065 旅の行く先
森の中は静かだった。
焚き火のパチパチとはぜる音だけが、冷えた夜空に吸い込まれていく。
火の向こうで、俺の上着に座ったエヴァが膝を抱え直した。寒いのだろう。
……やっぱりゴンドワナの街中へ向かったほうが良かったか……。
都心部へ向かえば泊まれる場所はある。だがたどり着いた知らない街で、フラフラと宿を探さなくてはいけないだろう。
選択を迷った。寒空の下で朝を待つか、宿を探しに行くか。
選んでくれと、エヴァに判断をゆだねたのは俺だ。
「咎人の石もなくなってしまったし……今、テトラ教徒がたくさんいる街に行くのは嫌だわ」
同じ意見だったことから、とりあえず休めるところを確保しようと、夜露をしのげる岩陰に野営の場所を作った。
俺は炎系の魔法は使えない。焚き火の火種は、その辺にいた火蜥蜴の幼体を捕まえることで解決した。
驚いたことに、エヴァは普通の魔法の一切が使えないらしい。
アクセラレータとかいう能力の他は、魔法の使えない人間と同じだった。
要するに、自分の身を守る術をなにひとつ持たないということだ。
これはますます俺がしっかりしなきゃいけないってことだな。
先ほどからもう1時間以上。ぽつぽつと身の上を語るエヴァにうすら寒さを感じていた。
気温とは関係ない。その内容の壮絶さのためだ。
吐き出しながら思い出すのか、時折止まりながら、それでもエヴァは話し続けた。
ピゲール村で人柱になったところまでひとしきり話すと、また「死ぬ方法を探すこと」について、協力を求められた。
冗談じゃない。そんなことできるか。
そう思って感情のままに言い返したら、泣かれてしまった。
小さい子どもみたいだと言われて、思い当たった。俺は長寿薬の影響で実際の年よりも大分精神が幼いらしい。
多分、なにか無神経なことを言ってしまったんだろう。
「……ごめん。勝手なことばっか言って、悪かった」
よくは分からなかったが、素直に謝ることにした。
焚き火の目の前とはいえ、涙をぬぐった頬は俺よりも体温が低い。
「顔、冷たいな。寒いだろ」と聞くと「平気よ」とそっけない返事がかえってきた。
どうしていつもそんな態度なんだろう。全然平気に見えないのに。
とはいえ他に着せるものもないし、どうしたもんか……。
少し考えて思い当たった。
細い肩を引き寄せて、背に広げた大翼を縮める。
翼の影に収まった体から、力が抜けていくのが分かった。
「お前、疲れてるんだよ。少し寝ておけ」
そう声をかけると迷ったようだったが、おとなしく寝ることにしたらしい。
ほどなくして、肩に乗った頭が重くなった。
「……エヴァ?」
小さく呼ぶと寝息が答えた。
起きてるのも限界だったんだな。眠ってくれて、なんとなくホッとする。
思い返せば、今日は色んなことがありすぎた。本当にこれが1日の出来事だったのかと思えるくらい……。
ヒマなので、フードと顔にかかる髪を避けて寝顔を眺めた。
俺と違って黒いところがないから余計にそう思うのか、エヴァは見れば見るほど綺麗だ。これを神聖視したくなるやつらの気持ちも分からないではないが……俺にとっては信仰の対象というより、保護対象だな。
記憶にある限り、こんな風に誰かを大事にしたいと思ったことはなかった。壊してばかりだった自分に、庇護欲があったなんて驚きだ。
見た目は俺と変わらないエヴァの実年齢が、母さんに近いというのは衝撃的だったが。まあ、寝ていた60年程はこの際ノーカウントでいいだろう。
(こんなに細くて弱そうな体で、生きてきたんだな)
今し方聞いた話はまだ現実味が薄かった。
家族同然の人間や友だちを一度に失い、自分は死ぬこともできず、狂うこともできずにいたなんて。
それはどれほどの苦しみだったろう。
誰とも関わらず懸命に生きていたエヴァの気持ちを思うと、心が痛かった。
「これからは、いいことあるからな……」
使命感のようなものに駆られながら、白銀の髪を撫でた。
俺がいることで、エヴァの助けになればいいと思う。
今までの自分の生き方を思えばおかしな話だったが、誰かを殺すためではなく、生かすために働くのも、きっと悪くない。
腕の中の温かさに、凪いだ気持ちで火の番をした。
途中で出て来た魔獣数匹は、現れた瞬間に全部凍らせてやった。
なにが出て来ても座ったまま余裕で対処できる。すげえな、俺。いや、すごいのはエヴァなのか?
夜も更けてきた頃、焚き火に薪を投げ込んでいて思った。
――腹が減った。
(おかしいな……)
昼間もそうだった。妙に腹が減る。
俺は普段からあまり食欲旺盛ではない。体質のせいか、空腹も感じにくい。
それなのに、何故か異様に体が食べ物を欲していた。
「もしかして、使い魔って燃費悪いのか……?」
この数日、リアムやエヴァが作ってくれた温かな食事を思い出して、余計に腹が減った。
これは、結構辛いな……。
翌朝、エヴァが目を覚ますまで空腹との戦いは続いた。
なんだかどっと疲れた気分だ。
うっすら目を開けたエヴァに「おはよ」と言ったら、首が折れそうなほど顔を押し戻された。
「おい、それはさすがに痛い……」
「だ、だって……顔が近いわ!」
「抱えてたんだから当たり前だろ。あと、おはようの挨拶」
「言葉以外の挨拶禁止って言ってるでしょ?!」
バタバタともがいて起き上がったエヴァが、火がついたままの焚き火を見て怪訝な顔をした。
「ルシファー……まさか寝てないの?」
「ん? ああ、俺は何日か寝なくても平気だからな。それにこんな野外で寝れるかよ。いくらなんでも無防備すぎだろ。寝てる間に食われるぞ」
「え……じゃあ、もしかして、ずっと……その……」
「ん?」
「私、どこで寝てたの……?」
「ここで」
両手を広げてみせると、真っ赤な顔で絶句された。
あれ? 俺、またなんかまずいことしただろうか。
「あー……ごめん?」
「なんで謝るのよ! 馬鹿!!」
いや、じゃあなんで怒られてるのか教えてくれ。
腹も減ったし、「ひとまずローラシアに行こう」と提案した。
そっちならテトラ教に狙われる可能性もほとんどない。確認しなきゃいけないことも色々あったが、それは後回しでもいいだろう。エヴァには少しのんびりする時間も必要だろうし。
「ローラシア……科学国よね? それよりやっぱりゴンドワナに戻って、咎人の石を新しくつけてくれる魔法医を捜せないかしら」
代わりにエヴァが提案してきた行き先は即座に却下した。
あの忌々しい赤い石をまたつけるなんて、二度とさせたくない。断固却下だ。
俺がゴンドワナ方面を訪れたことがなかったように、エヴァはローラシア側に行ったことがないらしい。
「科学国に行って、不死をなくす方法なんて見つかるの?」
「そうだなー、ないとは言えないな。国立図書館にはゴンドワナとは比べものにならない数の歴史的な蔵書があるし、調べ物をするなら一度くらいあたっても損はないだろ。それに俺は科学国のほうがなじみ深いし、勝手が分かる。キエルゴ山の向こう側だから少し距離あるけど、今日は天気も良さそうだから山越えもいけるはずだ」
問題は、実家の近くを通らなきゃいけないってことなんだが……まあ、高度を上げて高速で通り過ぎれば、なんとかなるか。
そう判断した俺は、少しのあと、自分の見通しが甘かったことを痛感する。
現れた、真っ黒いワイバーンを前にして――。
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