027 肉?#
from a viewpoint of リアム
予想通り、今日の稼ぎは5,000ルーグになった。
そのうち3,000ルーグを使って、米と調味料と、野菜を少し買う。
いつもの帰り道も、そこで待っていてくれる人がいるかと思うと足取りが軽かった。
ぼくは「はじめて食べた」と言いながら、麦ご飯を変な顔で咀嚼していた少年の顔を思い浮かべた。
この数日間で価値観の違いから何から、ルシファーが富家の子なんだってことはよく分かった。
でも彼に傲慢なところはないし、何にでも興味があるといった感じで楽しそうにぼくのやることを手伝ってくれる。
彼にとってそれが道楽だったとしても、うれしかった。
(今日は米を食べさせてやれるな……)
そんなことを考えながらガラガラと軽くなったリヤカーを引いて、もうすぐ家が見えるというとき。
ドスン! と、すごい衝撃が荷台を襲った。
「なっ……」
跳びはねそうになったハンドルをあわてて押さえて、背後を振り返る。
肝を潰したぼくと正反対のいい笑顔が目に飛び込んできた。見るのは二度目の、真っ黒い翼も。
「リアム! 喜べ! すっげえ大物仕留めてきたぞ!!」
「ルシファー……」
唖然として荷台を見れば、はみださんがばかりの大イノシシが、ぐったりと横たわっていた。
イノシシの上に乗ったルシファーは、シュッと翼を消してぼくの隣に降り立った。
今気付いたけど、彼のシャツが切れているのはこの翼を出すためだったんだ。いや、そんなことに納得してる場合じゃない。何が起こった?
「血抜きはしてきたから家についたら解体しよう」
「え? え? 何これ……まさかルシファーひとりで……??」
「当たり前だろ?」
「嘘でしょ?!」
「ああ、これ抱えて飛ぶと風の抵抗すげーの。獣くせーし、まいったよ」
「苦労したとこそこなの?!」
呆れて叫んだぼくの背中を後ろからバシバシ叩くと、気安く肩を組んだ彼はうれしそうに笑った。
「なんでもいいじゃんか。お前毎日あんなに働いてるんだから、たまにはもういらねえってくらい肉食えよ、リアム」
その言葉に、狩りの道具はどこから、とか、どうやって獲ったのかとか聞きたいことがどうでもよくなってしまう。
ぼくのために、獲ってきてくれたんだ。
温かい気持ちが胸に広がっていくのを感じた。
マイペースで、ちょっと変わっていて、世間知らずで。
でも頼もしくて優しい、ぼくの友達――。
「うん……エヴァにも見せてあげよう。きっとびっくりするよ」
ぼくが満面の笑顔で言うと、「ああ、そうだな」と彼ももう一度笑った。
ぼくの隣でハンドルを握ったルシファーと、重たいイノシシの乗ったリヤカーを引いていく。
家にたどり着くともうお昼ご飯の時間をかなり過ぎていたけれど、エヴァは作ったご飯を食べずに待っていてくれた。
言葉がキツかったり分かりにくいところがあるけれど、この子も優しくていい子だ。
ルシファーはエヴァのことをかなり気にいってるみたいで、何かにつけてちょっかいを出している。
ぼくにもそうなんだけど、彼は異性に対しても驚くほど距離が近い。
スキンシップの過剰さに悲鳴をあげているエヴァを見ると、こっちまで恥ずかしくなるからやめてあげて欲しいと、少しだけ思う。
口では謝りながら、エヴァが真っ赤な顔で怒るのを楽しんでいるように見えるのは多分、気のせいじゃないよね。
よくよく考えれば当然なんだけど、ルシファーが引きずり下ろしたイノシシを見てエヴァは悲鳴をあげた。ちょっとかわいそうだった……
テトラ教の信者には肉を食べない人も多いから……あ、でも彼女は信者じゃないって言ってたっけ。
言われてみれば少しだけ言葉が違うような気もしたけれど。エヴァが食事の時に捧げる祈りの言葉は、テトラ教のものだ。何故あれで信者じゃないなんて言うんだろう?
ゴンドワナに住んでいるというルシファーは、最初きょとんとしてそれを聞いていた。
まさか、祈りの言葉を知らなかったんだろうか。信者じゃないにしてもどんだけ世間知らずなんだろう。
エヴァは帰る家もないみたいだし……ルシファーも帰る気はないと相変わらず居座っているし、本当に変な子達だ。
それでも今、ひとりぼっちだったぼくの日常をふたりが明るくしてくれていることは間違いない。
元のようにひとりになったらと考えるのが、憂鬱になるくらいには。
昼食後、ぼくとルシファーは裏の小川のところまで、イノシシを運んだ。
エヴァはそれを見ると、顔をしかめて家の中に入っていってしまった。
「ルシファー、イノシシ解体したことあるの?」
「ない」
「……ぼくもないよ」
「皮はいで、骨ぶった切って、内蔵出して、肉にすりゃいいんだろ? イノシシじゃないけど、解体なら見たことある」
「でかいナタとかノコとか、骨を切るような道具はうちにはないよ?」
「……マジか」
どうすんのさ、と肩を落としたぼくに、ルシファーは少しの間考え込むと「よし」と手を打った。
「お前さ、ちょっと家入ってろ」
「え? なんで?」
「俺がひとりで出来るところまでやるから、ボウルと、タライと、あとバケツと……これだけありゃいい。ほら、早く行け。呼ぶまで出てくんな」
「ええ? ああ、うん……」
腑に落ちなかったものの、強引に家の中に押し込められて仕方なくぼくは待つことにした。
30分後。
「おーい、リアムー。もー出て来ていーぞー」
外からルシファーが呼ぶ声が聞こえてきた。
エヴァとお茶を飲んでいたぼくは、ガバッと立ち上がると靴を履いて裏の小川に回った。
「え……」
小川の中に半分投げ出された状態で浸かった毛皮。それに頭と足……だろうか。
内臓はすべてバケツに入れられていて、信じられないことにイノシシはいくつかの肉塊に分かれて板の上に乗っていた。
洗ったのだろうけど、彼の腕にはまだ血が飛んでいて。
やり切った感を滲ませて、親指を立てるとニッと笑ってみせた。
「解体完了したぞー」
「嘘でしょ……? こんな短時間でどうやって塊にまで分けたのさ……すごい」
野菜もろくに切れないルシファーが。
そう思って用意した包丁を見たら、刃こぼれひとつおこしていなかった。というより、使ったあとがない。
「本当に、どうやって解体したの……?」
魔法でも使ったんだろうか。謎過ぎる。
「企業秘密ってことにしておいてくれ。皮はぐのにちょっと手間取ってさー。足のとこが切りにくくて」
「だから、どうやって切ったの……?」
「黙秘だ」
それ以上聞いても答えてくれなさそうなルシファーに、ぼくも納得せざるを得なかった。
背中の翼といい、本当に彼は不思議なところが多すぎる。
山盛りになったモモ肉や脂の乗った背肉腹肉を見て、一度や二度では食べきれない量なのを悟った。
半分以上は干し肉かな……と苦笑したところで、肉のほとんどがカチコチに凍って冷気をあげているのに気が付いた。
「?? よく見たらこっちの肉、凍ってない……?」
「ああ、それ保存用。ガッチリ固めたから、放っておけば数日はそのままだ」
「ルシファーの魔法なの? すごい……」
これだけの量が急速冷凍されていて、数日もこのまま……?
ぼくの生活魔法なんかより、よほどすごい。
(教会の戦闘員としてやっていけるレベルだよね……)
感心するけれど、彼に対する謎はさらに深まった。
さすがに疲れたのか、座り込んだままの彼を横目で見ながら片付けをはじめるぼくの耳に
「人とは勝手が違うな……」
と、何となく物騒なセリフが届いたのは、たぶん気のせいだったと信じたい。
ゴンドワナの生活様式では市民が普通に狩猟します。畜産業もあります。
科学は薄いですが、一応車はあります(動力ガソリンじゃないけど)。
こういう世界観を細かく描写していくと文字数がすごいことになるので流してます。




