048 エピソードエヴァ[1]14歳の私
ザナドゥーヤは決して人が訪れることのない、静かな村だ。
この村には私以外に子どもがいない。
だからみんなは必要以上に私を子ども扱いする。
庇護されてばかりなんて、おかしいと思う。
あと少しで15歳なのに……15歳は魔女としては成人の年よ?
村で一番年の近い魔女は21だ。あとはおばさんとおばあちゃんばかり。
いずれみんな老齢で死んじゃったら、ザナドゥーヤの村はなくなるのね。
「――エヴァ、エヴァはどこだい?」
呼んでいる声は、カルラだ。見た目だけならお母様よりも年上のおばあちゃん。
私とお母様の身のまわりの世話をしてくれる、3番目の魔女。
「ここにいるわ。なに?」
ニワトリたちにエサをやっていた手を止めて、納屋から出た。
カルラは私を見つけると、家に戻るように言った。
「お母様が呼んでるよ。行きなさい」
促されて、仕方なく母屋へ足を向けた。
どうせろくな呼び出しじゃない。話の内容は予想がつくもの。
お母様はこの小さな村の長だ。みんなから「お母様」と呼ばれている。
40歳くらいに見えるけれど、歳をとらない不思議な人だから、実年齢は分からない。
「不死の魔女」の二つ名を持っていて、老いることも死ぬこともないのは周知の事実だけれど。
それはこの村だけの常識で、外の世界にそんな人はいないという。
お母様は血のつながりのない私を、娘として育ててくれた恩人でもある。
とても力のある魔女で、聡明で、優しくて。人の上に立つ資質を持っている。過保護が過ぎることをのぞけば、申し分のない母だ。
そう、過保護が過ぎることをのぞけば……
裏の勝手口から木の実でできたすだれをくぐる。板張りの廊下がきしりと鳴った。この村で一番大きい家だけど、新しさはかけらもない。それでいて古めかしくもない。お母様と同じように時の止まったこの家は、いつでも静かだ。
庭に面した廊下を通り、一番奥の部屋へ向かう。飴色の扉を叩くと、「どうぞ」の声がした。両開きの扉をすらりと開けた。
お香の匂いが立ちこめる部屋の中に「お母様」と声をかける。ウェーブがかった夜色の長い髪が振り返った。
護符を書いていたらしい。お母様は止めた筆を机に置くと「エヴァ、来たね」と言った。
「呼んでるって、カルラから聞いたわ」
「そうだよ、さっきダーラが来ていてね」
やっぱりそのことか。
ダーラは情報収集の魔女だ。普段は色んなところに出かけていて、たまにふらりと村に帰ってくる。その自由さと身軽さは自分にはないものだ。
今朝方も帰ってきたところに出くわして、外の様子を話して聞かせてくれた。
そこで、私はつい余計なことを言ってしまったのだ。
「一緒に町に働きへ出たいと、そう頼んだそうだね?」
さっそく言いつけられたことに腹が立ったけれど、仕方ない。この村の魔女たちはみんなお母様に心酔しているのだから。
「断られたわ」
「それはそうだろう、お前が働く必要などないからね」
「でも、私だってもう15になるのよ。働きに出たっていいじゃない」
「お前が外に出たがっているのは知っている。だがその必要はないよ」
「どうして? みんな仕事を持っているわ。私だけ遊んでいるなんて嫌よ。なんでもいいから働きたい」
「では、この村の中で出来ることをしなさい。なんでも好きにしていい」
「そうじゃないわ! 村の中での仕事じゃない――私は外に出て働きたいの!」
声を荒げた私を静かに見返して、お母様は一度だけ首を横に振った。
「いいかいエヴァ、お前は私の……この村の宝なんだ。外の世界は危ない。村から出すわけにはいかないよ」
「私は宝なんかじゃないわ。みんなみたいに立派な魔女じゃないもの! かまどに火をつけることもできない出来そこないだから……弱いから、外に出ちゃダメなんでしょう? そんなこと知ってるわ!」
「エヴァ、それは違うよ」
「もういい! どうせダメだって言われるの、分かってたもの!」
そのまま部屋を飛び出して、家も飛び出した。
すれ違うカルラに「散歩に行ってくる!」とだけ言って、山の中に足を踏み入れた。
(何よ、お母様もダーラもみんなも、いつまでも人を子ども扱いして! 私だって働くことくらい出来るのに!)
私は生まれつき魔法がひとつも使えない。
お母様のような護りの魔法も、カルラのような火の魔法も、ダーラのような風に乗る魔法さえ。
何故こんなに何もできないのだろう。ここは魔女の村なのに、私にも魔力らしきものはあるのに。
魔力があったところで使えないんじゃ意味がない。
私は宝どころかザナドゥーヤの恥だ。みんな優しいからそう言わないだけで、本当は役立たずだと思われてる。
だから村からも出してもらえないのだ。外に出たところで、まともに働けると思われていないから。
いつもいつも、それが悔しかった。
「私だって……町に行けば――」
料理も洗濯も掃除もできる。家畜の世話だって、少しなら繕いものだって。
魔法が使えなくったって、探せば雇ってくれる所くらい、きっとある。
家から大分離れたところで足を止めた。
高く昇ったお日様を見上げて、上着のポケットを探った。
取り出したのは、灰色のカード。
先日、使用済みの護符を処理する廃棄場から見つけた、通行証だった。
みんながこれを持って、村と外とを行き来していることを知っている。
ボロボロだったから、使えなくなって廃棄されたのだと思った。
それを見た私は、もしかしてと考えた。
使えるかどうかは分からない。でも可能性を思ったら、とっさに拾ってしまった。
村の周囲一帯は、お母様の護符で護られている。
外にいるという魔物も入ってこられない。ここは安全だ。
でも、しょせんは鳥かごの中。
護られて、お荷物のまま大人になって、このまま過ごしていくなんて耐えられない。
私は木々の向こうに見える空間の歪みに目をこらした。
お母様の作った護符が、周囲の木に打ち付けられている。
この境界を越えれば外の世界だ。
ごくり、とのどが鳴った。
「悪いことじゃないわ……子ども扱いするみんながいけないのよ」
自分に言い聞かせるように呟くと、手に持った灰色のカードを空中に差し出した。
本日もご愛読感謝(ノ゜∇゜)ノ♬




