028 俺が変なんだ
今日もまた来ている。
あの祭司のところの男どもだろう。
畑仕事に精を出すリアムの近くで雑草を抜きながら、視線を落としたまま確認する。
沿道の木の向こうにふたつ、人の気配があった。
あれで隠れたつもりなのだから笑わせる。
気配の殺し方も知らない素人が。なんの為に来ているのか……
いっそ始末してしまえばスッキリしそうだが、リアムたちの前でできるわけもなかった。
ふと、家族のことを思い出した。
すぐに誰かが追いかけてくるかと思ったのに、未だその気配がない。何もなさすぎて不気味だ。
あの母や姉が俺の好きにさせておくのはなぜだ?
「リアムー、ルシファー。お昼ご飯出来たわよー」
思考の先を断ち切る声に顔をあげた。
家の玄関を開けて顔を出したエヴァが、こちらに手を振っている。
「はーい、今戻るよー」
手を振り返したリアムが、雑草の入ったカゴを手に立ち上がった。
エヴァは昨日も今日も、家から出ないで過ごしている。
また知り合いに会いたくないってことなんだろうけど、退屈じゃないんだろうか。
出て行く宣言をしてから2日目。エヴァは変わらず飯を作ってくれていた。
でも考え直してくれたと判断するのは楽観だな。
あのあと一度だけ不安に思っていることを尋ねたが「話したくない」の一言で終わってしまった。
ここは「関係ない」から「話したくない」に変わっただけマシだと思うべきか。
そもそも俺に彼女を止める資格があるんだろうか。
勢いで言ってしまったものの、家出して人んちに居候の身分で「ここにいろ」はおかしかったよな。
でもエヴァが俺の前からいなくなってしまうことは、許容できなかった。
想像しただけで、暗鬱とした気分になる。
(……ん?)
そういえば、どうしてエヴァがいなくなったら嫌だと思うんだろう?
気心知れた間柄ってわけでもないし、古くからの友達ってわけでもないのに。
俺はこんなに執着の強い人間だっただろうか。
人に依存するなんて、らしくないよな。
(……?)
背中に妙なむずがゆさを感じたので、それ以上考えないことにする。
俺自身、いつまでここにいるのかについても考えを巡らせた。
リアムの家は居心地がいいが、当初の目的はゴンドワナを見に行くことだったんだから、この都心部から遠く離れた辺境の田舎でゴンドワナを見た気分になるのは違うような気がする。
うーん……やっぱり観光にくらい行ってみようかなあ。
リアムも「家に帰らなくていいのか」と心配していることだし、家族のところに行ってくると言えば、変に思われずにここを出て、また戻ってくることも出来そうだ。
俺たちが昼飯のために家に戻ると、木の影にいた気配が消えた。
目的は分からないがろくなことじゃなさそうだ。またリアムに何かしようってなら、少し痛い目にあわせたほうがいいかもな。
三者三様のいただきますをして、昼飯を食べる。
朝炊いた米のおにぎりが、冷えていてもうまい。
農作業のあとの飯って、なんでかいつもよりうまい気がするんだよな。
食卓に今日も並ぶシシ肉は、葉物野菜と一緒に茹でられて甘酸っぱいタレで和えてあった。
「やべぇ、うまい。うちの料理人もこういうの作ってくれりゃーいいのに」
そう言うと、エヴァが小さなため息を吐いた。
「作ってもらえるだけ贅沢よ」
「そうだよ、ルシファーは料理できないんだから、文句は言いっこなしだよ」
リアムまで。褒めたはずなのになんか怒られてる?
そんな気安い食卓に、じわりとしたうれしさが広がった。
ああ、いいなぁ。この時間。
「シシ肉、本当においしいね。ぼくもハンターだったらもっと稼げたし、いつでも肉が食べられたんだろうなぁ」
リアムの何気ないセリフは俺にとって意外だった。
「ハンターって稼げるのか?」
「そりゃね、ルシファーが獲ってきたような大イノシシになると、数十万の値がつくだろうから」
「へえ、あのイノシシ一匹でか??」
「そうだよ」
「じゃあリアムも、もう農業止めてイノシシ獲って暮らせばいいんじゃないか?」
「本気で言ってるの? ぼくにあんなの仕留められるわけないでしょ?」
「はは、そりゃそうだな」
「あとね、やっぱり生きものを殺すのを仕事にするのは嫌かな」
さらりと付け足されたセリフに、俺は箸を動かす手を止めた。
「植物だって生きてるわけだし、ぼくも肉を食べるし、なにをきれい事言ってるんだって言われそうだけど……生きものをハントして売るって、向いてない気がするから」
「分かるわ、リアム、優しいもの」
エヴァが言葉を付け足す。
「私も、生きものを殺すのは嫌よ」
「ぼくの"嫌"は、単に情けないだけなんだけどね」
ふたりで分かったような会話の中に、俺の入り込む余地はない。
俺の感覚はきっと普通でないから。
だから、聞き役に徹して会話の終わりを待てばいい。
そう思う頭とは裏腹に、口からは自分を弁護するような言葉が飛び出した。
「仕事だったら、殺しても仕方ないだろ」
ふたりとも、箸を止めてこちらを見た。
視線をあげない俺に、何かいつもと違うものを感じたのかもしれない。
「そうだね……確かにハンターが生きものを獲ってくれなかったら、農村では肉を食べられない人が出てくる。生きていくためには肉も食べなきゃいけないから、それは困るよね」
リアムが、やんわりと答える。
「食べるためなら、獲ってもいいってことか?」
自分でも分かる。俺の声にはトゲがあった。
「ぼくたちも生きてるからね。生きるために狩るのなら仕方ないよ」
「じゃあ、食べるためじゃなかったら?」
ふたりは顔を見合わせて、もう一度俺を見た。
「食べるためじゃなくて、単にアイツに死んで欲しいとか、殺したいとか、そういう理由では? 食べなければ殺しちゃいけないのか?」
「それは……そうだよね。そんな勝手な理由で生きものを殺すなんて」
リアムが困惑しているのが伝わったのか、エヴァが横から尖った口調で口を挟んできた。
「何言ってるのルシファー。変なこと言ってリアムを困らせないで」
困らせてるだろうか。そうかもしれない。
やめておけばいいのに、俺はなおも続けた。
「じゃあ食べるためだったら、人は殺していいのか?」
しん、とした静寂が通っていった。
「そもそも……食べる食べないの問題じゃなくて、人は狩りの対象じゃないよ?」
「ルシファー、そういう話じゃなかったでしょう? あなた変よ」
明らかに俺の様子がおかしいと思ったのか、ふたりは揃って心配げな顔を作った。
いっそ全てを話して「お前は異常だ。相容れない」と、罵ってもらえたらスッキリするんだろうか。
「……うん」
でも、俺にその勇気はなくて。
「うん、変だ。俺、たぶん、変なんだ……」
呟いて箸を動かしはじめた俺に、ふたりとも変わらず気遣うような視線を向けながら、同じように箸を伸ばしはじめた。
次の更新は土曜か日曜あたり……もうちょっとペースあげたいなぁ。
(´°ω°`)<しかしストックもない。バックストーリーとか書いてる場合じゃなかったね。




