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041 勝手な契約#

from a viewpoint of エヴァ

 心が引き裂かれそうだった。

 閉じかけた瞳が、私の顔を見上げるから。


「嫌だ……ルシファー……」


 少し先に、残酷な未来が待っていた。

 もう十分過ぎるほどたくさんの死を見てきたのに。

 目覚めた今も、また見送らなければいけない位置に立っている。


(こんなのは嫌……!)


 いっそ自分こそを殺してしまいたかった。

 でも神様はいつもその願いを叶えてくれない。


 呟くように「泣くなよ」と言われて、小さな子どもみたいに泣いてることに気が付いた。


 誰のせいだと思ってるの?

 ひどいこと言ったのに、嫌な態度もとったのに、勝手に出て行った私をどうして追いかけて来たりしたの?

 こんなにボロボロになって、馬鹿みたいだわ。

 戦えるくせに、無抵抗でやられたりして、本当、馬鹿みたい……!


「そんな顔、するな……」


 勝手なこと言わないで。嘘つき。

 俺は頑丈だから死なないって、言ったじゃない。

 ここにいろって……言ったくせに。

 どうして――。


「許さない……」


 人の言うこと全部聞かないで、勝手に助けて自分は死ぬだなんて。

 そんなの、絶対に許さない。


(死なないで――)


 死なせない方法なら知ってる――。


 それはすごく恐ろしいことなのに。そうと気づいたら他が考えられなくなった。

 そうすることが彼のためなのか、自分のためなのかすらよく分からずに。


(お願い……死なないで……)


 切れて血が出るまで、唇を噛んだ。

 急速に魂の抜けていく体を引き留めるように。

 その冷えた唇に口づけた。

 刻み込むように、朱く。


(死なせない……)


 どんな罪につながるとしても。

 あらがいたい。

 死なせたくない――。


 魔力を吹き込んだところから、じわりと熱が移った。

 腕に抱いたルシファーの全身から、白い炎ともとれる光が立ちのぼった。


 これは、彼の許可を取ったわけでもない、一方的な契約。

 魔女と共に生きるものへ、刻み込む証。

 生まれてはじめて使う『従魔の契約』だ。

 今私が出来る、彼を死なせないための唯一の方法――。


 吹き上がった白い火焔は私の魔力の色だ。

 ルシファーの体を完全に包み込むと数秒間燃え続けて、吸い込まれるように鎮まっていった。

 魔力の残滓がゆらめく体から、コロンコロン、と丸いものがいくつも地面に転がり落ちてくる。

 銀の銃弾だった。


 頬や腕にあった傷が消えていく。

 自然の法則に逆らう治癒力が働いている。回復の魔法じゃない。

 急激に上がった彼自身の再生力で、破壊された細胞が、傷が癒えていくのが分かった。


 彼の魔力の色。黒に、私の白が混ざって見える。

 自分以外の心臓が体内で脈打つような、不思議な感覚があった。

 私にとっても未知の契約。その完了を、肌で感じとった。


「ルシファー……お願い……目を開けて」


 規則正しい呼吸音が聞こえ始めたら、目覚めるまでは早かった。

 腕に抱えた黒髪の頭が、自分の力でわずかに動いた。


「……エヴァ?」


 短い夢から覚める声音で、呟いた。

 唇がふるえた。


「あれ? 俺……生きてる?」


 ぼんやりとした肉声に、また泣きたくなる。

 熱と光が、確かにあった。

 つなぎとめた。


「エヴァも、生きてる……」


「ええ、生きてる、わ……」


「エヴァ」


 ルシファーは体を起こすと「よかった」と安堵して私を抱き寄せようとした。

 伸びてきた腕が、止まった。


「あ……と、ごめん……こんな手じゃ、嫌だよな」


 傷ついた顔で笑いながら、血に染まった手のひらを下ろした。


「……っ」


 落とした視線が彼らしくなくて、胸が痛んだ。

 そうじゃない。

 そんなこと、言ってない。


 私は自分から手を伸ばして、ルシファーの体を抱きしめた。


「エヴァ……?」


「嫌じゃない……」


「でも俺……」


「嫌じゃない」


 はねのけた言葉のあと、少しの間黙り込んだルシファーが「うん」と小さく答えた。

 ためらいがちに抱きしめ返されて、私も背に回した手に力をこめた。


 伝わるだろうか。

 あなたが生きていてくれることがうれしいのだと、ただそれだけの想いが。


 彼が自分で言うとおり、本当に暗殺者なんだとしても。

 私の知るルシファーは、ただの人殺しじゃない。

 それに私に彼をなじる資格なんてない。

 きっと、私のせいで死んだ人のほうが多い。


 そんな過去の罪業すら、ルシファーなら聞いてくれそうな気がした。

 すべてを話しても、また笑いかけてくれそうな気がした。

 私たちは合わないけれど、どこかが似ているから。


 少し痛いくらいの力が心地よくて。

 この時間が永遠に続けばいいと思った。


 それでも、彼に言わなきゃいけないことがあった。


「ごめんなさい、ルシファー……」


 謝罪の言葉に、ふっと力が抜けた。


「……なにが?」


「全部私のせいなのよ。あなたが死にかけたのも……引き留めてしまったのも」


 ルシファーはそっと私を離した。

 正面から、深い紺碧の瞳が見つめてくる。


「何の話だ?」


 穏やかに促されて、覚悟を決めた。

 自分のしたことを説明しなければいけない。


「私……あなたと契約を交わしたの」


「契約?」


「あなたと『従魔の契約』を結んだわ」


「……は?」


「あなたは、私の使い魔になったの」


 少しの空白のあと、もう一度「は?」と言ったルシファーが首を横に倒した。


「勝手にごめんなさい……他に死なせない方法が思いつかなかったの」


「え? いや、ちょっと待て。俺がエヴァの使い魔? なんでそうなった? 死なせない方法って……」


「どうしてもルシファーに死んでほしくなかった。だから……死なないようにしてしまったの」


 理解が追いつかない顔で、ルシファーが黙りこんだ。

 私の使い魔になることと、死なないことが結びつかないのだろう。


「力のある魔女には二つ名があるのよ」


「うん、知ってるけど」


「私にも、育ての母から受け継いだ二つ名があるの」


 その二つ名は、私が生まれ持った力と同じように、ふたつとない稀な能力。


「私は『不死の魔女』なのよ」


「……不死?」


 私を見つめたまま一瞬考え込んだルシファーが、「あっ」と何かに気づいたように言った。


「だから、死なない……のか?」


 こくりと頷いた。


「魔女の力は、先天的なものと後天的なものがあるでしょう? 不死の力は生まれついてのものじゃないの。私は自分の能力とは別に、この力を受け継いだ。それ以来、死ななくなって成長もしないこの姿のまま……死んだように見えても、必ず生き返るの」


「いや、でも、不死だなんてさすがに……そんなことあるわけ」


「2度も息を吹き返したのを見て、疑うの?」


「いや……信じるしか、ないけどさ」


「それで、私ね……あなたをどうしても死なせたくなかったの。だから……」


 死なせないために。

 勝手に。


「あなたを、私の使い魔として契約したの」


 永遠の命を、分け与えた。


「いや……どうしてそうなった……そもそも俺、魔物とか獣じゃねえぞ?」


「あなたの体、半分魔獣みたいなものじゃない」


「それはまあ……否定できねえけど」


「魔女の使い魔は魔女の特性に影響されるわ」


「知ってる。炎使いの魔女だったら、使い魔も炎に強くなったり、使えるようになったりするだろ」


「そう……だから、不死の魔女の使い魔であるあなたも、もう死ねない」


「……冗談、だろ?」


 魂の抜け落ちたような顔で、ルシファーが言った。


そして次話はリアム視点。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ルシファー君良かった( ;∀;) 良かったよぉ~~  不死性。響きのあるいい言葉ですねぇ。ふむふむ。使い魔の契約……へっ!?  フェル君、これからエヴァちゃんの使い魔になるの!?  わ…
[良い点] つ、つ、使い魔ぁぁ(≧▽≦) 何そのくすぐられる響き。使い魔、ここにも新たな楽しみがありましたか。いいですね、使い魔(ことは は 使い魔 に はまった) 翼をもった強い暗殺者が使い魔だな…
[良い点] エヴァちゃん(*´Д`*) 彼女も、想像以上に重いのを抱えてて驚きました。 ルシ君の驚いてる反応!ポカーンとなりますよね。 今回の話とても好きです。 ルシ君の反応が気になります。
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