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067 科学の国へ#

from a viewpoint of エヴァ

「さて……ここから先は歩くか」


 私を地面に下ろすと、ルシファーは言った。

 ゴンドワナから休まずに飛んで来たから、まだ足下がフワフワする。


 ずっと私を抱えて飛んでいたルシファーは疲れないのかしら。

 何度か聞いたけれど、返ってくるのは「疲れるわけないだろ」の一言で。

 その体力を少し分けて欲しい。


「ここがローラシアなの……?」


「まだほんの入口だけどな。昼間っから街の上、翼広げて飛んでいくと変なニュースになっちまうだろ」


 私たちは大国ローラシアの端にいるらしい。ルシファーが言うに、ここは「本当に円い国」だから、円の一番外側にいるってことになる。

 ゴンドワナと同じで、小国との国境がどこにあるのかはあいまいな感じね。

 上から見たらただの田舎道に、田畑と家がぽつぽつ見えるだけだった。


「とりあえず国の中心に向かうか。しばらく歩くぞ」


 土の上を歩き出したルシファーのあとを追う。

 その背中を見ながら「これは夢なのかもしれない」と、昨日から何度も思ったことを考える。

 誰とも一緒にはいられないと思っていたのに。こんな風に並んで歩く人ができるなんて。


(あまり、頼り過ぎたらだめだわ……)


 どこかで線を引いておかなければいけない。

 死なせてしまう心配がなくなったからって、この人の人生を束縛するわけにはいかない。

 出来るだけ早く、従魔の契約から解放してあげなきゃ。

 いずれ、ルシファーとは別れるときが来る。

 だから今だけ。今だけだわ。


 そんな私の心情を知らずに、ルシファーは前を歩いて行く。

 おなかが空いているからか、なんとなく急ぎ足だ。自分の体力に自信はない。せめて遅れないようについていかなくちゃ。

 高い塀の角を曲がったら、陽気な歌が聞こえてきた。


 無舗装の田舎道がのびる両側には、ポツポツと四角い家が建っていた。道の真ん中には円い石の井戸が見える。

 伸びたパイプから水が流れると、野菜の入った桶に水が溢れた。収穫した野菜を洗っているようだ。


 その周りに集まった中年の女性たちが、楽しげに歌っていた。

 声をあげて笑い合う様子に異国の空気を感じた。

 テトラ教の信者はおとなしい人が多い。悪く言えば暗い。ゴンドワナでは、こんな風に道の真ん中で歌を歌うなんて、見ない光景だ。


「どうした?」


 立ち止まった私を、ルシファーが振り返った。


「にぎやかなところね……建物も人の服装も少し違うけれど、どこかゴンドワナの村と似ていて不思議だわ」


「ああ、この辺りは30番街って言って、街中に住めない貧民の魔力持ちが住んでるんだ。リアムの村は魔力の少ない人間がいただろ? どっちも大国になじめない人間が暮らす場所だ。そういう意味で似てるのかもな」


 ローラシアは科学の力を中心に回っているから、魔力持ちには暮らしにくい。

 ゴンドワナはその逆だ。魔力がない人間はそもそも暮らせないし、テトラ教の信者でなければ魔力持ちでも暮らしにくい。


(人の見た目も大して変わらないのね……私みたいな色をした人はいないみたいだけど)


 生まれてから今まで、この地に来たことはない。

 機械が動かしている国だって知っている以外は、完全に未知の世界だ。

 灯りの消えた街灯を見上げて、こういうものの動力も魔力じゃないのかしら、と考える。


「もう少し行くと魔力持ちがほとんどいない場所に入る。そこが一番、エヴァにとって見慣れない風景かもな」


「……?」


 どういう意味だろうと思っていたら、しばらくしてルシファーの言葉通り、風景が変わった。

 足下は石畳の道になって、横に細長い建物が並ぶようになった。


 大も小も建物は機能だけを重視したような、装飾を限りなくそぎ落とした金属の壁面。窓も小さい。

 鈍色の壁には細長いパイプがいくつも貼り付いていた。

 出入り口部分は、透明な大きいケースに囲まれている。変な玄関だ。

 さきほどの農村の家と違って、無機質に冷たい印象を受けた。


「ここは、29番街だ」


 ルシファーが言った。


 道は整然としていて歩きやすいけれど、井戸は何処にもない。

 一軒の家から人が出てくる。出入り口にくっついている透明なケースが、空気の抜けるような音とともに上に開いた。

 のそのそと道に出て来た人は、なんだか着ぶくれた感じだ。

 頭から灰色のショールをかぶっていて、顔がよく見えない。


 ちらとこちらを見たようだった。

 ショールの下に、灰色のお面のようなものが見えた。


「……?」


 歩いて行くと、道行く人がみんなそのお面のようなものをつけているのが分かった。

 目の位置にある細長い四角い窓から、周りを見ている。

 誰もが手袋と、足には細長いブーツを履いていて、一部でも肌をさらしている人がいなかった。

 誰の顔も見えない、異様な光景。

 ちらちらとこちらを振り返られるのは、彼らの中で私たちこそが異質だからだろう。


「はじめて見るか?」


 彼らの見た目のことか。うなずいて返す。


「エアスーツって言うんだ。有害な外気から身を守るために着るんだよ。科学国は魔力を持たない人間がほとんどだからな。少しでも肌をさらして外を歩けば、死んじまう」


「有害……? そう、なのね……」


 話には聞いていたけれど、あんなものを着ないと外も歩けないってこと……?

 魔力がない人間には、この外気だけでも毒。それはゾッとするような現実だった。


「あいつら水もまともに飲めないんだぜ。だからほら、科学国には必ずあれがある」


 ルシファーの指した先には、柵で囲われた家2軒分くらいの黒い建物があった。


「あれは何?」


「浄水装置だ。空気の浄化装置は各家についてるけど、水だけはああやって人の使う分だけ町や村でセントラルになっていることが多い」


 そこから伸びたパイプが、家の中に引き込まれているらしい。

 魔力のない人にとって、自然は本当に毒だらけなのね。

 そのままで水や食べ物を口にできない人たちの生活を、垣間見た気がした。


「さっき通ってきたところには井戸があったけれど、あれは飲める水なの?」


「あの辺に住んでるのは、魔力持ちで俺らとあまり変わらない人間だからな。浄水装置は必要ない。でもここから先は、同じ種類の人間だと思わないほうがいい。あいつらは自由に出歩ける魔力持ちをよく思ってないから」


「そうなのね……」


 だから、先ほどから視線が痛い気がしたのだ。


「エアシールドも下げてないからなあ……必要ないけど、買った方がいいか。このまま進むにはちょっと目立ちすぎるもんな」


「エアシールド?」


 分からない言葉が多すぎる。


「携帯型の浄化装置だよ。自分の周りの空気だけ、綺麗にしてくれるんだ。言うなれば、簡易エアスーツみたいなもんだ」


「よく分からないけど、私たちにもそれがいるの?」


「いらないけど、そういうのがないと街中で浮くだろ? ああいう全身ガードするスーツは安くても動きにくいから、カモフラージュするならエアシールドのほうがいいよな……あ、ほら、あいつ」


 ルシファーが指した先にいる人は、私たちと似たような服装で歩いていた。

 首からチェーンで、小さい円筒形の目立つアクセサリーをぶら下げている。


「あれがエアシールド。微小粒子状物質、重金属類、VOCs,アルデヒド類、全ベータ放射能……そういうものを遮断する機械だ」


「へえ……」


「店があったら買っていこう。あと着替えが必要だなー。この汚れ、ぱっと見分からなくても全部血だもんな、さすがにまずい」


 つっても、この辺りじゃどこで買ったらいいか分かんねーか、とブツブツ言いながらルシファーは歩いて行く。

 私も人の視線を避けるようにフードを深くかぶり直すと、ルシファーのあとを追った。


ローラシアにたどり着きました。ここは一応の法治国家。

魔力持ちには肩身の狭い国ですが、住めないわけではないので魔女や魔法使いがいます。

ちなみにゴンドワナの場合、浄水装置とかの設備がないので魔力のない人間は住めません。旅行客はいます。


のんびり旅行って感じにはならないかもですが、派手な戦闘はしばらくなさそうかな……(´ー`)

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