049 エピソードエヴァ[2]はじめての外の世界
ふわっとクリアになった視界が、向こうの景色に続く道を作った。
お母様の作った護りの壁が、手に持ったカードのおかげで無効化されている。
捨てられていた通行証は、まだ使えたようだ。
「通れる……」
ごくりとのどが鳴った。記憶の限り、私は村から外に出たことはない。
おそるおそる足を踏み出したら、空気が変わった。
2歩、3歩と、通り抜けた先は景色こそ山の中で同じなのに、冷たく刺すような気配に満ちていた。
(この先には、魔物もいるのよね……)
お母様の守護が届かない場所。
一瞬怖くなって戻ろうかどうしようか迷った。
引き返すことは簡単だけれど、それじゃここまで来た意味がない。
バレてあとで怒られてもいい。こんなチャンス、二度とないかもしれない。勇気を振り絞って進むことにした。
(町に行って、自力で仕事を見つけてやるのよ。もうみんなに世話されてばかりの子どもじゃないって、証明してみせるんだから)
山道を下っていくと、木々のない広く開けた場所に出た。
向こうの方に一本の大木があって、その足下には小さな川が流れている。
見たことのない景色にうれしくなって、大木の根元に走り寄った。
「美味しそう……登れば採れるかしら……」
ツヤツヤした紫の実が、上の方になっている。
でこぼこした幹に足がかりを見つけて、深く考えずによじ登った。
途中で何度か滑り落ちそうになったけれど、なんとか上の太い幹にたどり着いて、一息つく。周りを見渡してみた。
「うわぁ……」
緑の草原と木々が、山のふもとまで続いていた。
遠くに家が見えた。赤い屋根、茶色い屋根、青い屋根……何軒も何軒も、家が見える。
ひときわ大きな建物も。塔のようなものも。
「町だわ……」
はじめて目にする町の風景に心が躍った。
少し距離がありそうだったけれど、歩いて行けそう。
すごい、私今、本当に外にいるんだ。
そのときの開放感を、どう表していいのか分からない。
胸にあふれた興奮に、ここが村の外だと知りながら警戒心なんてどこかに置き忘れていた。
だからここから降りられなくなる事態なんて、少しも考えていなかった。
目的の紫の実は堅くて無臭だった。食べられるのだろうか……持ち帰らないほうがいいだろうか。
そんなことを考えながらそこにいて、ふと気が付いたのはしばらくしてから。
草むらの中にポツポツと小さく、灰色の何かが見えた。
「……?」
動いているみたい。私のいるこの木の根元を目指して向かってきている。
近くまで来てやっと、それが小型の魔獣なのだと分かった。大きな三角の直立耳に、黄色く光る目。固そうな毛皮をぶるりと揺すりながら、四つ足の獣が歩いてくる。
大きさは小さい犬並。でも可愛らしさはかけらもない。
人を襲うものだと理解した瞬間に、身がすくんだ。
どうしよう――。
まさかこんなにすぐに魔物の類いに出会うなんて、考えていなかった。
攻撃魔法なんて使えない。護りの魔法すら使えない出来そこないの自分が、武器も身を守るものも何も持たず、外に出てきてしまった愚かさにやっと気づいた。
『グガゥ……』
『ウルル……』
魔獣が4頭、木の下から見上げていた。
明らかに私を狙ってる。
「ど、どうしよう……誰か」
いつも困ったときに助けてくれるみんなはいない。
自分でなんとかしなくちゃと思いながらも、逃げる方法すら思いつかなかった。
私、このままここで食べられてしまうのかしら。村を出たことさえ知られずに、行方不明に?
最悪な予想がよぎって、背筋が震えた。
うなり声をあげながら、1匹が木の幹に飛んだ。私のいるところまでは届かない。それでも登ってこようと、ガリガリと音を立てる。
「いやっ! こ、来ないで!!」
もっと上に、上に登らなければ。
そう分かっているのに、足がすくんで動かない。
飛びかかりずり落ちながら、それでもまた登ろうとする魔獣たち。
(誰か……か、神様……助けて……!)
何も出来ずにただ祈った。最後にはそうするしかないと知っているから。
うなり声と幹を引っ掻く音が恐ろしくて、幹にしがみついたとき。
『ギャンッ!』
身を屈めて跳ね上がった1匹が、空中でなにかに弾かれて横に落ちた。
『グル……』
残りの3頭が振り返ってうなる。
そこへ草を薙ぎ払うような風の刃が滑り込んできた。
『ギャン!』
『キャンキャン!』
魔獣たちは風にはじき飛ばされて転がると、起き上がって一目散に森の中へと駆けていった。
唖然としてそれを見送った。
「ちょっと! 大丈夫?!」
向こうから駆けてくる声の主に、覚えはない。
「そんな目立つところでなにやってるのよ! 食べてくださいって言ってるのも同じじゃない、馬鹿なの?!」
足早にやってきた少女はそう怒鳴った。私の知らない人――。
長い黒髪に、若草色のきれいな瞳。凜とした空気をまとった、男の子みたいに強そうな少女だった。
不機嫌そうに寄せた眉は、怒っているようにも呆れているようにも見えた。
「あ……」
助けてくれたんだ。
「あ、ありがとう……」
まだ震える声で、やっとそれだけ言えた。
風の攻撃魔法はこの子が放ったものらしい。
自分と同じくらいの歳なのに、すごい。
それよりなにより、村のみんな以外と話をするなんてはじめてだ。
今までの恐怖が鎮まっていくのと同時に、胸の中は違ったドキドキに包まれていった。
「降りてこられるなら、降りておいでよ」
ため息とともにかけられた言葉に、私は素直に頷いた。
(・θ・)エヴァ過去話……一話を短めに設定中(でもトータル長い)。
ガンガン更新したいけど、誤字脱字だらけになるのが目に見えてるので、ゆっくり更新します。




