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059 エピソードエヴァ[12]ルガース殲滅

from a viewpoint of ダーラ

 町に散らばる魔女たちに、通信係のマリメラから報せが入った。


『エヴァを見つけた』


 耳の奥にダイレクトに響いてくるその声で、緩やかに進んでいた攻撃の手が一転、激しさを増す。

 町のいたるところで炎の柱が立ち上った。


 誰にどこまで知られているのか、判別は不可能。

 ならば町ごと消し去るまで。

 それがお母様の出した結論だった。


 エヴァの能力――第3の力が実在することは、何を犠牲にしても隠し通さなくてはいけない。

 ゴンドワナにもローラシアにも渡してはならない力だ。


 町の境界線上にはお母様が展開した魔力の壁がある。

 もう誰も、この町からは出られない。

 私たち以外のすべての人間を骸に変えるまで、止まることは許されなかった。


 迅速に仕事を終えるため、ザナドゥーヤの魔女13人全員とその使い魔が動いていた。

 この小さな町を滅ぼすには十分な戦力。夜半の奇襲ということもあって、抵抗はほとんど意味をなさなかった。

 大半の人間はイルルたち昏倒魔法の使い手に眠らされてから、他の魔女たちによって狩られていく。

 そのあとに、火が放たれる。

 せめて苦しまないようにと――。


 視界の先では、横転した魔道車が白い煙を上げていた。

 運転手や乗っていた男たちは、すでに辺りの地面に転がっている。

 ルガースの町長が住む、この屋敷はまだ無傷だ。


「もう……もうやめてくれ……! こんなことは……!」


 門柱の間で膝をついた町長が、悲鳴のように叫んだ。

 テトラ教の神殿に、どれだけの情報が伝わったか確認は必要だ。

 この男は最後まで生かしておく予定だった。


「あのアルビノの娘のことは、本当になにも知らないんだ! ただ神殿が動いただけで……この町の人間には関係ない!」


 耳障りな命乞いに、氷の心で向かい合う。


「さらっておいて、よくもそんなことが言えたものだわ……どのみち、あの子の存在を知っただけで死は免れない」


「し、知っただけで……?」


「ええ、あの子に気づいた人間は誰であろうと死んでもらう。この分だと、神殿にも手を下さなくてはいけないわね……」


 しかしそれはさすがに、私たちにとって荷の重い仕事になるだろう。


「ルガースの町に罪はない! あんな娘がうろついていれば、誰だろうと目がいくに決まっている……! 知られてはいけない存在なら、何故この町によこした?!」


 そう、元々はそれがはじまり。

 エヴァが村を出たことに、誰も気づかなかったことは私たちの罪……

 しかし、今さらだ。


「……テトラ教こそ、何故色素のない人間を都合の良い神具扱いする? そうして目をつけたあの子にさらなる利用価値があると分かれば、ゴンドワナがなにを考えるかは想像にたやすいわ」


「利用価値、だと……? あの娘は一体なんなんだ?」


「答える必要はない。ルガースの人間は、ひとり残らず死んでもらう」


「馬鹿な! 子どもも赤子も殺す気か?! 300人以上の人間が暮らしている町だぞ……! 貴様らに心はないのか?!」


 問われて、口端が皮肉に歪む。


「心など……ザナドゥーヤの魔女が人の死に感じることなどなにもないわ。個々の人命を尊重したところで、種の存続の前には意味を持たないのだから」


 ザナドゥーヤに来た時点で、私たちは個を捨てている。

 己の感情以上に大事なものなどいくらでもある。

 例えば、大崩壊で生き延びた『人』という種を守る、頂点の魔女を支えること。


 科学も魔法も、大きすぎる力を手にしてはいけない。

 天秤を傾ける火種は、すべて刈り取る。

 ゆえに、この町は跡形もなく消えなければならない。

 エヴァの存在が染みついてしまったルガースは、この世に存在してはいけないのだ。


 どうにもならない破滅を前に「どうか、どうか慈悲をくれ」と繰り返す男を、憐れに思わないわけではなくとも。

 仕事の障害になるものは、たとえ心であっても排除しなければ。


「カルラ……北側は終わった?」


 そう問いかければ、となりに現れたカルラがうなずく。ひどい顔だ。

 元からあまり戦闘に向かない彼女は前線に出ない。久しぶりの破壊行為は辛いことだろう。


 開始からさほど時間も経っていないが、町はほぼ壊滅状態だった。

 あちこちから魔女たちが飛んでくるのが見えた。

 受け持ちの仕事が終われば、町の中心部のここで落ち合うことになっている。


「こちらは終わった」


「こっちもよ」


 皆が口々に声を交わし合う。


「町外れにもいくつか建物があった」


「そっちも済んだわ」


「主要な箇所は破壊した。この屋敷で最後ね」


「使い魔たちは?」


「まだ取りこぼした人間を始末している」


「ここも終わらせなくては」


 町のあらゆるところに、大気を焼き尽くす炎が上昇気流となって渦を巻いていた。熱い、の一言ではすまない熱波が、風とともに通り過ぎていく。

 黒い夜空は紅蓮に染まっていた――。


「早く済ませて帰りましょう。エヴァは、村にひとりきりなんでしょう?」


 誰かが言ったそのセリフに、みんなが押し黙った。

 私たちが今日ここでしたことは、エヴァにとって許しがたい行為だ。分かっている。

 それでも、守らなくてはいけないものがあるのだ。信念のために。


「お母様が、一区切り着いたら先に戻ると……エヴァには説明が必要だからと言っていた」


「……分かってくれるかしら、あの子。今まで何も教えてこなかったのに」


「時間をかけても分かってもらうしかないわ。ここでこの町を見逃せば、テトラ教に第3の力が実在すると知られてしまう……そうなれば今度はザナドゥーヤが狙われるわ。万が一エヴァの身が奪われれば……ゴンドワナは強大な力を手にすることになる。それだけは、避けなければ」


 私の言葉に、みんなが頷いた。


「大きな犠牲を防ぐために、小さな犠牲はやむを得ない」


「終わらせよう、こんな気分の悪い仕事は」


「屍を背負うのは、我らの務めよ」


 13人、すべての魔女が揃った。

 あとはこの屋敷を壊して、町長から情報を聞き出し、その死を見届ければ終わり。


 その時、それまで嗚咽をもらしていた町長がぴたりと押し黙った。

 小刻みに肩を震わすその姿に眉をひそめた。笑っているように見えたからだ。


「……小さな犠牲だと……? お前たち魔女は、普通の人間をなんだと思ってるんだ……」


 顔を上げないその姿に、違和感を覚える。

 気が触れたのだろうか。


「ダーラ、あれ……見て」


 となりに立つベアトリクスが屋敷のほうを指さした。

 町長の家から出て来たのは、鎧姿の兵士達。20人はいる……神殿の神官兵だろうか。


「愚かな……まさか戦うつもり?」


「魔力もろくに無い神官風情が。笑わせるわね」


 手にした武器を見れば、魔法に頼らず肉弾戦が得意なほうの神官と分かる。

 この数の魔女相手に、物理攻撃でなんとかなると本気で考えているのか。

 苦し紛れの抵抗にしても、愚かしい。


「くっ……くく……」


 町長は、やはり笑っていた。

 小刻みに震えながら「愚かなのは、奢ったお前たちだろう」と呟くのが聞こえた。なにかを、企んでいる。


 そう感じたときには遅かった。

 町長が懐から取り出した白い袋。そこから転がり出た小さな銀の聖杯には見覚えがあった。

 いや、正確にはテトラ教の聖典で見たことがあるだけで、本物ははじめて見る。

 あらゆる魔力を押さえるための……最強の魔道具。


(神具『縛りの聖杯』……!!)


 神威とも言える気配が、町長の手にした聖杯から膨らんだ。


「まずい! みんな、ここから離れ――」


「もう遅い!! テトラグラマトンの名の下に、魔女よ『大地に縛れ』!!!」


 聖杯を中心に、その場の全てを圧迫する風が吹いた。

 正面からのしかかる圧力に抵抗しようとして、あえなく膝を折る。急激に重くなった体が、水に溺れたように自由を失っていった。

 抗えない。 


「うあぁ……っ!」


「なんだ、これは……!」


 魔力を持つ者すべてに作用する、見えない重石だ。

 容赦なく四肢を縛る強大な力がそう長くは続かないと知っている。

 だが、ほんの数分でも戦場で自由を奪われるのは、死を意味する。


「っあ……くそ……!」


 魔力が強ければ強いほど、のしかかる抵抗は大きくなる。

 仲間たちが、ひとり、ふたりと地面に手のひらをついていくのが視界の端に見えた。

 すぐとなりのカルラが、真っ青な顔で唇を噛んでいる。


「やれ! ひとり残らず殺せ!!」


 町長の声で、背後にいた神官たちが動いた。

 彼らは動きを制限されるほどの魔力を持たない。

 湾曲した剣を構えながら近付いてくる。


 全員を集めたのが仇になった。

 まさか、こんな小さな町に神具があるとは……!


「ダーラ……!」


 首を回すことも出来ずに、死角からかけられた声に応える。


「マリメラ……! お母様に、伝達を……」


 ここに、来てはいけないと――。

 神具の存在を伝えなくては、お母様とて危ない。

 今考え動かなくてはいけないのは、私たちが「どう助かるか」ではなく、お母様やエヴァを「どう助けるか」だった。


 ルガースの町はすでに滅びたも同然。

 自分たちの仕事は終わった。ならば。


(お母様とエヴァさえ無事なら……あとは、なんとでもなる)


 振り上げられた剣先の鈍い光に、苦く口角を上げた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ダーラァ……( ;∀;)  うぅ、魔力を抑える神具。まさに神になせる技。恐ろしい。反則染みた道具を持っているテトラ教。たまたまなのかも知れないけど、運は誰にも分かりませんもんね。  く…
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