表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/175

043 能力の変化

 不死ってのは、空想上のものだ。

 母さんも言っていた。不老長寿の妙薬でも死は免れない。

 不死など存在しない。人はみな死ぬと。


 俺もそう思っていた。それなのに――。


「俺が……不死?」


 こくり、と頷いた白い頭をぼんやりと見ていた。

 確かに俺はさっき死ぬところだった。それは間違いない。


 ちょっと待て。じゃあ本当に死なない体になったのか?

 それは、かなりすごいことなんじゃないか?


「ごめんなさい……」


 うつむいたエヴァの謝罪を、どう解釈すればいいのか分からない。


「謝まらなくてもいいだろ? 助けてくれたんだし……不死だなんてすごいじゃねえか」


 死に怯えなくてすむのなら、誰にとっても願ったりじゃないのか。


「……すごくなんて、ないわ」


 答えるエヴァの表情は暗かった。


「死なせたくなかったからって、馬鹿なことしたって分かってる……」


 馬鹿なこと、か。確かに人間を使い魔にするなんて、聞いたことない。

 エヴァは一生を通して使役する使い魔が、俺で良かったのか?


 いや、それよりなにより、化け物だの魔物だの今までに言われたことはあったが、俺って本当に半分魔獣だったのか?

 ……あらためて思うと、なんか凹むな。


 俺がげんなりしているのを見て、エヴァは違うことを考えたらしい。

 焦ったように口を開いた。


「あの、ルシファーを本当に従魔の契約で縛ろうなんて思ってないから、安心して! もともと使い魔を作る気もなかったし……あなたは今まで通り自由だから!」


「お、おう……」


 それについては、不思議と嫌悪感を覚えていなかったりする。だって、俺を助けようと思っただけなんだろ?

 話が唐突すぎて、すぐに「はいそうですか」とは頷けないが。


 魔女の使い魔っていうと、俺にとっては家族が使役しているやつらのイメージしかない。


 ばあちゃんの飛竜(ワイバーン)

 母さんの牙雷獣(がらいじゅう)

 姉さんの化けガラス(デスクロウ)


 使い魔の仕事はもちろん、魔女に従うことだ。

 主人を護り、命令を受けて動く従魔。


「不死の、使い魔……か」


 あいつらと同じだと言われても正直ピンとこないが……まあ、命が助かったのなら細かいことはもういいんじゃないか。

 命令に動くかどうかは別にしても、エヴァを護る気はあるんだから。


「私の前に不死の魔女だったお母様は、大きな魔鳥を使い魔にしていたの。不死鳥って呼ばれてた。大怪我をしても、翌日には元気で飛んでいたのを覚えてる」


「じゃあ俺も、その魔鳥と同じようになったってことなんだな」


「ごめんなさい。あなたをそんな風にしてしまって」


「だから謝るなよ。不死とか使い魔とかよく分かんねーけど、俺は別に悪いことをされたと思ってない」


「……そのうち、そう思うかもしれないわ」


 夕方の風が一筋、通り過ぎていった。

 エヴァからふわりと、いい匂いがした。嗅いだことのないような甘い香りだった。

 ……そう言えば、腹が減ったな。


「ルシファー、あともうひとつだけ、あなたに言っておかなきゃいけないことがあるの」


 迷いながら、エヴァが言った。


「もうなに聞いても驚かねえけど……エヴァが俺に話したくなかったことって、不死のことなんだろ?」


「……違うわ」


 これ以上、なにがあるっていうんだ。不死以上の秘密なんてないだろう。

 大事な話の途中なのに、腹が減ったと気づいたら食事のことに意識が飛びそうになった。

 そこでふと、大事なことを忘れているのに思い当たった。


「あっ……」


 そう、とても大事なことを。


「エヴァ、帰ろう!」


「えっ?」


「リアムのところに戻らなきゃ。あいつ、怪我してるんだ……!」


 俺は勢いよく立ち上がって、エヴァに手を差し出した。


「怪我してるって……リアムが?」


 乗せられた手を引っ張って、横抱きに抱え上げる。


「ああ、結構な怪我してそうなんだ。飛ばすぞ、じっとしてろよ」


 背に翼を広げたら、なんだかいつもと感じが違った。

 違和感を確かめている時間はない。俺は地面を蹴った。


「え、ルシファー……」


「話はまた後だ。あいつ、あのままじゃ医者も呼べてないはずなんだ。急がないと」


 なんだろう、体が軽い。

 風を切る感覚が、なにか違う。魔女の使い魔になった影響なのか?

 使い魔の強さは魔女に影響されることを思い出した。エヴァの魔力ってのは、もしかしたらばあちゃんや母さんみたいに強いのかもしれない。


「……ルシファー、あれ!」


 飛び始めてまもなく、前方を指さしたエヴァが言った。

 白黒の縞模様をした大きな固まりが、市場の外れにいるのが見えた。


 猫型の魔物、アサンドラだ。

 森や山に住んでいる魔獣で、オス1匹に対してメスが4~5匹いるコロニーを作る。


「でかいな」


 成長したアサンドラはちょっとした車1台分くらいの大きさがある。あれはオスだろう。


「1匹だけじゃないわ。あっちにも……あそこにも」


 見ればメスも周囲に散らばっていた。これだけ大型の魔物が農村に入っているのをはじめて見る。

 何人かが武器を手に戦っているが、爪に薙ぎ払われて苦戦しているようだった。


「人が……ルシファー、助けてあげて!」


「俺が?」


 この世は弱肉強食。食うか食われるかだ。

 あそこにいるのは俺の友達じゃないし、自分たちのテリトリーで起こってることなら、自分たちで何とかするべきじゃ……


「早く! 殺されちゃう!!」


「あー、分かったよ……」


 家で待っているリアムのことを考えると寄り道は避けたかったが、仕方ない。

 俺は一番近くにいた1匹に目を留めた。魔法の届く範囲にまで、上空から接近する。

 自分の中に冷たい魔力を練り上げると、目標を定めた。


「凍っちまえ」


 白黒の毛皮の周りに、絶対零度の粒子が集束する。

 不自然に動きを止めたアサンドラは、一瞬で氷の彫像に変化した。


 思わず「あれ?」ともらした。

 そんなに一気に凍らせようとした覚えはなかったんだが……


「ルシファー、あっちの大きいほうも止めて!」


「あ、ああ……」


 なにかが変だ。

 言うなれば、いつもの感覚でアクセルを踏むと、とんでもないスピードが出てしまうような。

 そういえばさっき闇魔法を使ったときもそうだった。

 うまく魔法が発動するかどうかも分からないような状況で、今までにない強い魔法が使えた。

 これはやっぱり、エヴァの魔力が強いからなのか。


 あれ? でもおかしいな。

 あれはまだ、エヴァが従属の契約を使う前じゃなかったか?


 次々と湧いてくる疑問を抱えたまま降下して、翼を消すと地面に降り立った。

 近くにいた軽鎧姿の男たちが驚いて振り向く。視線を無視して近付くと、尋ねた。


「あの魔獣、全部で5匹で間違いないか?」


 不審げな目を向けながら、男のひとりが答えた。


「そうだが……お前たち、今一体どこから……?」


「1匹倒したから、あと4匹だな。オッサン達、市場の護衛兵なのか?」


「我らは神殿の派遣兵だ。通報を受けて来たが……この村はいつからこんなに魔物が出るようになったんだ?」


「神殿の、派遣兵?」


「治安維持のため、ピゲール村は神殿の直接統治下に入った。だが、以前までは……」


「こっちにオスが来るぞー!!」


 別の方向から叫んだ兵士のほうへ顔を向けると、男は「危ないから早く逃げなさい!」と走って行ってしまった。


「ルシファー」


「分かってる、エヴァは下がって隠れてろ」


 先ほどの闇魔法といい、氷魔法といい、そこから俺が感じたことはひとつ。

 急激すぎる魔力の上昇だ。


「試してみるか……」


 魔獣としては中級の部類に入るアサンドラは、1対1なら負ける敵じゃない。

 だが余裕の相手かと言われるとそうでもない。


 俺は前方から駆けてくる白黒の塊を見ていた。

 追ってくる兵士と、迎え撃つ兵士。どちらも魔獣の障害にはならない。

 勢いを殺さないままの1匹が、俺の目前まで走り込んできて地面を蹴った。


 頭上から襲いかかる巨体が、スローモーションに見えた。

 どうしてかいつもよりも、すごくよく見える。

 魔獣のどす黒い牙が迫ってくるのに、頭で考えるよりも体が反応するほうが早い。


 横に軽く移動してアサンドラの着地点から脱すると。跳躍した。

 瞬時に右手を変形させて、目標を定める。

 太い白黒の首に、背後から横一文字の攻撃を加えた。


 手応えがあった。

 だが厚い毛皮と肉の先にある固い骨も、大した抵抗を感じなかった。


 俺が地面に着地したのと同時に、でかい頭が胴体から離れる。

 切断面から血を吹き出した巨体は、横に大きく倒れ込んだ。

 思わず自分の手を見つめた。


 やはりそうだ。物理的な身体能力も格段に上がっている。

 到底辿り着けない高みに、階段を跳び越えて登りつめてしまったような、そんな感覚。


「全部、使い魔になった影響なのか……?」


 原因はよく分からないが、カードゲームでいうところの『無敵』の気分だ。

 なんでも出来そうな気がする。


 兵士たちをかき分けて残る3匹をなんなく退治すると、俺はエヴァのところに戻った。

 血なまぐさいところを見せてしまったことに不安がよぎったが、エヴァに俺を拒絶するような素振りはなかった。


「全部倒したぞ、行こう」


「うん」


 エヴァを抱き上げて翼を広げたら、背後から呼び止める声が響いた。


「待て! お前達……何者だ?!」


 神殿の派遣兵と言った兵士たちよりも、格の高そうな防具を身にまとった男がこちらへ走ってくる。

 精悍な顔立ちだが、テトラ教の人間であることは間違いない。またエヴァを利用しようとする奴らに決まってる。


 俺は今回のことで、テトラ教の人間がすっかり嫌いになっていた。

 こいつらと話す理由はない。


 無言を返して、そのまま飛び立った。

 まだ下から何かを叫んでいたが、知るもんか。

 エヴァの姿を見られた以上、早いところここを離れたほうがいい。


「ルシファー、あの人たちはどうしてここにいるのかしら」


「神殿の派遣兵って言ってたな。知らねーけど、どうせろくな奴らじゃねえよ。それよりリアムだ」


 うん、と頷いたエヴァを抱えながら、俺は暗くなってきた空を急いだ。


長かったけど、ギリギリ4000文字以内を死守!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  フェル君の無双ターン&無敵タイム!?( ゜Д゜)  くぅ、津南さん。好きな展開なんですけど!?でも、チラチラとリアム君の事が気になるよーー(>_<)  さらっとおばあちゃんたちの使い魔…
[一言] ひえぇぇ、使い魔ぐっと。 でも、でも、リアムくーん! あの子、生い立ちとお顔立ちから苦労しそうだから、死亡フラグじゃないかとハラハラしてしまいます……。契約する前から強くなっていた謎も、早く…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ