047 エピソードエヴァ[0]咎人の石
この章ではエヴァ視点を基本に、しばらく彼女の過去話が続きます。
エヴァ以外の視点切り替えには、注釈入れますね(·∀·)
無機質な研究所の中。
広くもない、せまくもない、外からの光が入り込まない部屋。
よどんだ空間に、私と年老いた白髪の男がひとり。
「事情は分かった。其方に咎人の石を埋めることは可能じゃ……」
重い声で老人は言った。
一昔前までは、かなり高位の祭司だったという。
強硬派と、穏健派に2分されるテトラ教の中では、平穏を望むほうの人。
今は隠遁者として片田舎で過ごしているけれど、数少ない能力の持ち主だ。
魔力を封じる魔石を、人の体に施すことの出来る魔法医。
その能力を目当てに、私はここまで来た。
「じゃが石を得たところで其方の力は消えぬよ。ただ一時、封じてどうする。解決にはならん」
馬鹿なことはやめておきなさい、と。
何度目かになるセリフを彼は口にした。
「何年でもいいの。10年でも20年でも。私と言う存在を薄く出来るのなら、その場しのぎの小細工でもかまわない。その間に、死ねる方法を見つけるわ」
「……死ぬ必要があるのか。其方は罪人ではないのに」
「……いいえ」
いいえ。私以上に罪深い人間は知らない。
その答えに、老魔法医は肺の奥からため息を吐いた。
「もう一度聞く。この方法は苦痛をともなう。それでも望むのか?」
その質問は、意味をなさない。
最初から選択肢など存在しないのだから。
「痛くても、苦しくても、なんでもいいのよ」
恐れなどない。時間とともに、たくさんの死が風化することのほうが恐ろしい。
痛みをともなうというのなら、それは私の受けるべき罰なのだろう。
「それが其方の選んだ道なのか。自らの周りに檻を作り、滅ぼす方法を探すと?」
「そうよ。生きるためにあがこうとは思わない。早く終わらせたい。それが望み」
「そうか……ならばもう言うまい。上の服を脱いで、そこに横になりなさい」
老魔法医は見るからに冷たい施術台を指して言った。
壁に揺れる薄明かり。棚に並んだ薬瓶の数々がいやに目につく。
生き物だった得体の知れないものが、中から私を見ていた。
気持ち悪いとも、悲しいとも思わなかった。心がなにかを感じることを拒否しているから。
椅子の背に、脱いだローブと飾り気のない藍色のワンピースをかけた。
裸身のまま、冷たい台に上った。
横たわって見上げた天井には夜空が広がっていた。
不思議な光景だ。まるで本物の星がそこにあるかのよう。
「……今の星空を映すだけの、はるか古代の魔術じゃよ」
老魔法医が言った。
「……そう」
星はいくつも瞬いて、確かにそこには光があるのに。
闇が迫ってくるようだった。
「星はいい。見上げれば己の存在がどれほど小さいかを教えてくれる。其方の宿命の星も、きっとあの中にあるじゃろう」
「私の……星も」
何に導かれ、どこで瞬き、消えるのだろう、その星は。
「噛んでおきなさい。苦痛はこの3日間が一番強い。施術直後はしばらく、この台からも解放してやれん……」
老魔法医が顔の前に差し出した布の塊を、ひとつ頷いて噛みこむ。
「不死の魔女とはいえ、痛みは感じるのじゃろうに……」
人格者なのだろう。人のために悲しむ心を持っている。
でも同情などいらない。
5日前。うわさを聞いてやって来た私を、彼が追い返すことはなかった。
魔力を封じる石を「この身につけてほしい」と頼んだ私を、ただ驚いた顔で見ていた。
(其方が望むものは罪人が受ける施術じゃ。強い苦痛も伴う。場合によっては命に関わると知っているのか? とてもではないが請けられん)
拒否の姿勢をみせた老魔法医に、私はすべてを話した。
災いをもたらす自らの能力のこと、不死の魔女であることを――。
老魔法医が私の能力を利用しようと思うか、思わないかは賭けだった。
説得するのに毎日通って。
今日、ラボに招き入れられた私は、奇跡的に許諾の返事をもらうことができた。
これでやっと、恐れずに外を歩けるようになるのかもしれない。
やはり気が進まないのだろう。四肢を台に固定する手をたまに止めながら、それでも老魔法医は仕事の前の職人の顔をしていた。
「――始めるぞ」
彼が手にした楕円の宝石が、光を集めて赤く光った。
2章で入れる予定だったエヴァの過去話をここにぶち込むことに……あれ? そんな予定だったかなー??
次回は更に過去に遡ったところから始まります。
あまり愉快でない内容になるので、苦手な方は流し読むor読み飛ばすなどで自己防衛ください。




