表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/175

050 エピソードエヴァ[3]ライラと私

「町の子じゃないの? この山に村があるなんて聞いたことないけど……」


 ライラ、と名乗った少女は、腰かけた岩の上で首をかしげた。

 私は立ったまま、まだドキドキする心臓をなだめることに一生懸命だった。

 本当に知らない人が目の前にいる。緊張するなという方が無理だ。


「あの……山のもうちょっと上のほうにあるんだけど、ちっちゃい村だから」


「へえ……」


 ザナドゥーヤの村は隠れ里。

 お母様が村の場所を秘密にしているのを知っていたから、詳しいことは話さずにおこうと思った。


「ところで、なんでここに登ってたの?」


 ライラが大木を指さして言った。


「この木になってる実が、美味しそうだなあと思って……」


「ナウルの実はまだ時季じゃないでしょ。もっと黒くならないと食べられないわよ」


 樹上になっている紫色の実と、私の染まった手を交互に見てライラは言った。


「え? そうなの?」


「酸っぱくても食べられないことはないけど……そんなことも知らないの?」


「む、村の周りでは見たことがなくて」


「あー、この辺じゃここと、あっちのふもとに2本あるだけだからね」


 私たちは少しの間、そこで話をした。

 ライラは登った木から見えた、ふもとの町に住んでいると言った。町からここまで採集にきたらしいけれど、ひとりで出歩けるなんてすごい。

 私は魔法の類いが使えないと話すと、ライラは「嘘でしょ?」と目を丸くした。


「せめて魔物避けの札くらい持って歩きなさいよ……死にたいの?」


「私、村から出ることないから分からなくって。魔物除けの札って……?」


「これよ」


 ライラは携帯していたウエストバッグを開けた。そこから一枚の白い札を取り出すと「はい」と私の手のひらに乗せた。


「それ持ってると、ほとんどの魔物が避けていってくれるのよ」


「へえ……便利ね」


「持って行っていいわよ。あたし、もう帰るところだったし」


「え? いいの?」


「持って行ってくれないと困るわよ。エヴァが村まで無事に戻れたかどうか、このあとずっと気にしてなきゃいけないなんてごめんだわ」


 それは断れない理由だ。

 私は素直に受け取ることにした。


「あ、ありがとう」


「どういたしまして。じゃあ気を付けて真っ直ぐ帰ってね」


「あ、ま、待って!」


 腰を上げかけたライラを手で制した。

 断られるのは覚悟の上。ここで言わなければきっと後悔する。


「私、町に行きたいの! 良かったら、一緒に連れて行ってくれない?」


「え、町に?」


「うん……」


「別にいいけど……」


 拍子抜けなくらい、あっさり許可が出た。

 今まで誰に言っても頷いてもらえなかったことなのに。


「でも、今日はじきに日が暮れるから、家の人が心配するんじゃない?」


 傾いたお日様を見上げて、ライラが言った。おしゃべりに夢中になっている間に、大分時間が経っていたようだ。

 確かに夕方までに戻らなかったら、村で大騒ぎになりそう。


「あたし、明日の朝またここに来るから。その時に連れて行ってあげようか?」


「本当?!」


「お安いご用よ。でもその魔物除けの札、効力があと少ししか持たないから、ちゃんと別のを持ってこないとダメよ」


「わ、分かったわ」


「じゃあ、明日の朝、そうね……9時でいい?」


「うん!」


 次の日の約束をして別れたあと、私は真っ直ぐに来た道を戻った。

 幸い迷うこともなく、ライラのくれた札のおかげなのか魔物に出会うこともなく、村に戻ることが出来た。


 こっそりと何食わぬ顔で家に戻ろうと道を歩いていたら。


「エヴァ」


 いきなり背後から声をかけられた。


「っはい!」


 必要以上に大きな声が出た。振り向いたら、怪訝そうなカルラが山菜の入ったカゴを抱えて立っていた。


「こんな森の端で遊んでいたの? もう日が暮れるよ」


「う、うん、あちこちウロウロしてたのよ。もう帰るとこだから……あっ、それ貸して。私が持つわ」


 ごまかすようにカルラの手からカゴを奪い取ると、私はなるべく視線を合わさないようにして帰り道を急いだ。


 その日はいつも通り夕飯を食べて、お風呂に入って寝床についた。

 村の外に出たことは、どうやら誰にも気づかれていない。

 通行証が使えることも分かったし、町に行くアテもできた。

 あとは魔物除けだけど……護符はお母様の部屋にいっぱいあるから、あれを1枚持って行けばいいかしら。


 鼻歌を歌いたい気分だった。ワクワクして、寝付けない。


(明日は早起きするわよ……!)


 無理矢理目をつぶって眠りについた。

 寝ている間、なにかの夢を見た気がする。

 幸せな幼い日の夢で、怖いことなんてなにもなかった頃の、ただ温かさだけが残る夢――。



 翌朝は、本当に早く目が覚めた。

 夜に通り雨があったのか、地面が濡れていた。これは丈が長めのブーツを履いていったほうが良さそうだ。髪はジャマにならないよう、一本の三つ編みにした。幅広の帽子もついでにかぶっておく。


 仕事を探しに行くのだから、清潔な印象の服じゃなきゃいけない。アイボリーの襟付きシャツに、すそをしぼった草色のキュロット、薄手のコートを羽織った。

 カルラに「森の散策に行ってくる。パンを持ったからお昼ご飯はいらないわ。夕方までには戻るから」と言い残して、家を出た。


 村の境界まで来て、ショルダーバッグから通行証を出して、鳥かごの外に出た。

 そこからは自然に足が速くなってしまう。


 昨日と同じ場所、大木の下にライラの姿を見つけて、私は大きく手を振った。


「ライラ! おはよう!」


「エヴァ、おはよう」


 お日様のような笑顔のライラのもとへ、一目散に走って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おぉ、ライラの登場。と、言う事は3カ月で仲良くなった所ですね。つい、そこまで読み返したので準備万端♪ そうか、風の魔法を使うんですね。風の魔法を使う人は、勝手にカッコイイと言う事でまとま…
[良い点] こんにちは(*>∀<*) 第1½章って、かっこいい♡ エピソードが0から始まるのも、よく考えられた構成ですよね。 ピアスすら怖い私としては、胸に石を入れるなんて、とんでもなく恐ろしいこ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ