054 エピソードエヴァ[7]出来そこないじゃない
「エヴァ、お前も15歳になった。そろそろ真実のことを話そう」
お母様に呼ばれ、そう言われたのは、成人の儀が終わった夜のこと。
宴のあとの部屋は灯りが落ちて、みんながいなくなった分、気温も落ちたように感じる。それは大人の仲間入りをして浮かれている私の心を、少しだけ冷ましていった。
「ほんとうのことって?」
いきなり切り出された話の内容に、見当がつかない。
「お前は、自分が魔法の使えない出来そこないだと思っているだろう?」
「……ええ」
そうと分かっていても、面と向かって言われるとズキリと胸が痛んだ。
「祈れば叶うのは、神のおかげだと思っているだろう?」
「ええ……だって、そうでしょう?」
「それは間違いだ」
お母様は否定の言葉を口にしながら、真っ直ぐに私の目を見つめた。
ゆったりと、大事なことを伝えるときの口調で続ける。
「お前はね、私と同じ、頂点の魔女なんだよ」
「ザナドゥーヤの、魔女……? なにそれ?」
「ザナドゥーヤの魔女は、その言葉通り一握りの強大な力を持った、頂点の魔女のことを言う」
私がお母様と同じ、強大な力を持った魔女。
どう考えてもピンとこない説明に、困惑した。
「しかもお前は私以上に特別な存在だ……唯一無二と言っていい」
「私が、特別なわけ……ないじゃない」
こんなに何もできないのに。
「この世には3つの大きな力がある」
私がなにかを続ける前に、お母様が口を開く。
「1つめは科学の力、2つめは魔法の力、そしてすべての力を活性化し、無効化する第3の力だ」
「活性化し、無効化する……?」
「そう、私が使うのは魔法の力、お前が使うのは魔力にも科学にも影響を及ぼす、3つめの力だ。これは魔法に似ていて異なるもの。お前の魔力のように薄ら白く透明で、色がないのが特徴だ」
「待ってお母様、何言ってるのか全然分からないわ」
「最後まで聞きなさい。第3の力、私はそれを加速の力と呼んでいる。お前には自分の身のまわりの能力を、なんでも活性化してしまう力があるんだよ」
アクセラレータ。はじめて聞く言葉だった。
じゃあ私は……魔女として出来そこないなんじゃないの……?
「お前の力はなにかの力を加速するもの、単体では意味をなさない。だがその効果は上限がないとされるほど、凄まじいものだ。使いようによっては最強の力になる」
「……私が、そんなものを持ってるって言うの?」
「そうだよ。そしてそれは、決して愚かな人間どもに渡してはならない。お前の力に気づけば、魔法国も科学国もお前を欲しがり、利用しようと企むだろう」
昔から知っていた。お母様が村の魔女以外の人を好きではないことを。
それでも「愚かな人間」という響きには、特別な棘を感じた。
「我ら頂点の魔女は、この世の均衡を保つために存在している。ここは天秤の釣り合いをとるために存在している村さ」
歴史的に大きな争いがあればその裏で糸を引き、科学か魔法、どちらかに大きく力が傾かないよう見張るのが、この村の役目だとお母様は説明した。
いつの時代も、力を持つ魔女たちはそうしてきたと。
いつも出かけていく村の魔女たちは、色んな国で監視を続けるのが主な仕事だと、はじめて教えてくれた。危ない場所にも足を踏み入れるから、諜報係たちは常に危険にさらされているらしい。
先日のダーラの怪我も、魔物ではなくて人間相手に負ったものだと聞かされた。
(ルガースの町でみんなに出会わないのは、もっと遠くの町に行ってたからだったのね……)
みんなが町で普通に平和な仕事をしていると思っていた私は、自分の無知が情けなくなった。
でもまさか、そんな大きなことにこの小さな村が関わっていたなんて。私に想像出来るわけがない。
「お前の力は、現状の戦力をそのまま何倍にも膨らませる。人間がその手に余る力を手に入れたとき、なにが起こるか分かるかい?」
お母様の問いに、首を横に振ってみせた。
「戦争だよ」
簡潔な答えに唇が震えた。
その意味は知っている。どんなものなのかも。
「なにそれ……なんでそうなるの」
お母様はその問いには答えず、代わりに吊り気味の目尻をゆるめた。
「15年前、知り合いにお前が生まれると聞いてね、ある町を訪ねた。そこで大規模な火災に巻き込まれたんだ……焼け死んだ人たちの中に、お前の両親もいたよ」
「! 私の……両親が……?」
「火事の中、お前がくるまれた布には一枚の護符が貼り付けられていた。あの炎の中を生き延びられたのは、両親がくれたそのなけなしの護符と、お前の能力のおかげさ」
おまじない程度の護符が、私の能力で強力な護符に変わって、身を守ったのだと。お母様はそう説明した。
「拾ったお前を育てるため、この村に定住したが……私自身子育てなどはじめてで、お前には苦労をかけたと思う」
「お母様……」
「いきさつはどうあれ、私はお前が純粋にかわいい。これからもお前の幸せを願っているよ」
じわりと心にしみた言葉は、紛れもなくお母様の本心だろう。
でも今までお母様は私の本当の両親について話したことはなかった。私も聞いてはいけないような気がして、何も聞かないようにしていた。
だからこんな風に伝えられて、すぐにそれが全部本当のことなのだと言われても、心が追いついていかないのはきっと仕方がない。
「エヴァ、外の世界に出てはいけないよ」
その言葉に、びくりと肩を揺らした。
まさかばれているのだろうか、町に行っていることを。いや、そんなわけはない。だって、私が通行証を持っていることを誰も知らない。
「お前の白さはただでさえ目立つ。外に出れば恐ろしいことになるだろう」
それが真実と疑わない口調でお母様は言った。
「でも……出てみなければ、分からないじゃない」
反論した私は、外が怖いばかりの世界じゃないことをもう知っている。
「分かるんだよ、簡単なことだ。それにお前は他の頂点の魔女と違い、身を守る術を持たない。強大な力を持っているにもかかわらず、利用されないですむ選択肢を自分で選べないんだ。平穏を望むのなら、誰にも己の存在を知られないよう生きていきなさい」
「そ、そんなこと急に言われても、困る。アクセラレータなんて知らないわ――」
動揺する私に、お母様は目を細めて「自覚しなさい」と言った。
「カルラがオーブンが壊れるたび、お前に手伝いを頼みに来るのは何故だい? 通信係のマリメラが自分の力が及ばない範囲に知らせたいことがあるとき、お前のところまで来るのは何故だい? ダーラが死にかけたとき、私は何故みんなに言うのではなく、お前にだけ祈れと言ったんだい?」
「だって……祈りは、必ず届くから……」
「そう、それがお前の能力さ」
私の祈りは、誰かのやろうとしていることを、後押しするもので。
必ず叶う。
(ああ、そうだったんだ……だからみんなは、私を宝だと……)
いつでも、どこでも。祈れば叶うのは神様の恩恵ではなくて。
私自身の能力によるものなのだとすれば、私以外が祈っても同じことが起きないことに、説明がつく。
「……分かったろう? これまでは神様のおかげと無邪気に信じるお前のことを、誰も否定はしてこなかった。だがお前はもう魔女として成人する年だ。いつまでも夢だけを見てはいられない」
「……夢」
夢だったのだろうか、全部。
「第3の力は、お前の意思とは無関係なところでも周囲に漏れ出ている。人によっては気づくものもいるだろう。そして祈れば、力は方向性を持ち、さらに多大な恵みをもたらす。一は百になり、百は萬にも億にもなり得るんだ」
お母様はそこではじめて少しだけ言いよどんだ。
「世界の均衡は、保たれなければいけない……それを維持するのが力を持つ魔女のつとめ。だから……エヴァ、この村の女たちは皆知ってる。何を犠牲にしても、お前が護らなきゃいけない宝だということを」
「そんな、私は宝なんかじゃ……」
「お前はそのままでいい。その素直で優しい心のまま、皆とここで暮らすといい。外の世界には出してやれないが……私は出来る限りのことをするよ」
それは「永久にこの村から出さない」と宣言されたようなものだった。
真っ黒い閉ざされた道が、見えた気がした。
でもきっとお母様は知っていたのだ。
それが私にとって唯一の、平穏に暮らせる道なのだということを。
「……今日はもう疲れたろう。休みなさい、エヴァ」
「……はい」
何かを考えることが難しい真っ白になった頭のまま、頷いた。
急に告げられた話の内容を、どう消化すればいいのかすら分からずに、ひとり部屋に戻った。
話の内容がタイトルでまったく分からない、そのいい加減さが目に余ってきたので、エピソードにタグ的な意味合いのサブタイ追加してます(なんの益体もない変化)。




