055 エピソードエヴァ[8]うれしいプレゼント
朝が来た。
目覚めは最悪の気分だった。
大人の仲間入りをしたと思ったのに、この先の一生をカゴの鳥で過ごすのだと言われたことがショックで。自分が特別な能力を持っていることなんて、二の次にしか考えられなかった。
いてもたってもいられなくなって、私は朝から村を抜け出した。
村から出られないなんて嫌だ。外の世界はこんなに優しくて楽しいのに。
お母様は分かっていない。みんな私をまだ子どもだと侮っているだけだ。
第3の力がなんなの? 頂点の魔女がなんなのよ。
みんなの宝じゃなくてもいい。私は、私は――ライラと会えなくなるなんて、ルガースの町に行けなくなるなんて、絶対に嫌だ。
ライラの家にたどり着いたら、玄関の前でライラの父が薪割りをしているところだった。
「おはよう、おじさん」
声をかけると、びくりと顔をあげた。どことなく疲れた顔をしている。そう言えば、ゴンドワナに行ったと言っていたっけ。帰ってきたばかりなんだろうか。
「あ、ああ……エヴァか、おはよう。早いね……今日来ると思っていなかった」
どことなくよそよそしい笑顔が気になったけれど、それには触れずに「ライラは?」と尋ねた。
「午前中は町外れの児童館で手伝いをしているよ。行ってみるといい」
私は児童館に足を向けた。
町の中はあちこちのお店が開いたばかりで、店頭に品物を並べる人たちで活気づいている。近道をしようと市場の中を通った。
「エヴァ、おはよう」
「今日は早いな、ライラは一緒じゃないのかい?」
お店の支度をする顔見知りのおじさんたちが声をかけてくる。
「児童館にお手伝いみたい、私もこれから行くのよ」
「そうか、いってらっしゃい」
「気を付けてな」
私は笑顔で手を振った。
児童館にたどり着くと、ライラは庭で遊ぶ子どもたちの面倒を見ているところだった。
「ライラ!」
黒髪を揺らして振り返ると、ライラは瞳を輝かせた。
「エヴァ……? ひとりでここまで来たの?」
彼女のこの新緑に似た瞳の中に、自分が映っているのを見るのが好きだ。
いつも通りの彼女を見て、なんだかホッとする。
すぐ側の石垣に私たちは並んで腰を下ろした。
「……でね、あのおじさんたら、そのあとがひどいのよ。『お前もエヴァも口が悪い。大人には敬語を使え』って本気で怒るんだもん。だからあたしも言い返してやったわ」
「……うん」
ライラの話を聞きながら、ぼんやりとその横顔を眺める。
私、次もこうやって来られるのかな。
お母様たちに知られたら、きっともう二度と町には来られなくなる。
ライラと一緒にいられなくなる。
そんな想像が胸を暗くした。
「……エヴァ?」
ふと気づいたように、ライラが話すのをやめた。
「ねえ、どうしたの? 今日なんか変だよ。遊ぶ予定じゃなかったのに突然来たりして……なにかあったんじゃないの?」
尋ねられて、いっそお母様から聞いたことを打ち明けてしまおうかと思った。
でも一体どう説明すればいいのか分からない。村のことをほとんど話していない以上、理解してもらえるとも思えない。
「なんでもないの……ちょっと、私も村で怒られて……むしゃくしゃするから遊びに来たのよ」
「そうなの?」
「うん、でもライラの顔を見たら気が晴れたわ」
「本当? 実はあたしも」
私たちは顔を見合わせて、ふふっと笑い合った。
今はこの時間が一番楽しい。ずっと続けばいい。
少なくとも彼女が神殿に行ってしまうまでは、私たちは好きなときに会うことが出来る。
「ライラ、私15歳になったのよ」
思い出して、成人の報告をした。
「知ってるわよ。おめでとう、エヴァ」
ライラはそう言ってポケットの中から、細い革紐で吊した何かを取りだした。
頭の上から手を伸ばして、首にかけてくれる。私は目を丸くして、胸元に落ちたそれを指先でつまみあげた。
「これ……作ったの?」
木で削ったリングに、丸くて黄色い石が埋め込まれたペンダントだった。
「一日遅くなっちゃったけどね。月光石のカケラ拾ったから。でも指輪のサイズ分からないのに途中で気づいて、ペンダントトップにしたんだ」
月光石は暗闇で発光する貴重な石だ。
小さかったけれど、道端で拾えるようなものじゃない。きっと探してくれたんだろう。
「……ありがとう。すごく、うれしい」
「どういたしまして」
首に下がったリングを見て、涙がこぼれそうになった。
ライラの気持ちがうれしい。友だちからこんな風に祝ってもらったのははじめてだ。私も彼女を大切にしたいと、心から思った。
「あー……あたし、もう少ししたらチビたちと中に入るけど、エヴァも来る?」
私があまりにも感動しているのを見て、照れくさそうにライラが言った。
「あっ……私、今日はこれから斡旋所に行って、どんな仕事があるか聞いてみようと思ってるの」
「えー、ずるいなぁエヴァ、あたしはまだ行けないのに」
「ライラはもう神殿ていうお勤め先が決まってるでしょ?」
「それはそうだけど……私も行ってみたいな。あそこ、15歳以上の付き添いがいれば建物内には入れるのよ」
「そっか……じゃあ、あとでもう一度行ってもいいけど……ライラは午後まで子守りなの?」
「うん、今日は12時までお手伝い」
「じゃあ、時計塔の下で待ち合わせよう。私も12時すぎたら行くから」
「分かった」
「じゃああとでね」
「うん、あとで」
軽く手のひらを合わせると、私とライラは別れた。




