026 借金精算
過疎が進んでいるのか人が少ないだけなのか、村人には一向に出会わない。
舗装も適当な土の田舎道を進み、先日見た教会にたどりついた。
教会の裏庭では巫女らしい白服の女性がふたり、洗濯物を干している。
「あ」
ひらりと、一枚のタオルが強い風にあおられて飛んだ。俺の足下に落ちてくる。
拾い上げて声をかけた。
「おはよう、ちょっと聞きたいんだけど……」
歩み寄ると、ふたりは強ばった顔で俺を見た。
これはいわゆる"怯え"の表情だ。仕事中じゃあるまいし、今はそんなに殺気立つようなことをしていないはずなんだが……
「も、申し訳ございません!」
「え?」
「すぐに洗い直しますので、お許しを……!」
「申し訳ございません……!」
何度も頭を下げながら俺の手からタオルを奪い取ると、ふたりは建物の裏手へと走って行ってしまった。
「なんだありゃ……」
祭司がいるかどうか聞こうと思っただけなのに。
他に人もいないので、仕方ないと教会の正面に回った。断りなく聖堂の大きな扉を引く。
ギィ……と音がして、中に座っていた何人かがこちらを振り向いた。
奥の祭壇の前には、リアムの家に来た人相の悪い大男……もとい祭司が立って、うさんくさげな説教の最中だった。
やはりこいつがこの教会の主らしい。
俺に気付いて目を瞠ったようだったが、気にしないふりで続きを喋りはじめる。
ジャマしに来たつもりはないので、一番後ろの席に座ってありがたくない説教を聞くことにした。
似合わない笑みを浮かべた祭司の話を、聴衆は時おりうなずきながらありがたそうに聞いている。
「神は常に我々を見ておられます。善なる行いが、明日への善き日に繋がるのです。自らの行いに恥じぬよう、毎日を生きなければなりません」
テトラ教の説教ってのは、どっかにある台本を読んでるのか?
あの人相と行いでよく恥ずかしくもなくそんなセリフを披露できるな……
俺も善とか悪とかを語るような人間ではないけれど、笑う気にもならない。
数分聞いただけでうんざりしてしまい、待つ気が失せた。一旦外に出ようかと腰を上げかけたところで説教が終わったようだ。
よかった、ここにずっと座ってるくらいなら反省房にいた方がマシだ。
ぞろぞろと人が出て行く中、俺はひとり留まった。
使用人らしき男と話す祭司を見ながら、信者がいなくなるのを待つ。
そのうちに人が出て行った扉を乱暴に開けて、何人かの男がずかずかと入り込んできた。
頭の後ろで手を組んだまま、長椅子にふんぞり返っていた俺を取り囲む。
男のうちのひとりが、信じられないものを見た顔で叫んだ。
「あっ、本当だ! コイツ本当に生きてやがる!」
「どうやって生き延びたんだ?!」
コングール山に一緒に行った男たちだった。みんな無事に帰ってきてたんだな。
俺が死んだと思っていたらしい。まあそりゃそうだろう、自分らが殺したも同然だし。
「運がいいんだ、俺」
にっこり笑って答えると、ひるんだようにお互いで顔を見合わせた。
「いや、運とかで帰ってこれる場所じゃないだろ?」
「なんだこいつ、やっぱり気味悪ぃ」
「ザワードさん、どうします?」
口々に騒ぎはじめた男たちの中から、でかい祭司が俺の前に立った。
ジロジロと無遠慮に眺めてくる。
「君、死んだって聞いてたんだがねぇ」
「生きてるよ。幽霊じゃない」
「それで? 恨み言でも言いに来たのかな?」
興味なさげに言われて、何があったか全部把握してるんだろうな、と思った。
俺を取り囲んだ男たちが殺気立っているのは分かるんだが。
別に仕返しとか、そういうつもりで来たんじゃなかった。
「いや、宝持って帰って来れなかったからさ」
「何だと?」
「洞穴は見つけたんだけど、中には何もなかったよ」
俺の言葉に、祭司は顔色を変えた。
「君……洞穴に入ったのか? 絶対神の像がある洞穴だぞ?」
「ああ、赤いテープでマーキングしてあったから分かりやすかった」
「そうか、あったか……! それで? 中はどんな風だった?!」
「別に……ただの洞穴だったよ。一番奥まで行ったんだけど、氷の柱ばっかりで宝とか人工物っぽいものはなかったね」
答えを聞いた祭司の顔に失望の色が広がっていく。
「やはりそうか……伝承にある洞穴の存在は多くの者が知っていたからな。宝などすでにないだろうと思ってはいた」
「伝承にある……?」
「知らんのか? このコングール山のふもとは少し昔まで農村地帯にまで魔物が下りてくる場所だった。我々テトラ教の祭司は困った人々を救うため、世にも希少な宝を山の神に捧げて魔物たちを鎮めたのだ。だが儀式を行った場所はその後分からなくなってしまって、我々はそれを探していた」
「へー」
「本当に宝が山中にあるのなら、荒らされる前に保護しなければと思っていたが、もう荒らされたあとだったか……予想通りだったな」
宝を保護ねえ……そんな高尚な目的なんかないだろうに。盗まれたあとでかえって良かったな。
そんな感想しか浮かんでこない。
「それで、君はわざわざそれを伝えにここに来たのか?」
いぶかしげな視線が向けられる。
「いや、仕事完了しなかっただろ? リアムの借金てどうなるのか気になって」
「そのままに決まってるだろう」
「あー、そう言うと思った」
予想通りの答えに、俺は背中のバッグを下ろして用意してきたものを取りだした。
「はい、これ」
「何だこれは……」
「何って、1万ルーグ札が一枚。千ルーグ札が6枚。500ルーグ札が一枚ね。きっちり1万6500ルーグ」
ぽん、とその胸元に押し付けると、俺は席を立った。
「それじゃ、これで借金返し終わったってことで。もうリアムにちょっかいかけに来るなよ」
「待て、どうして君が払いに来た?」
「リアムに言ったら絶対遠慮すると思ったから、俺の勝手なおせっかい。あいつんちに何日も居候してるから、これくらいはな」
「……富家の出なのか?」
「よく分かんないけど、多分そうなんだろうな」
じゃあバイバイ、と用は済んだとばかりに俺は出口に向かって歩き出した。
「待てお前……!」
「いい、行かせろ」
他の男たちが道を塞ごうとしたところで、意外にも祭司がそれを止めた。
違和感を覚えたものの、そのまま間を抜けて扉に手をかけた。
ふと思い出して、背後を振り返る。
「な、何だよ……」
俺をオーガの前に押し出した男が、身構えて言った。
「あのさ、この辺でイノシシいるのって、どの辺?」
「はあ?」
「鹿でもいいけど、できればイノシシがいいんだよな」
「……コングール山の下の林地帯には、イノシシも鹿もいると思うが?」
祭司が不可解そうな顔で答えてくれたので「サンキュ」とだけ言って今度こそ、その場を立ち去った。
「さて、と……」
一仕事終わって、もう一仕事だ。
少し離れたところまで走ると、人がいないのを見計らって黒い翼を出した。
空に舞い上がり、教えてもらった林地帯へ一気に加速する。飛びながらリアムの驚く顔を想像して、くすりと笑った。
「待ってろよ、リアム。うまい肉食わせてやるからな」
次回更新は、土日のどっちかの予定です。
なぜか今、大崩壊前のバックストーリーを書いていて余計に本編の執筆が進まない(自己首絞)。
楽しくカメ更新で書いていますのでノープロブレム(自己欺瞞)
いつも応援ありがとうございます!!




