045 はじまりの終わり
バッグに追加されていた防寒着は女物だった。
すべてお見通しのようで不愉快だ。そう感じながらも、寒そうなエヴァに着せない選択肢はない。
寒空の下、道端にとどまって話をした。
リアムの怪我を治し、記憶を奪ったのは、俺の先生だということ。
ディスフォールという名の、暗殺一家のこと。
アルティマ王国が俺の家だと、すべて話した。
向き合った瞳に恐れや嫌悪が感じられなかったことが、どれだけ俺を安堵させたか……エヴァは知らなくていい。
家族がなぜ俺を連れ戻さないのかは、分からない。
リアムと同じように近くにいる、エヴァのことを放っておくのも謎だ。
だがここで先生を追って家に帰ることはできなかった。
エヴァのためにも家族との接触は避けたい。
愉快でない話を、エヴァは最後まで黙って聞いていた。
「今の俺じゃ、あいつの盾にはなれない」
友達として側にいることを許されたとしても、俺では家族からリアムを護りきれないだろう。
能力が上がったところで、それほど楽観的にはなれなかった。
ディスフォールの人間は、殺すと言えば必ず殺す。それが絶対のルールだ。
分かっていて、俺を知らないリアムの側に留まることはできなかった。
「エヴァ、俺……悔しい。もっと力があったら良かった。誰にも負けないくらい」
「ルシファー……」
「強くなりたい。今よりももっと強く。そうすれば、欲しいものが手に入るし、やりたいことができるんだ」
悲しそうな顔でエヴァは俺を見ていた。
「強くなっても、手に入らないものもあるわ」
「知ってる。でも俺はそのやり方以外知らない。母さんたちに子ども扱いされてるうちは、何言ってもダメなんだ。俺が本当に自由になるには、弱くちゃダメなんだ。だから、家族にも誰にも文句言わせないくらい強くなって……そうしたら、またリアムに会いに行くよ。今度は、隠し事なしで」
生きてさえいれば、また会うことだってできる。
だったらその時に、もう一度はじめればいい。
辛くないわけじゃない。でも、あきらめたわけでもない。
そう思うことで、かろうじて前を向けた。
「それでリアムにフラれたら、なぐさめてくれよな」
「……馬鹿ね、リアムがあなたをふるわけないじゃない」
悔しさをにじませた冗談を、エヴァは仕方なさそうに笑ってくれた。
それだけで救われた気分になる。
「俺、今のところリアムが唯一の友達なんだ。あきらめられるかよ」
「びっくりするほど友達少ないのね」
「あのな、暗殺家業やってると友達なんてできないんだよ」
「じゃあ……私はなんなの?」
たどたどしく尋ねられて、素直に「友だちだよ」と言えないのはどうしてだろう。
「エヴァは友達じゃなくて、俺のご主人様なんだろ?」
自分でも分からない答えの代わりに、意地の悪いことを返した。
「え、違っ……あ、違わないけど、そんなこと思ってないわよ!」
あわてるエヴァに、冷え切っていた気持ちが緩んでいく。
そうだ、リアムと3人で過ごした時間を、エヴァも覚えてくれている。
(リアム、俺……また来るから。そのときは今度こそ、ちゃんと友達になろう)
俺たちはなにもなくしてない。
きっとまた、友達になれるから――。
すとんと、自分の中でなにかが落ち着いた。
大丈夫。今はあいつが無事でいてくれたことを喜ぼう。
前向きにそう思えるのは、きっとエヴァの存在が大きい。
ふと気づけば、目の前のエヴァが困り顔だ。
なんだ、もしかしてまだ契約のことを気にしてるのか。そう思ったらいたずら心が湧いた。
「俺はお前の使い魔なんだよな? じゃあ対等な友達ってわけにはいかないだろ、ご主人様?」
追い打ちをかけると、エヴァはきっと眉をあげて反論してきた。
「そ、それは成り行きでそうなっただけで、私は――使い魔になってもらいたいからあなたを生かしたわけじゃないわ! あなたが何をしようと自由だし、どこに行ってもかまわないし、私と一緒に行動する必要もないから!」
「……なんだよ、それ」
気にくわない回答だ。いや、からかったのは俺なんだが。
これまでは事情があって、わざと嫌われるようなキツい言い方をしているのだと思っていた。
でもこの人を突っぱねるような素直でない言動は、もしかして元からの性格なのか?
「あのな、言いたいこと言えって、言ったよな?」
手首を捕まえると、引き寄せた。
「ちょ、な、なにを……」
うろたえたように胸を押し返されたが、離す気はない。
ここは白黒はっきりつけないとダメだ。
「お前が本気でどっか行けって言うならそうするよ。でも、本当にそれでいいのか?」
そう言うと、エヴァの顔色が変わった。
「ど、どっか行けだなんて、もう、言ってない」
「じゃあどうすりゃいいんだ、俺は」
「それは……」
「俺は……もし、許してもらえるなら……エヴァと一緒にいたい」
そう素直に伝えると、白い頬が薄紅色に染まった。
別に恥ずかしいことは言ってない……と思う。
「本当のこと聞かせてくれよ。俺に消えて欲しいのか、側にいてもいいのか」
尋ねた瞬間、ふっと視線が横にそらされた。
やっぱり、拒絶されるんだろうか。
不安がよぎったら、エヴァがぽつりと呟いた。
「……て、欲しい」
「なに? 聞こえない」
月明かりでも分かるくらい赤くなったエヴァが、そっぽを向いたまま言った。
「側に、いて欲しい……」
一瞬、呼吸を忘れた。
……なんだこれ。可愛すぎないか?
目的は達成したものの、盛大なカウンターを喰らった気分になる。
「やべぇ……」
「え?」
「よし、分かった。側にいて欲しいって言ったな? な??」
「な、何度も言わないわよっ!」
「もう使い魔とか不死とかどうでもいいや。テトラ教のやつらがどれだけ来たって、お前は俺が護ってやる。もう決めた」
「そ、それは……ちょ、もういいでしょ。離してっ」
握っていた手が振り払われて、妙にさみしい気分になる。
スキンシップに飢えてるのかな、俺。
「ま、死なない体になったっていっても大した問題じゃないし、それも悪くな……」
そこまで言って、あることに思い当たった。
ちょっと待てよ。確かエヴァは言った。
力を受け継いで、それ以来死なず成長もしない体のまま……
成長しないって……
「もしかして、俺、これ以上身長伸びないとか?」
「え?」
「だから、成長しない体ってことは……」
「ああ……私も力を受け継いだときは15歳だったわね」
「そこから、身長伸びてない?」
「……なんで身長に限定するんだか分からないけど、そうね」
「嘘だろ……! 長寿薬飲まなくなったって、成長しないんじゃ意味ねえ!」
不死になったことより、そっちが深刻だ。
俺には178cmのシュルガットを超えて、将来的には183cmのカザンも超える。
そういう高い目標があるのに!
「まさか、永遠にこんなガキの体のまま……?」
「ガキって……子どものくせに何言ってるのよ」
「俺はこれでも20歳だ!!」
「え……嘘」
「嘘じゃねえ~……俺の見た目がこんなんなのは、ばあちゃんの薬のせいで……いや、マジかよ……」
本気でうちひしがれて地面にしゃがみ込む俺に、エヴァが言った。
「ルシファー、そういえば今思い出したんだけど……」
「なんだよ……」
「あなたの翼、2枚だったわよね?」
「は?」
「さっき見たら、4枚だったの。なにか違和感ない?」
「4枚?」
思いもかけないことを聞いて、俺はためしに翼を出してみた。
振り返って動かしてみると……
「ホントだ……4枚ある……」
いつもの翼の少し下から、やや小さめの翼が2枚伸びていた。
飛んだ感じが変だったのはこれか。どうしたんだ一体。
「魔獣って、成長すると形態が変わるじゃない? それじゃないかしら」
「確かに……って、だから俺、魔獣じゃねえって」
でも、色んな能力が上がってるのは事実だった。
そうだ、これはある意味エヴァのせいだよな? 俺は感じていた疑問を口にしてみた。
「なあ、エヴァってなんの魔法が使えるんだ? すげえ魔女なんだろ?」
「え、どうして?」
「だって俺、なんか知らねえけど前よりすごく強くなったっぽい。お前の影響だよな?」
「すごく強くなった……?」
ハッとしたような顔をしたエヴァは、自分の着ているワンピースの襟元を掴んで引っ張った。
胸元をのぞき込んで、青ざめる。
「咎人の石が……ない」
「赤い石か? あれならさっき崩れて砂みたいになっちまったぞ?」
「崩れて……?!」
エヴァは呆然と呟いた。
青い顔色から、本当に動揺していることが分かった。
「壊れたら、だめだったのか?」
「あれは、魔力を……私の能力を抑えるためのものなの……あれがなくなったら、私、もうどこにもいけない――」
魔力を抑えるためのものと聞いて、納得した。
無理矢理抑え込んでいたから、魔力の流れがおかしかったのか。
「魔力を抑えるためって……不死の能力をか?」
「違うわ、それは魔力とは関係ない。私が生まれついて持っている能力は、不死じゃないの……」
そういや、不死の能力とは別になにかあるんだったっけか。
さっきは話途中で終わってしまっていたから聞けなかったが。
「じゃあ、なにを抑えるためのものだったんだ?」
「ルシファー」
エヴァはぐっと拳を握りしめると、決意のこもった瞳で俺を見上げた。
「あなた……成長したいのよね?」
「は? そりゃもちろん……」
「じゃあ、私に協力して」
そう切羽詰まった顔で言われても、意味が分からない。
「いいけど……なにすりゃいいんだ? 俺は」
「あなたが元通り、不死じゃなくなって普通に年をとるようになるには、従魔の契約がなくなればいいのよ」
「てことは、契約破棄できんのか? これって」
「方法はひとつだけあるわ。私が死ねばいいのよ」
「……はあ?」
なに言ってんだ。ますます意味が分からない。
エヴァは真剣な目で、恐ろしいセリフを続けた。
「私はもうずっと、自分が死ぬ方法を探しているの」
「なんだって?」
「こんな呪われた力はなくなるべきなのよ。だから、不死を捨てる方法を……自分がこのまま死ねる方法を探してる」
エヴァの言うことをすぐに理解するのは難しかった。
なにが重荷なのか、死ぬ方法を探しているだなんて。
「私が死ぬ方法を見つけるのを、手伝って」
願っただけでは死ねないから。
そう言っているのを理解した瞬間、腹が立った。
「馬鹿言ってんなよ……手伝うか、そんなこと」
「私が死ねばあなたは元通りになれる。そうしない限り従魔の契約はそのままよ。困るでしょう?」
「見当違いな脅し方すんな。俺が成長出来るようになったって、代わりにお前が死ぬとか笑えない冗談だ」
「冗談なんかじゃないわ!」
そんなこと、顔を見れば分かる。
真剣に言ってるからこそ「いいよ」だなんて、口が裂けても言えない。
「早く終わりにしたいの……このままだとまた――」
「なんなんだ、死にたいとかふざけんな。お前が俺に隠してたことって、結局その抑えておきたかった能力のことなのか? 全部話せよ。俺はまだ聞いてない」
「……アクセラレータ」
「あく……なに?」
「アクセラレータ。私のまわりにある能力すべてを、加速させる力」
悲痛な声で伝えられた内容を、すぐに理解するのはむずかしくて。
黙った俺に、エヴァは続けた。
「人を狂わせ、争いをもたらす、最悪の能力よ――」
明らかに説明不足だった。
もっとちゃんと話せ、そう続けようと思った。
でもできなかった。
華奢な体に背負ってきた無辺の闇が、見えた気がして――。
「……それじゃ、分からねえだろ……でも……」
それがどんな能力だろうと、エヴァを死なせていい理由になるとは思えなかった。
そう、どんな理由があろうと――。
というわけで、第1章はこれでおしまいです。
出だしだけで10万文字超えたのは予想通りでした……ここまで追っかけ読んでくださった方、本当にありがとうございます。
第2章は1話も書けていないので(威張り)、書き溜めに時間いただきます(陳謝)。
どのタイミングでまた始めるかは未定ですが……気分が乗ると1万文字くらいはすぐ書けるので、いきなり再開するかもしれません。
遅くとも7月中には、ということで気長にお待ちいただけるとうれしいです。
本編とは直接関係のないサイドストーリーがいくつかあるので、適当にピックアップして、閑話にしようかな~、と考えてます。
なにかあれば活動報告で告知する予定ですので、今後ともよろしくお願いいたします(*゜▽゜)ノ




