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046 -閑話- ある日のディスフォール家

主人公が子ども時代の過去話です(多分8歳前後←計算してない)

本編とは直接関係ない話ですが、ばあちゃん出てきます(·∀·)

 頭上には、ガラス越しの青空が広がっていた。

 暖かいを通り越して暑いくらいになった、この湿度の高さは嫌いじゃない。


 ディスフォール家には大きな薬草園がある。温室(ここ)もその一部だ。


「イチコロソウはね、ナス科マンドラゴラ属の一種で、トロパン・アルカロイドが主成分なんだよ」


 昔語りをするかのような穏やかさで、ばあちゃんが言った。


 その手には大きな金色のハサミが握られている。

 シャキン、とハサミが鳴るたびに、固い葉と根が切り離されていく。

 作業台の上にぼとりと落ちるしわくちゃの人型が、口をワナワナさせるのが面白い。


「チョウセンアサガオと同じ毒?」


 聞き返すと、ばあちゃんは「おや」と微笑んだ。


「そうだよ、フェルは本当に賢いねぇ。でもイチコロソウはチョウセンアサガオの30倍の毒性を持つんだ」


「へえ~。で、今は何を作ってるの?」


「新しい無味無臭の致死毒をね。ああ、でもこれの耐性を上げるために、お前用の実験薬を調合するのが一番の目的だよ」


 うえ、聞くんじゃなかった。

 生まれつき毒への耐性が強い俺を、さらに毒の効かない体質にするための薬。

 ばあちゃんはより改良を重ねた強い毒薬で、俺の魔改造を続けてる。


(死なないまでも、毒を飲んで苦しいのは嫌なんだよなぁ……)


 それでも強くなれと言われてる以上、逃げ回るわけにもいかない。

 期待を背負うって、大変だよな。


 うららかな温室の一画。作業台のベンチに座った俺は、ばあちゃんの手元をじっと見ていた。

 ばあちゃんはいつも作業をしながら、色んな話を聞かせてくれる。

 屋敷を作るときにどうやって山を削ったとか、薬の材料を集めるのにどこが苦労したとか、この温室を含むウチの薬草園がどれだけ貴重かとか。


 怒るとものすごく怖いけれど、普段は穏やかなばあちゃんが俺は好きだ。

 だからここでこうしているのも、好きだった。


「失礼します、大奥様」


 温室の扉を開けて、執事(バトラー)が入ってきた。

 行商人の運搬車にまぎれて、ゴンドワナの人間が不法入国したとの報告だった。


「ひとまず捕らえましたが、どのようにいたしましょう」


 うちにはいくつものルールがある。

 アルティマを通る者は誰であろうと通行料を払うってのも、ばあちゃんが決めたルールだ。

 不法入国者は、シロやクロ、庭師たちにすみやかに始末される運命だった。


「どのようにしましょうってね。シロのエサにするかクロのエサにするか、選べってことかい?」


 刃渡りが30cmほどもある大ハサミを動かしながら、ばあちゃんは興味なさげに答える。

 作業台の上に置かれた毒草が異臭を放ちはじめた。耐えがたいけれど、ばあちゃんはいつものように気にしない。鼻壊れてんのかな?


「ご当主に話をさせてくれと叫んでおりまして、奥様が大奥様にお知らせするようにと」


「セレーネがアタシに? なんでまた」


「不法入国者は『依頼に来た』と言っておりまして」


 初回で直接の依頼者は、じいちゃんが話を聞くことになっている。

 ただ、じいちゃんは今出かけている。じいちゃんが不在の間は……というより、元からディスフォールの最高権力者はこのばあちゃんだ。

 見た目はただの若いばあちゃんだけど、齢百歳をとうに超えていて、今何歳なのか正確なところは俺にも分からない。


 その二つ名は『紅蓮(ぐれん)の魔女』。

 灼熱の業火をまとう、世界最強の魔女だ。


「なんだいそれは。正式に入国してから依頼に来ればいいものを……依頼者を名乗るのなら即殺すわけにはいかないね。話を聞こうか」


 依頼者は、なにをおいてもまずその依頼内容を聞く。

 これもうちのルールのひとつだ。


 すぐに執事がひとりの若い女を連れてきた。

 10代後半くらいだろうか。姉さんに近い年に見える。

 ボロボロの服を着て、鋭い切羽詰まった目をしていた。


 女の人を見ると、ばあちゃんは面倒臭そうに口を開いた。


「うちに依頼に来たと言ってるらしいね」


 のんびりとした声で尋ねるのを、俺はベンチに座ったまま聞いていた。


「勝手に入国して申し訳ありませんでした。私はここを通り抜けるつもりはなかったので、通行料のことは考えていなかったんです……車の荷にまぎれこんだのは、他にここに来る手段がなかったからです」


 地面にひざをついた栗色の髪の人は、そう謝罪した。


「通行料のことはとりあえず置いておくよ。それで、不法入国までして誰を殺して欲しいんだい?」


「母と、弟を殺した男です」


「一般人かい?」


「街の……自警団の副団長です。昔から懇意にしていました」


「報酬は?」


「お金を、持っていないんです。これが全財産で」


 女の人はそう言うと、握りしめていた封筒を差し出した。

 執事が横から手を出して、中身をあらためる。


「1万と200ルーグです」


「話にならないね……通行料にも満たないじゃないか」


 ばあちゃんがため息交じりに言うと、女の人は額を地面にこすりつけて「お願いします!」と叫んだ。


「本当なら、この手で殺してやりたい……! でも、私じゃ無理なんです!」


「まあそうだろうね」


「足りない分は……どうか別のもので」


 女の人はそこで顔を上げると、一呼吸置いて言った。


「私の命を、差し上げます――」


 俺が目を丸くしていると、ばあちゃんはまわりに聞こえるくらい大きなため息を吐いた。


「なにか勘違いしてるようだけど、ウチは殺戮大好き集団じゃないんだよ。暗殺はビジネスさ。そんな一文にもならないような命をもらって、アタシになんのメリットがあるって言うんだい?」


 俺は仕事に関わったことはないけれど、いつも「皆殺しよ」ってうれしそうなのは姉さんくらいだし……確かにこの人の命をもらったって、俺たちが得することはないよね。


「……母は、もう何年も前からあの男につけ狙われていました。弟は母と一緒にいて……乱暴を止めようとして殺されたんです」


 ひざのスカートをギュッと握りしめて女は唇を噛んだ。


「私が帰ったとき、母はすでに息がありませんでした……弟は、殺されたあと、森に捨てられていました。魔物にほとんど食べられて……顔も分からないくらいに」


「よくある話さね」


 よくあるんだ。

 ばあちゃんはなんでもなさそうな顔をしているけれど、目の前で話している人との温度差がすごいのは気のせいかな。


「私が訴えても証拠がないって、自警団には取り合ってもらえませんでした。……でも、あの男、私に言ったんです。『お前がいなくて残念だった。ほとぼりが冷めたら行くから、いい子で待っていろ』って……!」


「鬼畜外道の名が似合いそうな男さね」


「私、もう家族がいないんです。だからいつ殺されたっていい……お願いします! 私、何でもします! どんな殺され方をしてもかまいません……!! 私の命と引きかえに、母と弟の敵を取ってください! お願いします! お願いします……!!」


 女の人は嗚咽をもらすと地面に額をこすりつけたまま、顔をあげなくなってしまった。


「あぁ、面倒だねぇ……」


 心底そう思っているように呟くと、ばあちゃんはがしゃん、とハサミを作業台の上に置いた。


「その男の名前と住所、特徴は?」


「……え?」


「あんたが殺したい男のことを、話せって言ってるんだよ。アタシは気が長いほうじゃない。早く言いな」


「え、あ……はい!」


 女の人はターゲットのことを詳細に説明した。

 ばあちゃんはそれを聞くと「よっこらせ」と言って、腰をあげた。


「ばあちゃん、出かけるの?」


 見上げると、ばあちゃんは俺の頭を撫でた。


「ああ、ちょっと出かけてくるよ。1時間くらいで戻るかねぇ。もし出来るようなら、これの続きをやっておいてくれるかい?」


「うん、いいよ」


「ありがとう、フェル。それじゃあ行ってくるよ」


 そう言うとばあちゃんは温室を出て、打ち上げロケットのような速さで空に消えていった。


 取り残された俺は作業台を見て、俺の顔よりも巨大なハサミを取りあげた。

 シャキン、と葉から根を切り離すと、やっぱり人型は口をワナワナさせた。

 はは、面白い。


 女の人は呆然としてその場にへたり込んでいた。

 それを横目に、俺は残り20本ほどあったイチコロソウを全部切り分けると、ばあちゃんがいつもしているように葉を天日網に乗せ、根をバケツに入れて作業台を片付けた。

 手についた毒を水場で洗い流していたら、床に座り込んだままの女の人と目が合った。


 ウチにはよくお客が来るけれど、俺が外部の人間と話す機会はほとんどない。

 珍しいお客に興味が湧いた。


「ねえ、お姉さん死にたいの?」


 ためしに、気になったことを聞いてみた。

 話しかけられると思っていなかったのか、女の人はものすごくびっくりした顔で「え?」と俺を見返した。


「自分の命と引きかえに、ばあちゃんに仕事頼みに来たんでしょ?」


「え……ええ、そうよ」


「死にたいの?」


 女の人は「なんだこの子供は」というような顔で俺を見ている。

 そんなに変なことを聞いただろうか。


「死にたいなら手伝ってあげてもいいよ? 殺してあげようか?」


「ルシフェル様」


 俺の言葉を横からやんわりと、執事が止めた。


「この方は死にたいわけではありませんよ。勝手に殺してしまうと、あとで大奥様に叱られます」


「そうなの?」


 でもこの人、どう見ても顔に「死にたい」って書いてあるんだけどな。

 ……まあいいか。


「そうだ! 今すぐ死にたいんじゃないなら、ばあちゃん帰ってくるまで俺とお話ししようよ!」


「えっ?」


「ねえアッサム、いいだろう? お茶とおやつ用意してよ」


「かしこまりました」


 すぐにメイドがお茶を運んできた。手際よく庭のガーデンテーブルにお茶の席が用意されていく。

 俺は椅子に座ると、死にそうな顔の女の人に最近気に入ってるお菓子をすすめた。


「ねえ、お姉さん。ターゲットをばあちゃんが殺してきたらうれしい?」


「え、ええ……うれしいわ」


「そっかぁ、じゃあ早く戻ってくるといいね」


「あの……あなたのお婆さまは、本当に依頼を請けてくれたの?」


「うん? うん、たぶん獲りに行ったと思うよ? ばあちゃんが自分で行くこと、滅多にないんだけどね」


「でも私、お金がなくて……それに、命をもらっても仕方がないって……」


「うーん、ばあちゃんたちが仕事を請けるルールは、俺もよく知らないんだ。でも報酬の金額は関係ないって聞いたことがあるよ」


 困惑した顔の女の人は、お茶にも手をつけずに俺の前に座っていた。

 もったいないな、おいしいのに、このお菓子。


「ねえ、ゴンドワナから来たんでしょ? ゴンドワナはどんなものがおいしいの?」


 俺が好奇心から尋ねることに、女の人はぽつぽつと答えてくれた。

 それ程時間が経たないうちに、ズシャッと音がして、庭にばあちゃんが降り立った。


「ばあちゃん、おかえりー」


「ただいま、フェル」


 飛びついてギュッと抱き付いたばあちゃんからは、血の臭いがした。


「俺いい子にしてたよ。イチコロソウもぜーんぶ切っておいた。えらい?」


「ああ、えらいよ。ありがとうね」


 俺の頭をひとなですると、ばあちゃんは手に持っていたものを女の人の座っている足下に落とした。

 ごろりと、開いたままの目が女の人を見上げた。

 男の生首だった。


「ひっ……!!」


 声にならない叫び声をあげると、女の人は椅子から立ち上がった。震える手で口元を押さえて、それを見下ろす。


「満足かい?」


 ばあちゃんが言った。

 呆然とした表情の女の人は答えなかった。

 あれ? うれしくないのかな?


「殺したいヤツが死んでも、スッキリ気持ちが晴れたりはしないさ。まともな神経の持ち主ならなおさらね。謝罪があろうと死んで償おうと、それは同じこと。起こったことは変えられないんだよ。傷はあんたの心に永遠に残る。無くすことはできない」


 ばあちゃんの言ってることは、ちょっと難しかった。


「それ……でも……」


 女の人は力が抜けたようにその場に崩れ落ちると、ボロボロと涙を流した。


「ほんの少しでも救われました……ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 こういうときのばあちゃんの目が、俺は好きだ。

 どこまでもあったかくて、痛いところがなにもない。


「アタシはね、紅茶が好きだよ」


 唐突に、ばあちゃんが言った。


「だからウチの使用人にはみんな、紅茶に関する名前をつけてるんだ」


「……?」


 ばあちゃんの言葉に、女の人はぐしゃぐしゃになった顔をあげて「分からない」といった顔をした。


「あんたの名前は……そうだね、ペコーにしよう。明日からしっかり働きなよ」


「働、く……?」


「おや、何でもするんだろう? 使用人が足りないって話だよ。あんたにはうちのメイドとして、死ぬまで働いてもらうつもりだ。今日終わっていたかもしれない命じゃないか。アタシの自由にしてかまわないだろう?」


 女の人も驚いていたけれど、俺はもっとびっくりした。

 この人、使用人になるの?


「なに、たまに街に出て買い物するくらいの自由はやるよ。少ないが給金もね。悪い話じゃないだろう?」



 そういうわけで、栗色の髪の人はうちのメイドになった。

 アルティマの住人は強くなくっちゃいけないはずなのに……例外、ってやつなのかな。

 ばあちゃんのいつもの思いつきなのかもしれなかった。



 それから10年。

 ペコーは27歳になって、いまだにウチで働いてくれている。


「坊ちゃま、坊ちゃま、起きてくださいませ。大旦那様がお待ちですよ」


 俺のことを坊ちゃまと呼ぶのは、このペコーだけだ。


「うーん……じいちゃんが? なんでー?」


「今日は対砲撃訓練で、軍の施設に行かれるのでしょう? 起きてくださいませ」


 まだ薄暗いほど朝早いのに……無理矢理ひっぱって起こされて、シャツを着せられた。

 よほど急いでいるのか、ベッドに腰掛けたままで髪の毛をとかされてる。

 座った俺の前に跪いたペコーは、靴まで履かせてくれた。


「お顔を洗って朝食ですよ。急ぎませんと。私はお部屋を掃除しますからお見送り出来ませんが、お気を付けて行ってらっしゃいませ」


「んー……行ってくるー」


 まだよく開かない目で、栗色の短い髪に手を伸ばした。

 引き寄せて頬にキスしてから、首にかじりついてハグする。


 あーなんかいい匂いする。バターかな……

 ペコーが俺の背中を慌てたようにポンポンと叩いた。


「ぼ、坊ちゃま……私にそういうのは不要ですと……!」


「あ、ごめん。寝ぼけた……」


 使用人に挨拶は必要ないって言われてるけど、習慣で出ちゃうんだよな。


「いってらっしゃいませ」


 廊下に押し出されて、扉が閉まる直前。

 部屋の中から


「尊い……」


 って声が聞こえた気がしたけど、あれはどういう意味だったんだろうか。


お越しいただきありがとうございました。

2章にエヴァの回顧録を入れる予定でしたが、「この中途半端な章に続けてもいいんじゃね?」と気づいたのでそうしようと思います( ̄∀ ̄)←悪い笑み


なので、次回から長いエヴァのターンが続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本日まとまった時間がとれたので一気読み中! 絶対小間切れじゃなくがっつり物語に入り込んで読みたかったので(笑) もう、ほんと最高に大好きです! ルシフェルかっこかわいい! エヴァの過去も…
[良い点] 尊いーーーーー( ;∀;) ペコーちゃん、今でもそれなりにやっていけているなら良かったです。 え、不法侵入者や使用人達が捕えると? つい、執事が捕えて来たと聞き「なにっ」とつい反応をしてし…
[一言] ペコーさん……推しに出会ってしまったんですね……沼にはまってしまったんですね……。 読者としては、ばあちゃんがやってくれてスッキリいたしました。 そう思うと、「復讐は復讐しか生まない」とか…
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