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042 死神の訪問#

from a viewpoint of リアム

 焦げ付くような痛みと息苦しさに、目を開けた。


「……ぅっ」


 呼吸をしなければ。

 肺に酸素を送るように、ぼくは冷たい空気を吸い込んだ。


 視線を泳がせば見慣れた家の中の風景だった。眠ってしまっていたのか。

 寒い……かまどの火も消えているのだから当然だ。

 しん、とした家の中にはぼくしかいない。


 無造作に畳に投げ出された、ルシファーのショルダーバッグが目に入った。

 帰ってくると彼は言った。話したいことがあると。

 その顔が浮かぶと、はっきりと「友達」だと言ってもらえたことを思い出した。

 体は寒かったけれど、心は温かくなった。


 それと同時に、不安が首をもたげる。

 ルシファーは、うまくエヴァを助けられただろうか。

 エヴァは……置いてきてしまった巫女は、大丈夫だろうか。

 市場で別れた巫女も、無事に逃げられたのか。


 嫌な想像ばかりが湧いてくるのは、体調の悪さのせいかもしれない。

 肺の奥から息をついたら、激痛が走った。


「つっ……!」


 先ほどよりもお腹の痛みが強くなっている気がした。

 横になるべきかどうか迷って、ひどくのどが乾いていることに気が付いた。


 水場に流れる冷たい水に目が行く。

 飲みたい、水が。


「う……いたた……」


 壁に手をついて、なんとか立ち上がった。

 よろよろと歩いていって、コップを手に水を汲んだ。

 そのまま口に運ぼうとして――。


「やめておいたほうがいいですよ」


 突然かけられた声に、驚いて首を回した。

 いつの間に……?


 ぼくが座っていたところの近くに、見慣れない男性がひとり立っていた。


「水は飲まないほうがいいでしょう。あくまで所見ですが、内蔵に損傷があるようですから」


「え……だ、誰ですか?」


 中性的な顔立ちの、不思議な雰囲気をまとった男性だった。

 30代くらいだろうか。すらりとした立ち姿に、腰まで伸びた長い灰茶の髪。

 農村には不似合いなグレーのスーツを着込んで、家の中を眺めている。

 細い金属縁の眼鏡が、油断のない知性を感じさせた。

 男性はぼくの問いには答えずに、ルシファーのショルダーバッグに目を留めるとそれを取りあげた。


「あ、ちょ、ちょっと……!」


 バッグから財布を出して中身をあらため始めた男性に、ぼくは少なからずぎょっとした。

 泥棒には見えないけれど、突然現れた上に行動が不可解だ。


「困ります、それ……友達のなんで、触らないでください!」


 側に行って止めようと一歩踏み出したところで、あまりの痛さにその場へしゃがみ込んだ。

 なんだろう、やっぱりさっきよりも痛みが強くなっている。

 腕よりも、お腹が痛い。背中まで痛くなってきて息苦しさも感じる。


 目の前に気配を感じて顔をあげると、男性がぼくの前にひざをついていた。

 驚いていると大きな手が伸びてきて、正面から額を掴まれた。

 眼鏡の奥の瞳が、窺うようにオレンジ色に光った。


「打撲痕に腹部痛。呼吸数の乱れ、心拍数増加、血圧低下。皮膚は青めで体温も低下……肝臓か、消化器官の損傷か……いずれにせよ、大量の血液を喪失した際に見られる症状です。おそらく腹部内で出血していますよ。早急に開腹手術が必要でしょう」


 淡々と語られた内容の半分も理解出来ずに、ぼくは「はい?」と間の抜けた声を返した。

 男性はぼくの目の前で手を振って、無表情のまま続けた。

 

「意識が混濁するのもじきですね。どうしましょうか」


「???」


「おつかいが済んだので帰ろうかと思いましたが、ここであなたを見捨てたらルシフェルは怒るかもしれませんね」


「ルシフェル……?」


「ああ、こちらではルシファーと名乗っていましたか。失礼、彼の知人です」


 このよく分からない男性は、ルシファーの知り合いらしい。

 家出した彼を捜しに来たのだろうか……


「個人的には彼が帰ってきて、あなたの死体と対面したときの反応にも興味があるのですが、どちらにしましょうか」


 独り言のように言うと、男性は綺麗な顔で微笑んだ。


「私はこの際どちらでもかまいません。代わりに選んでいただけますか?」


「な、なにを、言ってるのか……分かりま、せん」


「私は医者です。このまま死ぬか、治療を望むかを選んでくださいと言ったのですよ」


「死ぬか、治療か……?」


「ええ。高度な回復魔法が使える医者がいれば私でなくともいいのですが、こんな田舎町にそれほどの医者はいないでしょう。よって、私がこのまま帰ればあなたは間違いなく死にます」


 突然に告げられた死の宣告に、頭が真っ白になった。

 死ぬ? ぼくが?


「治療をしたいと言ってくだされば、治してさしあげますよ。ただ、その代わり……」


 あごに細い指をそえて、思案するように男性は言った。


「あなたの大切なものを、治療費としてひとついただきましょうか」


「大切な、もの……ですか?」


「自らの命より重いものなどそうはないでしょう。簡単な選択ですよ、迷うことなどありません」


 いきなり現れた医者だというこの男性に、重要な選択肢を提示されている。

 そのことだけはかろうじて分かった。

 でも、どうして今この人とぼくは、こんな状況でこんな話をしているのか。

 分からない。


 なにか即答できるわけもなく、ぼくは男性の顔を見つめたまま黙ってしまった。

 男性は薄い唇の端をわずかにあげて「友達、ねえ……」と呟いた。


「優しいでしょう? あの子は」


 ルシファーのことだろうか。


「え、ええ……とても、よくしてもらっています」


「今後のことを考えれば、やはり無残に死んでいただくのが最善でしょうか。私が殺したという証拠を置いておけば、自分には友達を作るなどやはり無理だったのだと気づいてくれることでしょうし」


 あまりにも何でもないことのように話すので理解が遅れたけれど、恐ろしいことを聞かされていた。とても異常な、恐ろしいことを。

 言葉の中身を消化できない不快感と、痛みが混ざって苦しい。


「困ったことに……優しくて、好きなものに真っ直ぐなんですよ、あの子は」


 遠いなにかを眺める目で、男性は言った。


「暗殺者には、性根が向いていないんです」


1章最後に来て、新しい登場人物……(どうなんだ、これ)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] リアムーーー!?Σ(゜ω゜;) ちょ、誰ですかこのマッド!私の癒しが危ない! 皆さんのブーイングに乗っかりつつリアムの救出を祈ってます;; [一言] でも、活動報告にあったリアムの説明…
[気になる点] 誰でしょう。家族でまだ出てないのは、お父さん……でも、シュガー兄さんやった時に、フォリオさん出てますね。あれ、誰かしら(*'▽') 割烹読みにいきまーす。
[良い点] グッモーニンです(*´∀`) もぉっ! 忙しいのに1話目を読み返しちゃったじゃん(八つ当たり)。 フェルが美少女の使い魔(´⊙ω⊙`)!? フェルは一応(超失礼)人間だと思っていたのに、…
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