじわりとうれしさがこみ上げるのをあえて見ないふりをした。


「本当にお可愛らしいですこと。目立たないコーディネートに、というご要望がなければもっと飾り立てたかったですわ」


「あ、ありがとう……」


「お連れ様もお召し替えが終わったようですので、どうぞこちらへ」


 案内されて下の階に下りれば、ルシファーが中央のソファーに足を組んで座っていた。

 となりに立つ男性と話している。こちらに気づいた。


「エヴァ、早かったな。姉さんならあと30分は出てこないぞ」


 そう言うと、じっと私を見つめる。なんだか落ち着かない。


「な、なに……?」


「いや、エヴァは何着ても綺麗だと思って」


 笑顔で言われてどきりとした。

 外見の賛辞にはどちらかと言うと嫌悪を覚えるほうだ。

 でもなんでだろう、今は妙に気恥ずかしいだけで、嫌な気はしない。


「目立たない色合いで髪色が隠れるように、とのことでしたので、襟元が隠れる大きめタートルとニットのキャスケットをあわせてみましたの」


 着せ替えてくれた女性店員さんが、満足そうに言う。


「いいな。これなら顔もよく見えないし確かに目立ちにくい」


「せっかくの美しさを隠してしまうのは勿体ない気もしますな」


 ルシファーの言葉に、となりの男性店員さんがそんな感想をもらす。


「いいんだ、他のヤツに見せたくないから」


「あら、まあ」


「なるほど、そうですな」


 店員さんたちが分かったように微笑んでいるけれど、なんだか解釈を誤られている気がする。

 この色を隠したいってだけなのに……。


「じゃあ、行くか」


 ルシファーが立ち上がると、店員さんたちはお店の外まで見送ってくれた。


 ……あれ? お金は?

 少し歩いて、お店が見えなくなったところで「ルシファー」と声をかける。


「なんだ?」


「この洋服のお金って、どうなってるの?」


「もう払った」


「え……払えたの? 服の値段としてはかなり高額だったわよね? 金額見たら私のだけでも桁がおかしかったんだけど……」


 ルシファーも丸ごと着替えて全身真っ黒なコーディネートになっている。

 相当高かったんじゃないかしら……。


「そうか? 服の値段なんて知らないけど、安い店じゃないのかもな。あそこは姉さんにたまに連れて行かれるから、店員とも顔見知りで買いやすいだけだ」


「服の値段知らないの?!」


「値札なんて見ないし気にしてない。科学国用の決済カードあるし、細かいこと気にすんな。今まで自由に買い物にも出てこれなかったんだ。好きなだけ使ってやるさ」


 それはもしかすると、家のお金を使ってるってこと……?

 黙って見ていたら、ルシファーはバツが悪そうに顔をしかめた。


「勘違いすんなよ、これでも俺も働いてたんだからな。一千万や二千万使ったところで、家族に文句言われる筋合いはない」


 だから、桁がおかしいわ。


「ルシファーの家って、お金持ちだったのね……私、こんな金額返せそうもないわ。どうしよう……」


 色々カルチャーショックすぎた。


「一応ひとつの国だからなー。金には困ってないと思うぞ。あと返せなんて言ってないだろ? もういいから……あ、あそこの店うまそう。腹減った」


「え? さっきも食べたじゃない」


「食べたんだけど、まだ腹減ってるんだ」


 そう言ってルシファーは、さっきのサンドイッチの倍はありそうな串料理を平らげた。


「……なんだろう、腹減るのにこういうのは大して食いたくないんだよな」


 食べ終わってから解せない顔で呟く。

 大して食べたくないなら、食べなければいいんじゃないかしら……。


「ん? エヴァもなにか食ったのか? うまそうな匂いがするな」


 ふいに顔を近づけてくると、くんくん、と目の前で匂いを嗅ぐ仕草をする。


「なにも食べてないわよ」


「そうか? 甘い系の匂いがする。果物かなんか……」


「さっきのジュースじゃないかしら」


「そんな感じじゃないんだけどな」


「もう、なんでもいいから。次はどこへ行くの?」


 尋ねると、ルシファーは思い出したように「おお」と言った。


「新しく出来た、本屋に行きたい」


お金の価値は世界共通で単位はルーグとなっております。

(何故って、それは面倒だから……)

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― 新着の感想 ―
[良い点] エヴァちゃんのカルチャーショックぶりと、フェル君の服の買い方がセレブ……(>_<)値段を見ないで買うとか凄いwww そんな恐ろしい事、自分出来ないし。 忘れてた。そうだったよ、フェル君は暗…
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