024 聞きたいのに聞けない
エヴァを拾ってきてから3日経った。
あれから彼女は倒れることもなく、普通に過ごしている。
洞穴にいた件、氷の中から息を吹き返した件、突然倒れた原因。家があるのか家族がいるのか……
どれをとっても答える気はないらしく、しつこく尋ねれば「あなたには関係ない。私のことは詮索しないで」と返された。
強く聞けないのは、俺にも隠していることがあるからだ。
これがどうにも面白くないというか、歯がゆい。
そんなわけで、俺はなんとなくモヤモヤした気分でいた。
市場に売りに行くというダイコンを力任せに引き抜いて、コンテナに突っ込む。
こんな早朝から収穫作業をするリアムを手伝っていて、ふと思った。
「なぁ、これさ、売ってどのくらいの金額になるんだ?」
疑問をそのまま投げると、リアムは少し考えてから答えた。
「そうだなぁ……今日の量だと、一本50ルーグだとして、5,000ルーグかな」
「え、マジか? こんなにあって?」
「そんなもんだよ」
「1回でサクッと50万ルーグくらい稼げるのかと思ってた……」
「どんな金銭感覚してるのさ、君……」
俺の仕事の報酬は、毎回ちゃんと把握していた訳じゃないけど。
確か桁が100万とか1000万とか、そういう感じだった気がする。
そういえば家を出てから一度も使ったことのない現金があった。俺は財布にどれだけ入っていたか思い出してみた。
じいちゃんと街に出たときと行商人が来たときくらいにしか使わない財布だけど、残金7万以上はあった気がするなぁ。
「じゃあさ、リアムの借金て結局いくらなんだよ?」
「残りは1万と6500ルーグだよ」
「……そんだけ?」
「簡単に言わないでよ。大金だよ?」
でもその金額、アルティマの通行料と同じくらいの額だ。
やはり俺の金銭感覚はズレているのかもしれない。
「まぁ、春夏の収穫期にはもっと稼げるけど。しょせんぼく一人じゃ畑を広げるわけにもいかなくて。今のところはこれで精一杯だよ」
「そっか……」
こんなに働いているのにわずかな金しか入ってこないなんて、なんか理不尽だ。
世の中には貧家と富家があって、その差はなかなか埋まらないものだと先生も言っていた気がする。こういうことなんだろうか。
「じゃあ今日のところはここまでにして、商品を市場に運ぼうかな」
「これをリヤカーまで運べばいいいのか?」
「うん、20本いっぺんに運ぶの結構重いけど、ルシファーなら大丈夫だよね?」
ダイコンの詰まったコンテナを叩きながら、リアムが挑発的に尋ねてくる。
ほー、そういうこと言っちゃうんだ。
「当たり前だろ。こんな荷物、重いうちに入らない」
俺は横長にでかいコンテナを積み上げると、5段重ねになった一番下に両手を添えた。
「ルシファー、いくらなんでもそれは……そのコンテナ、1個で20キロ以上あるんだ、よ……?」
あっさり持ち上げて歩き出した俺に、最後の一個を抱えたリアムが慌ててついてくる。
「うわ、本当におかしいよ君。どこにそんな力があるのさ?!」
「小さい時から鍛えてるからなー。本当は翼出してる時の方が力強いんだ」
土手を上がって、止めてあったリヤカーにコンテナを積んで、作業終了。リアムと家に戻った。
玄関を開けると、朝食のいい匂いが鼻をくすぐる。
「うまそうだな、腹減った」
「おかえりなさい」
白いワンピース姿のエヴァが、リアムの上着を着て土間に立っていた。
鍋から立つ湯気に、家の中も結構寒いんだな、と思う。
「エヴァ、その格好寒くないか?」
「大丈夫よ。ご飯、今出すわ。食べて」
リアムも入ってきて、泥のついた手を洗い流すと、小さい円卓を囲んで俺たちは手を合わせた。
「天の神よ。今日の恵みを与えたもうことに感謝いたします。願わくばこの食事が明日の善を為すための力となりますように」
エヴァの祈りの言葉は、未だに聞き慣れない。
「すべての労働者に感謝の意を。この一皿が心と体を支える糧になりますように」
リアムの祈りは、ローラシアでも聞いたことがある言葉だ。
ちなみにうちの家族は、何にも祈らない。「いただきます」それだけだ。
俺が変な顔をしていると、リアムは困ったように笑った。
「エヴァのはテトラ教の祈りの言葉だよね。このランタン、嫌じゃない?」
俺が気にしていることと違うことを考えたらしい。リアムが尋ねると、エヴァは少し首を傾げた。
「別に……? どうして?」
「どうしてって、信者だったら利器は嫌でしょ?」
「私、信者じゃないわ」
「え、だって祈りの言葉が……」
「祈りの言葉は昔から村で使っていたものよ。テトラ教のことはよく知らない。それに私、正直言うと神様があまり好きじゃないの」
いじわるだから、と呟くエヴァに、リアムは目をぱちぱちしながら俺を見た。
俺にもよく分からないけど。
「まあ何でもいいから食おうぜ。いただきまっす」
卵焼きをつまんで、口に入れる。ほんのり甘くて柔らかかった。
「うまい」
「うん、おいしいね」
朝の作業で腹が減っていた俺たちが次々におかずを平らげていくのを、エヴァは分かりにくいけれどうれしそうな目で見ていた。
食事のあと、リアムは市場に行くと言った。
俺もついて行きたかったけど……
「俺、ちょっと別に出かけてくる。市場にはまた今度連れて行ってくれるか?」
「いいけど……どこ行くの?」
「すこーし、ヤボ用」
にやりと笑った俺に、リアムは「ルシファーのそういうのは、なんだか嫌な予感がするね」と苦笑いでリヤカーを引いて出かけていった。
玄関先で見送ったあと、俺も出かけようと思ったのだが。
「出かけるの……?」
エヴァが、ぽつりと尋ねてくる。
「ああ、そんなにかからないで戻るつもりだけど」
「話があるの」
朝から何か言いたそうだな、とは思っていたけど。
表情を押し殺した顔で切り出される内容に、いい予感はしなかった。
「私……」
「こんにちは、リアムはいるかい?」
エヴァが続けようとしたとき、向こうから歩いてきた老人が声をかけてきた。
会話が中断されて、俺たちは老人に向き直る。
「あーっと……リアムは市場に行っちゃったけど……」
俺が答えると、腰の曲がった老人は手に提げていた重たそうな袋を俺のほうに持ち上げた。
「おや、そうかい。この間葉野菜を分けてもらった礼に、イモを持ってきたんだが」
「ああ、じゃあ俺が渡しておくから……」
受け取ろうと俺も手を伸ばした。
けれども袋は俺の指に触れる前に、ドサリと地面に落ちた。袋からは小さいジャガイモがいくつも転がり出てくる。
それまで穏やかだった老人の表情が一変していた。震える唇が、うわごとみたいに「まさか」と呟いた。
その視線は俺を見ていない。俺の背後に向けられたのは、信じられないものを見たような、怯えたような目だった。
「そんな……嘘だ……白銀の巫女……?」
「え?」
「……死んだはずだ。こんなところに、いるわけが……」
青ざめた顔で数歩後ずさった老人に、俺は眉をひそめた。
このじいさん……今なんて言った?
「こんなところにいるわけがない……!」
首を横に振ると、老人はさらに後ずさってきびすを返した。
「ちょっと待てよ。なんの話……」
「許し……許してくれ……!!」
そう叫ぶと、老人は曲がった腰で転がるように走りながら、もと来た道を戻っていってしまった。
……なんなんだ、一体。
俺は足下に転がるジャガイモを見下ろしてから、背後を振り返った。
エヴァの表情も強ばっていた。
カメ更新でごめんなさい……精一杯なの(TT)<コロナチクショウ




