004 俺の家族は暗殺一家
ネオザールの美しいネオン街が眼下に遠ざかる。
ローラシアほどの大国ではないが、栄えた科学国だ。
国が栄え、光があふれれば、その影に闇もできる。
今日の仕事を終えた俺とじいちゃんは、それほど遠くない自国に向けて夜空を進んでいた。
氷点下近くまで下がった気温が肌を刺すが、生まれつき頑丈なこの体はダメージを受けない。大抵の悪環境に耐えられる体質は、便利で気に入っている。
色々と暗殺向きの特性を持った俺が産まれたとき、両親と祖父母は「これで家業は安泰」とばかりに大喜びしたそうだ。
泣く子も黙る暗殺一家、悪名高いディスフォール家。
それが俺の家族。
うちが暗殺を請け負うには一定の条件がある。
俺の受け持ちは交渉でなく実行部隊なので、いまだにその詳細は分からないが。
気にくわなければ請けない。
請けたら必ず殺る。
俺が知っているのはそのルールだけ。
仕事をこなすにはそれで十分だった。そこになにかを考える必要はないからだ。
軍内部での派閥争いから狙われた今回のターゲットは、同僚から引導を渡された形らしい。
世知辛い人間模様に思うのは「権力って醜い」ってことくらいか。
俺はそういう世界と無縁に生きていてよかったよ。
「フェル、お前はよく気軽にターゲットと会話しようとする癖があるが、あれはやめておけ」
手を腰の辺りで組んだまま、悠々と斜め前を飛んでいるじいちゃんが言った。
俺はこうして翼を出さないと飛べないが、魔力のあり余っているじいちゃんは歩くのと同じような感覚で空を飛ぶ。
「なんで?」
「情報を聞き出す必要がないのなら、いらぬ手間じゃ。さらに、くだらぬ気の迷いが生まれかねん。お前は優しいからの」
優しい、と言われるのは不本意だ。馬鹿と言われた方がマシだろう。
俺だって、その言葉がどういう意味を持つのかくらい知っている。
暗殺を生業としている俺達一家にとって、もっともそぐわない言葉だってことも。
「父さんがずっと前の実地のときに『殺す相手には敬意を払え』って言ってたから、挨拶くらいはと思って」
「クレフティヒが? そんな哲学のようなことを?」
少しだけ振り返ったじいちゃんが、さも意外そうに言う。
父さんはそんなに頭を使わないような人に見えるのかな。
「うん『俺たちに明日のうまい飯を提供してくれる相手だ』って」
「なるほど、あの馬鹿が考えそうなことじゃ……じゃがお前はクレフとは違う。しかと考える頭を持つ子じゃ。ターゲットとは挨拶など交わさない方が良い」
「別に俺、平気なんだけどなぁ……」
「無論、平気であるように育ててきたつもりじゃが、お前はまだ若いからの」
齢128歳のじいちゃんからして、若いとはどの程度のことを指すのか。
確かに俺の見た目は13、4歳くらいの子供にしか見えないだろうが。
「俺、これでも20になったんだぜ?」
「そうじゃな。しかし長寿薬の効果で、精神年齢はそのままに知識だけが増えとる状態じゃろう。そこも何とかしたいところじゃが……あと10年くらいはそのままかのう」
「ええっ嘘だろ?! 俺もっと早く大きくなりたいよ! ばあちゃんにもう薬飲まないって言ってやる!!」
「バカモノ。成長期のうちに可能な限りの暗殺術を身につけておかないでどうする? 兄が一人役立たずなのじゃから、お前がもっと強くなってうちを継いでくれんことには、国家存亡の危機じゃ」
俺の身長は今、ジャスト160センチだ。
家族皆で愛飲中の不老長寿の妙薬とかどうでもいいのに、12歳から飲み始めたアレのせいで俺の体は普通よりもかなり成長が遅い。
こんな程度であと10年とか冗談じゃない。
「国家存亡って……どうせ家族経営なんだし、未承認国家だし、じいちゃんとばあちゃんが作った国なんて潰れたところで誰も困らないだろ?」
「バカモノ! アルティマ王国は小さいかもしれんが世界最強国ぞ……お前も誇りを持って次代の王たる資質を養わんでどうする? 強さこそ正義、死の瞬間まで強者であれ! 生涯現役じゃ!!」
「うわぁ、出た。俺そういうの興味ねーもん」
俺の家族が住む小国、アルティマ王国はキエルゴ山脈にある。
地形も険しく魔物がうようよ住んでいて、誰もが通りたがらない世界最高峰の山脈をわざわざ切り拓き、国を作った物好きはうちのじいちゃんとばあちゃんだ。
「もう何でもいいから、せめて俺も自由に街に出たいよ。兄さんや姉さんは好きに出歩いてるのに、俺はダメだとか納得いかねー。なあじいちゃん、そろそろひとりで街に行ってもいいだろ? 俺、ローラシアにできたでかい本屋に行ってみたいんだ。一度でいいから許可くれよ。じいちゃんが言えば母さんもいいって言うって」
「またその話か……お前が単独行動するのは早いと何度言わせるつもりじゃ? 余計なことは考えず、今は強くなることだけを考えよ」
強くなれ。
飽きるほどに聞かされてきたセリフ。
俺は面白くない気持ちを思いきり顔に出した。
「じいちゃんも母さんもそればっかじゃんか。仕事はちゃんとやってるだろ? 俺もっと外のこと知りたいし遊ぶことも覚えたいんだよ」
「だめじゃ。遊ぶものは取り寄せればよい。どうしても街に出たければわしが連れて行ってやる」
「じゃあせめて家族以外にもっと国民増やして町とか作ろうよ。家族と使用人しか住んでない国なんてつまらなさすぎて死ぬ。やってらんねー」
そう、アルティマ王国は家族経営で、家族以外は使用人がいるくらいの超極小国だ。ようするに、国民らしい国民が一人もいない。
行商人が来る以外は買い物するにも別の国に行かなきゃいけないし、同じ年頃の子供もいないし、俺からすると死ぬほど退屈な国だった。
「アルティマ王国に弱者は不要じゃ」
「弱者じゃなくて国民だよ。前々から聞きたかったんだけど、なんであんな不便なところに国なんて作ったんだよ? もっと気候が良くて住みやすい都会の平坦地にしてくれりゃー良かったのにさ」
「嫌がらせじゃ」
「は?」
「ローラシアとゴンドワナに対する、嫌がらせじゃ」
簡潔すぎる答えは、普通の人が聞けば冗談にしか聞こえないだろう。
でもこれは冗談なんかではない。
家族の異常思考に慣れた俺もさすがに「あり得ない」と思うが。
アルティマはローラシアとゴンドワナという、ふたつの大国の往路に位置する。
そこを通らないと向こうに行けないって場所に、居座ってる形だ。
いつ戦争が始まってもおかしくない険悪な大国に挟まれて暮らそうなどと、正気の沙汰ではないだろう。
ましてや、そこを通る人間から通行料をとって生計を立てようだなんて。
「通せんぼうとかやってるから恨まれるんだよな、俺たち……」
「悪路を整備して車も通れるようにしてやったのじゃ。恨まれる筋合いはないぞ。うちを通りたくなければどこでも勝手に3,000メーター級の山越えをすればいいだけの話じゃ。そして暗殺家業は恨まれてナンボじゃ」
もっともらしいことを言うじいちゃんに納得しかけて、いいや待てと思う。
どう考えても嫌がらせの通せんぼうで山道を整備して国を作るとか、普通じゃない。
家族のズレた感覚をとやかく言う気はなくても、俺は人並みな常識は持っていたいと思っている。
自国のことは嫌いじゃないが、ここに染まったら何かが間違った大人になる。
少しずつ外の世界を知り始めた頃から、俺はそんな漠然とした危機感を持っていた。
俺は家族とは違う。常識人になるんだ。
とは言え、どうやって普通の常識を手に入れればいいのかは、よく分かっていないのだが。
(頼りになるのは先生と本くらいなんだよな……)
山の合間に見えてきたアルティマ山岳灯台の灯りに向かって、俺とじいちゃんは速度を上げていった。




